光の戦士たち4

 夜───。


 ……広大な荒野にも夜は来る。


 リズの見つけた廃村にも、例外なく夜は訪れ、今はその闇を払おうと火が焚かれていた。


 パチパチパチ……。


 焚火に周辺の人影は3人。


 ジェイス。

 メイベル。

 ザラディンの3バカ───勇者たちだ。


「いやー……一時はどうなる事かと思いました」

「まったくだ。リズを生かしといて正解だったな」

「ほーんと、下心丸出しのくせに、ファインプレーなんだから」


 ゲラゲラと笑う彼らは、腹こそ減っていたが取りあえず水をたらふく飲み、一時的にも空腹を誤魔化していた。


 何よりも誰よりも、渇きが本当に深刻だったのだ。


 辛うじて持っていた鍋を使って水を沸かし、井戸からくみ上げたそれを回し飲みをしている。


 少々苔臭いが、解毒魔法を使えるメイベルが毒見をした。


 もっとも、毒見を買って出たわけでなく、我慢しきれなかったメイベルが勝手に飲んでしまっただけなのだが……。


 巧妙な男性陣はといえば、実はそれをジッと見ていたりする。

 メイベルが腹を押さえて暴れ出さないかと───……。

 だが幸いにも毒の類は無さそうで、メイベルは元気にがぶ飲みしていた。

 そうして、ようやく水を飲んだ一行は文字通りに一息をついていた。


「ったく、いい身分ね」


 リズが帰ってきた。


「───お、リズじゃねぇか!」

「あらら、遅かったわね~。水飲むぅ?」

「待ちくたびれましたよー」


 こいつら……。


「───火を借りるわね」


 まともに取り合うのも馬鹿馬鹿しくなったリズは、相手にするのも面倒になってしまう。

「はぁ……どいて」

 焚火の間に入ると、火にあたり体を温める。

 荒野の夜は冷える。


「あー。リズ……そのぉ」

「わかってるわよ」


 ふぅ……。


 ジェイス達が、やたらと期待する様な目を向けてくる。

 コイツらに尽くしてやる義理は毛ほどもないけど、アルガスを思うなら見捨てるわけにもいかない。


「ごめんねぇ、大感謝~!」

「いやはや、さすがの私も荒野の食料までの知識は……」


 ゴチャゴチャうるさい3バカは放っておいて、リズは背嚢を開ける。

 そこに確保した食料をいくつか見繕い、木の板に並べると簡単に調理していく。


「えっと、」

「げ、」

「そ、それは……」


 リズの取り出したもの。

 

「虫よ。結構、おいしいらしいわ」


 そう言って、ウゾウゾと動く大量の虫を3バカに見せてやった。


「「「ぎゃあああああああ!!」」」


 3人で抱き合い、リズから距離を取ってドン引きアピール。


「何をギャーギャー言ってんだか、いらなきゃ食べなくていいわよ」


 虫を初め、荒野で見つけた動植物。

 そして、廃村跡で見つけたものを順繰りに並べていく。


 巨大芋虫。(何の幼虫かは知らない)

 大量の毛虫。(何の毛虫かは知らない)

 でっかいトカゲ。(種類不明)

 リザードマンの卵。(多分、上位種)

 顔の長いネズミ。(何かいい臭いがする)

 棘だらけの植物。(汁がネトネト)

 西瓜みたいな実。(甘い香りがする)

 廃村の畑あとで見つけた、筋だらけの芋。

 ハーブ各種。

 岩塩と、山椒の葉っぱ。


 ま、こんなとこである。


「言っとくけど、確保できた食料はこれだけよ。今後獲れる保証もないから、り好みしたら渡さないから」


「「「う……」」」


 さっそく、芋や西瓜に手を伸ばそうとしている3バカに睨みを入れる。

 ──今は日持ちするものに手を出すわけにはいかないというのに……。


「これは明日以降の食糧よ」


 特に、植物類は数日はもつはずだ。

 ならば、やはり足の速いものから───。


 つまり……。


「マジでそれ食うのかよ」

「無理。絶対無理」

「せ、せめて火を通しましょうよ!」


 うぞうぞうぞうぞ……。

 ────蠢く昆虫などなど。

「「「ひぃぃ……」」」


「ったく、なさけないわねー。冒険者なら虫くらい食べれないでどうすんのよ? 慣れれば結構イケルわよ────虫なら何度か食べたことがあるし、アルガスの教えを忠実に再現してるだけだから安心して」


 滅茶苦茶怯んでいる3バカを無視して、リズは調理を始める。


 ──廃村にフライパンがあってよかった……。


(ごめんね……。いただきます──)

 食材に祈りを捧げ───。



 ………………いざ調理開始。



 まず食材の下ごしらえだ。

 簡単に調理するなら卵から。


 無精卵ならよかったのだが、恐らく全部有精卵。

 なかにはリザードマンが孵る寸前の物もあるだろう。


 だからこれは蒸し焼きにする。


 焚火の下に空洞を作り、大きな葉っぱで包んでおいて、灰を被せて火の下に。そのまましばらく放置。


 次に芋虫だが、デッカイこいつは一匹でかなりの重量。

 生でも食えるというが、寄生虫などの危険を考えると火を通した方が無難だ。


 だから、まずは背を割って内臓を取り出す。

 ナイフを入れた瞬間ブシュ! と緑色の液体が飛び出しメイベルが悲鳴をあげて逃げていった。

「ぎゃああああああ!!」

「「ひょぇぇえええ!!」」

 男二人は腰は抜けている。


「ったく、どうしようもない奴ら──見た目はアレだけど、味は悪くないって言ってるでしょ?」


 さて、3馬鹿はおいておき、

 内臓を火に投げ込んだら、芋虫の頭を落とし、ざっくりと切り分け串に刺す。

 わりと硬い表皮に比べて、中身はゲル状の何かだったが一応形を保っている。


 火に投げた内臓が香ばしい匂いを立てているのでたんぱく質だけは豊富。味は運しだい、少なくとも、そこまで悪くないはず──。


 そして、ブヨブヨとする身に岩塩を粗く削っても見込みヌメリを落とす。

 妙にドロドロとしていたのは表皮の裏側だけで、中はしっかりとした身が詰まっていた。


 色は緑だけど……。


 そこに山椒の葉を散らして香り付けすると、火から少し離してかける。

 ジュウジュウと香ばしい音を立てているけど、再三言うが味は知らない……。


 次にトカゲ。

 コイツは皮も固いし、身もまるで革靴のようにかたい。

 ナイフが中々通らないので酷く苦労した。

 知れでもなんとか皮を剥ぐと、大きく腹を裂いて内臓を掻きだす。


「お、おい……どうみても噛み千切れないだろ、それ……」


 勇者の割に軟弱な顎を持つジェイスは不満げだ。


「身は保存食よ」

「じゃ、じゃあ、」


 ブチ。リズが何かを切り取る。


「ここは食べれるわ。多分ね」


 過食できる部位としてこれほど適切なものはないだろう。

 身の割にデッカイ肝臓。そして、まだわずかに動いている心臓だ。

「「「うげ……」」」

 それを半分に割り串に通して直火に当てる。


 ……ジュー。


 爬虫類の内臓は、やはり寄生虫の危険がある。硬そうな身は焚火の真ん中に入れて軽く灰を被せた。カリカリになるまで焼き締めれば保存食になるし、身を焦げて脆くなるだろう。


 さて、残るところはネズミと毛虫。


 ネズミはトカゲよりも楽に皮を剥ぐことができた。

 あとは内臓を出して火に当てるだけ。


 トカゲと違い内臓は食べれるほど取れないので全部火に投げた。

 あとはトカゲの内臓と同じく直火に当て骨ごとじっくりと火に当てる。


 チリチリ……と肉が焼け、存外いい香りが流れる。


「これは、このままいこうかな……?」


 さすがに口触りが悪そうなので、焼しめる意味も込めて、毛虫は下処理としてフライパンの上にドサッと放り入れた。


 ジュージュー……!


「「──き、きもぉ!!」」

(うるさいわねー……)


 ウゾウゾと熱にのた打ち回る毛虫。

 メイベルがさっきから戻ってこない。

 男性陣はさっきから腰が抜けて復帰不能……情けない奴ら───。


 さて、どうかな? と覗き込めば思った通り毛が全部落ちている。

「んッ♪ いい感じ」

 なので一度毛虫を板に戻すと、フライパン上の毛を掃除する。


 そこに、ネズミの皮についていた油を塗り込み、もう一度毛虫を投入する。

 今度はイイ感じに火が通り始めた。

 

 何度か、じゃっじゃっ! とフライパンを躍らせ毛虫に満遍なく火を通す。

 そこに、フライパンを揺すりながら岩塩を振り入れ、山椒の葉を細かく潰しながら入れていく。


「に、匂いだけはなんか食えそうだな。香ばしくて……」

「わ、私はちょっと……。た、確かにいい匂いはするんですけど──」

 うぷっ、と口を押えたザラディン。


 そんな情けない男どもは無視して────。

「はい、あがりー」

 毛虫が全部、身をキュっと丸めれば完成だ。


 フライパンの素熱を取るため揺すりながら火から離すと皿代わりにデン! と地面に置く。

「……どーぞ」

 最後に積んだばかりにハーブをいくつか並べると──────「毛虫炒めのハーブ添え」完成。


「あ、お、おう」

「あ、ど、どーも……」


 ドン引きしている男ども。

 しかし、リズはまともに取り合うことすらなく、残った料理を確認していく。


 さて、後は順繰りに───……。


 まずは、灰の中から棒で卵を取り出せば───あ、できてる。

「いいんじゃな~い?」

 卵の殻が割れて中身が透けて見えている───ビジュアルはちょっと凄い……けど、匂いは中々オイリーな感じ。

 『リザードマンのバロット』完成。


 次は、お手軽簡単荒野料理、火から離せば───はい、完成。お好みで塩を振りかけて食うべ『ネズミとトカゲのモツ直火焼き』召し上がれ。


「さて、メインディッシュよ」


 デーーーン。


 最後はこれ───……『巨大芋虫の串焼き山椒和え』。

 火から離してクルクル回していたけど、いい感じに熱が通って身がギュッと引きしまっている。

 色は緑だけど……。塩味はついているけど、足りないならお好みで。



「────できたわよ」



 しーーーーーーーーーーん。



 「はいッ!」とネズミの串焼きをジェイスに押し付ける。


「お、おう……」


 無茶苦茶ドン引きしている。

 知った事じゃない。ここはお綺麗なホテルじゃないのよ。


「好きに取って食べて、量はあるはずよ」


 リズはあとは知らんとばかりに、毛虫炒めに手を伸ばす。

 イイ感じに焼き上がっており、香ばしい香りがする。

 一つ手に取ってみて、頭を落として背を開き、わた取り除くとさて実食───……あ、うまいわね、これ。


 意外とクセもなく、ちょっと口当たりがボソボソすることに目をつぶれば全然食える。

 塩味がいい感じにあうのだ。


 塩由来のしょっぱさの中にたんぱく質の甘味が加わり、ネズミのラードがよく馴染んでいる。

 なんだろう…………。あ、半生の魚卵に近いかも。うん、イケルイケル。


 リズはアルガスに冒険者としての知識を叩き込まれていたのでサバイバル技術も中々のものだ。

 さすがに荒野を越えた経験こそないものの、もっと過酷な環境を彼と過ごしたこともある。


 他国の砂漠地帯……。高山と雪の世界───……。どれもこれも苛酷な場所だったけど、アルガスと一緒ならどこでも平気だった。


 あの人といれば、なにも怖くなかった……。


 グスリと思わずしゃくりあげてしまう。

 その雰囲気を気まずく思ったのかジェイスがバツが悪そうに焚火に向かい、ポリポリとネズミを齧っている。


 ドン引きしていた癖に、空腹には抗えなかったのだろう。食ったら食ったで、「あ、うめぇ」とか言って喜んでいるし。


 だが、頑なに虫には手を付けない。

 リザードマンも同様。


「肉だけじゃ足りないわよ」


 そう言って、不機嫌を隠しもせずにリズは芋虫の串焼きをザラディンに突きつける。

 緑のビジュアルがすごい……。


「い、いいいいいいいいえ、えええええ、遠慮しておきます───あまりお腹が空いていないもので、」


 グーーーーーギュルルルルル……。


 お約束のタイミングで腹が鳴るザラディン。

 毛虫の意外とおいしそうな匂いに空腹が刺激されたらしい。


 その瞬間無言でがっしりと、串を掴む賢者殿。


 じっと、芋虫の切り身を見ていたが恐る恐る口にして、チミッと噛み切ると、恐る恐る咀嚼する。


 ムッチッムッチッ…………ごく。


「お、おい。どうだ?」

「げ、た、食べてる……味は?」


 いつの間にか戻って来ていたメイベルも、顔を引き攣らせながらも興味津々だ。

 ザラディンは全て飲みこみ、目をパチクリ。


「────────────……海老エビ?」


 ズルッ、とずっこけるジェイス&メイベル。


「う、うそつけ!」

「あ、ありえない!!」


 だが、二人の意見など聞こえないかのように、ザラディンが今度はモリッと被り付く。

 中々汁だくでボタボタボタ……と中身の水分が零れる。うん、緑……。


「あ、これ旨いわ。海老だわ、エビ」


 お前マジかよ……みたいな目で見られるザラディンだったが、割とお気に召したらしく食べきる。


 そして、ジェイス達が食べないようなので残りの身を食べようと───……がしり。


「待てよ」

「待ちなさいよ」


 ジェイスとメイベルが殺気立った顔でザラディンを止める。

 そして、芋虫の串焼きを引っ手繰るとガブリと一口──────「「……エビ?!」」


 エビらしい……。


「「「……………………」」」


 そして、三人とも顔を見合わせると恐る恐る他の料理にも手を伸ばし始めた。


 『リザードマンのバロット』にトカゲのモツも恐る恐る口に運んでいる。


「あ、ダメだ。俺これダメ」

「あ、私好きかも───頂戴」


 バロットの見た目のアレ差の割に意外と柔らかく食べやすいことに気を良くしたメイベルがゴリゴリとリザードマンの幼生を骨ごと齧る。

 とはいえ、骨は柔らかく軟骨のような触感らしい。


 ジェイスは代わりにトカゲのレバーをモリモリと食べている。

 レバーは好みが分かれる味だろうがジェイスは割と平気なようだ。


「あ、これ普通のレバーとそう変わらないな。味が濃い分、コレうまいわ」


「では私はこれを───……ほう、」


 モリモリとトカゲの心臓を頬張るザラディン。


「なんでしょうかね。……牛肉に近い味がします。旨いものですね」


 最初のドン引きがどこへやら、結構モリモリと食べだすジェイス達。

 口の周りと緑色に染めながらモッシャモッシャと頬張る頬張る。


 しまいにはリズがもそもそと食べていた毛虫炒めにも手を伸ばし、まるで酒のつまみのようにしてアルコールを飲み交わしながら器用に食べ始めた。


 実に現金な奴らである。


「いやー……虫も意外とうまいな!」

「ほんと、びっくりしたわ~。リズぅ、明日もお願いねー」

「これはこれは、知識が増えました。都に戻れば話のネタになりますね」


 ぎゃはははははははは! と、笑いつつ、毛虫を処理しつつ食べる3人。

 暢気なものだ……。


「食べたらさっさと寝るわよ」


 体力の消耗は最低限に──。

 明日は脱出最後の行程になるだろう。


「へいへい」

「ママの言う通りにするわよー」

「ほらほら、リズさんも疲れてるんですから、ゆっくり休ませてあげましょう」


 3馬鹿の言葉を聞き流しつつ、毛布にくるまるリズ。


(明日────……ここを出て、それから?)


 それからどうするというのか……。


 荒野脱出はもう間近……。リズは文明の痕跡を見つけていた。

 廃村から続く、道の痕跡。

 必ず人里に繋がる確かあ道の跡を……。


 だが──────このまま街に向かっていいのだろうか。

 アルガスを見捨てたコイツ等と脱出して何の意味がある??


 一緒に…………行動して大丈夫なの?

 コイツ等に殺意を覚えない日が来るの────?


 ねぇ、教えてよアルガス。


(私を守ってよアルガス……)



 お願い。

 お願い……!


 もう一度────。




 傍に、傍にいて──────アルガスっ!!

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