光の戦士たち3

 その頃のジェイス一行。


 カッ─────────!!


 照りつける太陽。

 足元から漂う悪臭。


 そして、飢えと渇きと疲労でジェイス達は倒れる寸前だった。


「くそ…………吐きそうだ」

「ちょっと、ジェイス! 向こうで吐いてよッ!」


「おえぇぇぇえええ!」


 ジェイスの代わりに、ザラディンが吐き戻した。

 しかし、吐き戻されたのは水でも食料でもなく、ただの胃液。


 あまりの渇きのため胃酸が逆流しているのだろう。


 そして、

「お前が吐くんかぃ───おぇぇぇええええ……!」


 結局ジェイスも貰いゲロをする。


「うわ、くっさ!」


 あまりの悪臭にメイベルがドン引きする。


 湿地帯に迷い込んだジェイス一行は照りつける太陽と、蒸発した湿地の悪臭に苛まれ進むことも戻ることも出来ずにいた。


「あーもぅ、いやッ!! ねー、帰ろうよぉぉお!」


 メイベルが半べそになりながら、キーキーと喚く。

 喋る元気すら失せた男性陣に比べると、まだまだ元気そうだ。


「ぉぇぇ……。か、帰るってどこに帰んだよ!」

「そうです……。むしろ帰り道が分かるなら、教えて欲しいものです」


 おぇぇぇええ……。


「何言ってんのよ! ベームスの街に決まってるでしょ? 足跡をたどれば帰れるってばー!」


 湿地帯に残る足跡を指さし、キーキーと騒ぐ。


「ばーか。そうやってずっと彷徨ってるだろうが!」

「そうですよ! それにベームスなんてとっくに……!」


 男性陣の意見など聞く耳を持たないとばかりに、メイベルが「帰りたい、帰りたい!」と騒ぐ。


 そこに、


「──────ベームスがどうしたの?」


「「「リズ?!」」」


 疲れた表情のリズが、荷物を抱えて戻ってきていた。


「お、遅かったじゃないか!」

「どこまで行ってたのよ、このグズ! 田舎者ぉ!」

「は、はやく。何か食べ物を……!」


 突然元気になり、やいのやいのと騒ぎだすパーティメンバーにウンザリとした様子も隠さず、

「───うるさいわね……。偵察と食料確保が短時間で終わるわけないでしょ!」


 そう言って、ポイっと丸いものを3人に投げ渡す。


「な、なんです? これは……」


 物知りザラディンが、しげしげと眺めている。

 やや楕円を描き、白くてツルンとしている……。


「ここらのリザードマンの卵よ……孵化しかけだから、早く食べて」


 そういったとたんに、ビクビクと卵が震えだした。


「ひぃ!!」


 その衝撃に驚いたザラディンがボトンとそれを取り落とし、卵を割ってしまう。


「バ───……」

「リザードマンですって?! リズさん、アナタは、ななななな、なんてことをするんですか!」

「バカッ!! 何をしているの、貴重な食糧よ! なんてことする───は、こっちのセリフよ!」


 リズは構わずザラディンに掴みかかり、問い詰める。


「人がどれだけ苦労してこれを集めたと思っているのよ!」

「リザードマンなんて、食えるわけがないでしょう!」


「そ、そうだ!」

「そ、そうよ!」


 ザラディンの援護をするジェイスとメイベル。

 二人は、卵を気持ち悪がってリズに突き返そうとする。


「あッそう、好きにして───」


 リズはまともに取り合わず、卵を取り返すとそのうちに一つを割り、ちゅーちゅーと中身を吸い始めた。

 よくよく見れば何やら緑色の物体が中で蠢いているが……。


「───ふぅ。……流石にこれは食えないけど、」


 プッ。と、蠢くリザードマンの幼生を吐き捨てる。


「汁だけ吸えば、水分は取れるわよ」


 そう言って、どうする───と目で訴えた。


「うげ……マジかよ」

「おえ。絶対無理」


 ジェイスもメイベルも全身全霊をもって拒否する。


「あ、そう。それ以外に水分を取る方法なんてないわよ───今のところはね」


 それだけ言うと、リズは3人には構わずスタスタと歩き去ってしまう。


「ちょ! どこいくんだよ!」

「ねぇ、水なら足元に一杯あんじゃん! これ飲もーよー!」

「そ、そうですぞ! もう、魔力もないのです! 水の生成をするより───」


 くるり。


「…………一回だけ言うね」


 笑顔のリズ。

 だけど、目が笑っていない───……。


「───好きにすれば?」


 ついてくるのも、水を飲むのも……全部好きにしろといっているのだ。

 リズには彼らを助ける義理など、もはや何一つないのだ。


「ぐ……! ま、待てよ!」

「ちょ、先にいかないでよ! 待ってぇ」

「おいていくつもりですか? 恩人に対してなんて冷たい……!」


 軍団から逃げおおせたことを恩に着せるジェイス達。

 だが、その言葉を発せばリズからは氷よりも冷たい目を向けられる。


「……恨みはあっても、恩はないわ───」


 それだけ言うと、もはや語らず黙々と歩き続けるリズ。

 その足取りはしっかりしており、ちゃんと目的地があるように見える。


 それを見て顔を見合わせるジェイス達。


 どうしようか、と悩んでいるのだ。

 ここに留まっても死を待つばかり。


 一か八かで歩き出しても、どこに向かえばいいのか分からない。


 人気の全くない荒野で、3人は途方に暮れてしまった。


「……ジェイス殿、ここはリズに従うのが得策かと」

「そ、そうよ。あの田舎者なら、こういった環境に詳しいはずだし」

「お、おう……そうだな。どのみち、湿地の上じゃ座ることもできやしねぇ」


 ここに迷い込んでからずっと立ちっぱなしの3人。

 いい加減くたびれて来たし、何か食べたい……。


 目の前に落ちている割れた卵と、ウゾウゾと蠢くリザードマンの幼生をみて思わずゴクリと喉が鳴る。

 さっきは拒否したが、それでも食えるならと……。


「お、おい!! リズ待てよ!」

「私達も行くぅ」

「わ、私の知識が必要になるはずですぞー」


 そうして、今更ながらドタバタとリズの後を追う3人。

 だがそれを顧みないリズ。


 黙々と歩く彼女の足取りは確かであったが、彼女の背中は酷く頼り無げに見えた……。


「……こいつ等にはホントうんざり」


 勝手についてくる3バカを半ば無視した形で歩くリズ。

 そのうちになんとか、湿地帯を抜けた。

 しかし、その先、さらに厳しい環境だった。


「お、おい……なんもねぇぞ?」

「だ、騙しましたね!!」


 ──乏しい植性と岩だらけの土地に差し掛かったジェイス一行。

「もう、無理ぃ」

「……勝手にして」

 リズは顧みない。

 もはや振り返ることすらなく、黙々と歩いている。

 すでに、一行は彼女を除く全員が疲労困憊し、息も絶え絶えとなっていた。


 いや、リズとて平気ではない。


 頬がやつれ、顔色も良くない。

 肉体的にも、精神的にも、彼女も疲れ切っているのだ。


 水もなければ、食料も乏しい。

 休む場所もない……。


 照りつける太陽に、顔中にたかる虫がまた余計に疲労を増やす。


 だけど、今ここで倒れるわけにはいかない……。


(アルガスを探したい……)

 ジェイス達なんて見捨てて行きたい気持ちもある。だけど、アルガスなら絶対に見捨てないだろうし、きっと嫌な目にあっても許してしまう。


 それくらいに懐の大きな人で、優しい人───……。


 彼が怒るとしたら、身内に手を出したものだけ。

 昔、リズの両親がまだ健在だったころ。リズが見ず知らずの大人に誘拐されたことがあった。


 あの時のアルガスのブチ切れ具合といったら……。


 誘拐そのもの───その時のことは思い出したくもないが、でも一つだけいい思い出もあった。


 大きな組織の絡む誘拐事件で、当時は誰もが絶望視していたらしいが、アルガスはリズの両親とともに奮起し、なんと組織の中まで突入し彼女を救い出してくれた。


 狂戦士バーサーカーのごとく暴れ、千切っては投げ、千切っては投げ!

 獅子奮迅の大暴れ───。


 とても強かった……。

 とてもカッコよかった……。

 とても頼もしかった───。


 あの時以来───リズはアルガスを見ている。

 一人の男性として、父として、兄として───……アルガス・ハイデマンという、いとしい人として。


 ……結局は、当時のケガなどが元で両親は他界してしまったが、それでもアルガスがいてくれた。


 さほど年は変わらないというのに、無理をして両親の代わりをしようと、リズを引き取ってくれた……。


 嬉しかったし、同時に救われた思いでいた。

 アルガスとともに過ごせることに、喜びすら感じていた……。


 いたんだよ──────……アルガス。


「うぉぉおい……リズぅ!」

「ど、どこに向かってるのよぉ」

「も、もう限界です……」


 ……うるさい連中だ。

(アルガスを悼む暇もないの?)


 こうなったのは、自業自得だろうに。


 鬱陶しそうに振り返ると、無言で前方を指さした。

 リズにはとっくに見えている。


 だが、疲労困憊の彼らは気付きもしていない。


「な、なんだ?」

「え。えええ! ジェイス、見て見て」

「む、村ですか?!」


 突然色めき立つ面々。

 人工物の発見に驚いているようだが、別に珍しくもない。


 それにここは──────。


「は、早くいくぞ!」

「そうだね! いこいこ! きゃっほー!」

「まーた、幻覚だったりするんじゃないですか~?」


 ゲラゲラと笑いながら村に向かって元気いっぱい走り出す3人。

 もうリズは用無しと言わんばかり。


(馬鹿ね……。見ればわかるでしょうに──そこは、)


 全力疾走していく3人だが途中で気付いたらしく、足が止まる。

 まるで絶望するようにガックシと……。


「そ、そんなぁ」

「え~! 廃村じゃん」

「あぁ、うまくは行きませんな……はは」


 ──こいつらごとき言われるまでもない。

 絶望したいのはこっちの方だ────。


(こんなのが勇者パーティだなんて、バカバカしい……)


 3人を完全に無視したリズは、スタスタと廃村に向かて進む。


「ちょっとまてよ!」「止りなさい!」「おいてかないでリズ!」


 無視、無視。

 鬱陶しいことこの上ない。


「「「リズぅ!!」」」


「うるさい」


 冷たくあしらうとリズは、武器を抜いて廃村に向かう。

 無人だとは思うが、一応警戒だ。こんな荒野にも人がすんでいることもあるのだ。油断禁物。


 慎重に慎重を重ねて進むが、どうやら杞憂で済んだようだ。


「クリア──────ここは大丈夫よ」


 それを聞いて喜び勇んで村に飛び込む3馬鹿ども。

 しかし、直後に失望の声を上げる。


「くそ! 何もねぇじゃねぇか!! お前が偵察で見つけたのはこの程度の物か!」

「あったま来るわね~! 廃村でどうしようっての!」

「こんなところ、何も残っていませんよ!」


 あーうるさい。


「別に、人がいることを期待していたわけじゃないわ」


 そうとも、最初から廃村だとあたりを付けて来ている。

 そもそも、周辺には人の手が入った痕跡が全くない。

 それくらいわかる。


 ここも廃村になってから随分と経つのだろう。


「なら、なんで!」


 はぁ。

「───こんなところでも、人が暮らしていたことがある……つまり、」


「あ!!」


 ここまで言ってようやくザラディンが気付いたようだ。


 これで賢者……。本当か?


「水ですか!」


 ようやく合点がいったという様子。


「えぇ、きっと水源がどこかにあるわ」


 でなければ人は暮らせない。

 どこかに飲める水源があって、それがためにここに暮らそうとした。……多分ね。


 どっちにしても、まともな人間ではないでしょうけど……。


「そ、そうか! お、おい! メイベル、ザラディン───探すぞ」

「う、うん!」

「お、お任せください」


 ふぅ。

 水源はあの3バカに任せておこう。


 こっちはコッチでやることがある。

 リズは武器を納めると、淀みのない足取りで偵察に出かけた。


 村があるということは──────。






「必ず文明との接触──つまり道の痕跡があるはず……」


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