第25話「二人の勝利」


 カラン。

 コロン……。


 あっという間に風化していくゴーレム。


 その目の前には、茫然と立ちつくす、パンイチの悪徳代官。

 一方で、アルガスは砲口から硝煙を棚引かせていた。


『チンケな鉄板で、88mm戦車砲アハト・アハトの徹甲弾が防げるものかよ───』

「防げるもんかぁー♪」


 キャッキャ! と、はしゃぐミィナ。

 彼女からすれば、怪獣大戦争といったところだろうか。


 一番の特等席から見て、それに貢献したとなれば誇らしいに違いない。


 そして、酷い目にあわせてきた悪人が、パンイチで茫然としていれば胸のすく思いだろう───。


「ちょ、え? 嘘……。お、起きろよゴーレム……」


 ツンツンとボロボロの石の塊をつつく悪徳代官。

 しかし、奴はまだ気付いていない───自分の置かれている境遇に……。


「お、おい。見たか───今の!」

「す、すげぇぇ……魔法でゴーレムを倒した!」

「鉄の馬車───……そして、小さな女の子?」


 ヒソヒソと話し、遠巻きに眺める住民たち。


 重戦車化したアルガスの正体を掴みかねているのだろう。


 そこに、


「あ、ありゃ、ウチに泊まってる子だぞ?」

「お、ホントだ。ギルドで見たな───確か、勇者パーティ『光の戦士たちシャイニングガード』の奴隷だっけ」


「じゃあ、あれってもしかして─────」


 ん?

 なんだ?


「「「『光の戦士たちシャイニングガード』が悪徳代官を倒した───?!」」」


 ざわざわ……。

 ざわざわざわざわ……!!


「勇者が倒した!」

「圧政に立ち向かった!!」

「悪の代官を討ったぞ!!」


 うおおお……。


 うおおおおおおおおおお!!


「「「うぉぉぉおおおおおお!!」」」


 ザワつく住民たち。

 そして、ミィナの姿に気を許したのか少しづつ、少しづつ包囲を狭めていく住民。


 狙いは当然──────……。


「な、なんじゃ貴様ら!! わ、ワシに近づくな!! 貴様らぁあーーーーー!!」


 ゴーレムの破片を手にブンブンと振り回し住民を威嚇する代官。

 しかし、事ここに至って住民が止まるはずもない。


 すでに衛兵隊は討たれているのだ。

 ここまでくれば、もはや代官を倒すしかないという状態なのだから当然である。


「お、おい!! 今まで街を守り、治めてきたのはワシじゃぞ! その恩を知らんのか!!」


 ガクガクと震える代官は後退り、重戦車化したアルガスの装甲にペタリと体を寄せる。


「息子が処刑された───重税と賄賂を払えないという理由で、だ」

「娘が酷い目にあわされた───権力とカビの生えた法律を無理矢理持ち出して……」

「店を奪われた───衛兵どもの溜り場にするために!」


「子供たちを返せ!! 何人連れていった─────もう、どこにもいないんだぞ!」


 殺せ、


 殺せ──────!!


 殺せ、殺せ、殺せ!!

 殺せぇぇぇぇえええええええええ!!


 ワッワッワッ! と、沸き立つ民衆。


「ひぃぃぃいいいい!! ち、違う! わ、ワシは悪くない……ワシは悪くない!! ッッッッ、ア、─────ぁアルガぁぁぁぁああス!!」


 あん?


「助けろ!! ワシを助けろッ!! 全部やる! 全部だ!! 財産も女も屋敷も全部やるッ!! だから、助けろぉぉおお!!」


 は?


「欲しいものはなんでもやる! ほ、本当だぞ! 言え、何でも言え! アルガぁぁぁあス!」





 ………………いらね。






『……自業自得だ。俺は、基本よその街の事情に首は突っ込まん。───今回は、お前が殴って来たからやり返しただけだ』


 ギルドと結託し、俺を襲ってミィナを攫った───その借りを返しただけ。


 手配書なんざ怖くはないが、迷惑千万!


 住民のことは俺に言うな。

 それは、お前の招いた種だろうが。


「そ、そんな!! おまえぇぇぇえええ! ぎゃああああああああ!!」


 代官は住民に捕らえられ何処かへ引き摺られていく。

 アルガスは、そんな代官の末路になんぞクソほども興味がわかなかった。


 ただ、殴られたから、ぶん殴り返しただけ───。


 ……一発は一発だ。


 赤の他人に黙って殴られてやるほど、俺も冒険者も、優しくないッつーの。


「いやー! それにしても、お嬢ちゃんの乗ってる馬車の中の人は強いな! 一体誰なんだい?」


 初老の男性・・・・・がティーガーⅠの車体に触れて感心している。


 それをミィナはニコニコと見下ろし、

「アルガスさんだよ!! 重戦車のアルガスさん! とーーーーーっても強いんだよ!」


 アルガス……。


 アルガス?!


 ───アルガス!!!


「そうか───【重戦車】のアルガスか! 聞いたことあるような、ないような……たしか、」


「うん! てぃーがーⅠ──って言うの!」


 アルガスは、ジェイス達と違って無名の冒険者だ。

 とくに「光の戦士たちシャイニングガード」の中核メンバーは自分たちの活躍こそ喧伝するものの、アルガスの名前がそこにあることはない。


 せいぜい、ギルド職員が知っている程度だろう。


 だから、住民が首を傾げても仕方がない。

 だが、今夜を境にギルドだけでなく、街中がアルガスを知るだろう。


 『光の戦士たちシャイニングガード』のアルガス──────……改め、重戦車アルガスの名を!


 もっとも、アルガスにとって『光の戦士たちシャイニングガード』の名前なんぞ、真っ平ごめんだが……。

 一応、今もパーティのメンバーであることに違いはない。


 リズの手がかりを掴むためにも、まだパーティを抜ける気はなかった。


「なるほど! アルガスさんか! いやー凄い人もいたものだ。まさか、あの代官を降すとは──────はい、お嬢ちゃん」


 初老の男性は、ひとしきりアルガスを誉めると、足元に落ちていたカードのようなものをミィナに渡した。


「?……ありがとう??」

 ミィナは不思議そうに受けとるそれ。


「ゴーレムのドロップ品だと思うよ。アルガスさんに渡してね」

「はーい♪」


 初老の男性は満足そうに去っていく。


『なんだ、そりゃ?』

「ドロップ品だってー」


 ふーん?


 アルガスが興味なさそうにしていると、いつの間にか、アルガスの周囲に民衆が集まりだし、彼を取り囲んだ。


「アルガス!」

「アルガス!!」


 アルガス、アルガス、アルガス!!


「「「アルガス! アルガス!!」」」


 よっっっぽど、代官が嫌われていたのか、目の前で奴を降したアルガスの評判は鰻登りだ。


 夜明け前だというのに街中がお祭り騒ぎ、やがて夜が白み始め、消えた門の先から太陽が顔を出し、朝焼けにティーガーⅠの車体が映える。


 そこに、ミィナの語ったティーガーⅠの呼称が徐々に住民に伝わり始め、皆が口々に熱狂して語る。


 そして、歌い、叫ぶ!!


「ティーガー!」

「ティーガー!!」


 ティーガー、ティーガー、ティーガー!!


「「「ティーガー! ティーガー!!」」」


 朝焼けに赤く輝くティーガーⅠ───そして、アルガスは人生で初めて浴びる喝采に戸惑うばかり。


 肉壁役としてパーティを守っても称賛されず、自分を認めてくれたのは親友の娘───リズだけだったはず……。


 だが、違う。


 今は違う──────。


 ミィナがいるし、リズもどこかにいる。

 そして、鋼鉄の覇者ティーガーⅠとともにある。



 そうか………………。





 これが、勝利なのか……!







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