第17話「代官邸強襲ッ!」

 代官の館にて、


「うふふふふ……お代官さまぁ、この話はホントでしてよ」

「うむむ……。それは、けしからん話だ! 明日と言わず、今夜にでも『触れ』を出すべきかもしれんな」


 でっぷりと太った代官が、ワイン片手に真っ赤になった顔で適当なことをほざいている。

 それを煽るように、セリーナは薄い扇情的な服で劣情を催させるように、代官に次々に酒を注いでいく。


 しかし、代官はセリーナには全く興味なさそうにしている。


 代わりに、盗賊ギルドどもが持ち込んだ少女───部屋の隅で震えているミィナを、好色染みた目で見ていた。


「げぷッ……。ふーむ、勇者を殺したとなれば国家一級の犯罪ぞ。これはこの街だけに留めず、国に通報した方がいいな。どれ──」


 代官は勇者殺害の話を鵜呑みにし、アルガスに懸賞金を付けた。

 碌な裏付けもなしにである。


 それもこれも日頃から賄賂に余念のないギルドマスターの話を信じたからだ───と、いうのは真っ赤な嘘で、もちろん出鱈目だと知っている。


 それでもこの話に乗ったのは、セリーナの持ち込んだ金貨何千枚相当のドロップ品を貯め込んだポーターの話と、たった一人で軍団を倒したという、眉唾ものの話があったためだ。


 しかも、眉唾でありながら真実だという。

 それはもはや、旨味しかない儲け話だ。


 代官は代官で思惑があり、ギルドマスターともどもを利用して、くだんのポーターも、例の軍団を殲滅したという手柄も独占してやろうと考えているのだ。


 当然ながら、ポーターも手柄も、馬鹿正直にギルドマスターどもにくれてやる必要などない。


 うまく騙された振りをして、ポーターは脅して金を取り出し、飼い慣らす。


 中々かわいい子で、代官の好みだ。


 そして、軍団を倒したという男は殺して存在を消した後に、手柄をすべて代官の物にする。


 と───そんな筋書きがあった。


 だから、セリーナの胡散臭い話に乗った。


 ついでに、アルガスを殺せば、勇者殺しを仕留めたという栄誉を国に持っていけば一石二鳥だ。

 いや、それどころか、三鳥も四鳥もあり、当然ながら勲章ものだと皮算用している。


「く、国?! い、いえいえいえいえ! 待ってくださいよぉ、代官様!」


 しな垂れかかるセリーナの体を受け止めながら、代官はやはり嘘だと看破した。

 恐らく、アルガスという冒険者は勇者を殺していないのだろう。


 国が本腰を入れて調査すれば、そんな嘘は一発でバレる。

 だから、このギルドマスターの娘はこの街の代官権限までで止めたいのだ。


「ん~? どうしてだ? 待つ必要なんぞない、ほれ」


 テーブルにある執事を呼ぶ手鈴をならそうと手を伸ばせば、セリーナがその体で押しとどめる。


「ま、まぁまぁ。まずはお酒でも飲んで、ね!」


 なんとしてでも、国に通報されるわけにはいかないセリーナは必死だ。

 色気で釣って、お酒で思考を鈍らせてと、あの手この手で阻もうとする。


 そのうち代官も面倒になって来たのか、御触れを早めに出すというところで一旦は落ち着いた。


(ふぅ……。危ない所だったわ。───パパぁ、早くアルガスを仕留めちゃってよ……。そうすりゃ賞金も総取り。ポーターの異次元収納袋アイテムボックスの中身も全部私達の物になるんだから!)


 冷や汗まみれのセリーナはそっとため息をつく。


 俗物で、ケチでデブでロリコン。

 嫌われ者の、悪徳代官の相手もしんどいものだ。


(まぁ、ここまで話が進めばあとは私達の勝ちよ! 見てなさい、アルガス……権力ってのはこうやって使うのよ)


 使用人が、アルガスの手配書を大量に刷って街に持っていく姿を窓越しに眺めながらセリーヌは皮算用する。


 うまく行けばギルドを拡大できるし、お金持ちになっていい男と結婚もできる。


 そして、明るい未来があると─────。


「あら?…………何かしら?」


 代官の館は街を一望できる小高い丘にある。

 街全体が壁で覆われているため、代官邸自体にはちょっとした塀がある程度で、防御は薄い。

 その代わり見通しは凄くいいのだ。



 そして、夜の闇に沈む街の方から妙に黒々とした何かが…………。



「え? パパ?」


 徐々に近づくそれが代官の館の明かりを受けてボンヤリと浮かび上がる。

 そして、象のように長い鼻を持った馬車の先端には、脂汗を浮かべたギルドマスターが括りつけられていた。


「ぬぅ? どうした?」


 酔っ払った代官が窓に近づき、セリーナとともに街の方を見下ろせば……。


「ありゃぁ、なんだ? お前の親父じゃないか?」


 ガチャっと窓を開けると、眼下では屋敷の警備をしていた衛兵がバラバラと散発的に集合し、塀と門を挟んでギルドマスター達と向かい合う。


 そして、衛兵たちが訝し気に問う声が代官の部屋まで届いてきた。


※ ※


「止まれッ!!」

「何者だ! 恐れ多くもお代官様の館へ夜分に馬車で乗り込むとは、反逆罪で逮捕されても言い訳はできぬぞ!!」


 衛兵たちは威圧的に槍を構えて、居丈高に詰問する。


「お、お代官さまぁぁぁあ!! 助けてください! コイツです! コイツがアルガスです!」


「何?」

「アルガスだって?」

 

 驚いたのは衛兵たちだ。

 なんせ、出たばかりの御触れでは勇者殺しの大悪党としてお尋ね者になった奴が忽然と目の前に現れたのだから、当然だろう。


 しかも懸賞金付き、金貨500枚!!

 大金だ!!


 そして、馬車に拘束されているのは街の名士、ギルドマスターだった。

 その言葉には重みがある。


 そこに───。

「ぱ、パパぁ?」

「せ、セリーナか! 助けてくれ……! アルガスに捕まっているんだ! は、はやく助けてくれ!!」


 長い鉄の棒のようなものにぶら下げられたギルドマスターは、憐れみを誘う声で叫び、ギュシギュシとロープを揺する。


 筋骨隆々なのに、まぁなんと情けない姿か……。


「アルガスって、その中にいるの? 雇った連中はどうしたのよ?」

「バカ! 余計なことは言わなくていい! 早く助けろ!!」


 窓を塀と門を挟んで親子でわいのわいの。

 それを見ていた代官がニヤリと笑う。


 日頃からギルドの報酬から賄賂を貰っている代官であったが、いっそギルドの権利を丸ごと欲しいと思っていたのだ。


 その上、アルガス自らここにやってきた。

 まるで鴨がネギを背負って、コンロと鍋付きで飛んできたようなものだ。


 このまま、ギルドマスターを助けて恩を売り、今後も商売に噛ませるように仕向け、そしてアルガスは殺してその首を王都に送る。


 そうすれば代官は英雄様だ。


 もしかすると、領地のひとつも貰えるかもしれない。

 田舎貴族の次男坊で冷飯を食わされた挙げ句、なんの旨味もない地方で代官をやらされるよりはよっぽど、いいと───。


「ぐふふふふ……」


 そのことを思い、悪~~~い顔になる。


 代官はでっぷりと太った脂肪を揺らしつつ、窓に近づくと言い放った。


「貴様がアルガスか! 馬車に籠って、街の名士を人質にするとは卑怯千万! 即刻ひっ捕らえて獄門にしてくれるわ!」


 ムンッ……! と威圧感を出して朗々と語る。

 だが、アルガスからの反応は意外なものだった。


『おいおい……。人の話も聞かないでいきなり犯罪者扱いか?』

「勇者殺しと交わす言葉など、もたん! 貴様を討って国への忠誠を示すことが代官の職を預かったワシの務めだ!」


 これでも、長年悪徳代官をやっているのだ。

 当然、頭は悪くない。


『は……! くだらねぇな───俺はコイツに殺されかけたっていうのによ!』

「えええい! 黙れ黙れ! すぐさま捕らえて、その素っ首引っこ抜いてくれるわッ!」


 代官の殺す発言に、部屋の隅で震えていたミィナがビックリして起き上がると、窓に駆け寄った。


「アルガスさん、逃げてぇぇええ!!」

『…………ミィナ?』


 慌てたセリーナがミィナを拘束すると、部屋の奥に引っ張り込んでしまった。


『おいおい、どういうことだ? 俺の連れが何でそこにいる?? あ゛?』


 アルガスの静かな怒気を感じて、さすがに代官も少し仰け反るも、そこはそれ。腐っても……───いや腐ってる悪徳代官だ。少々の脅しなどに屈するはずがない。


『よぉ、お代官ってのは、人様が世話してる子どもを誘拐する権利でもあるってのか? おい、何か言えや、ゴラぁ』


 アルガスの正論にぐうの音も出ない代官は言った。


「か、構わん──衛兵! そいつを馬車から轢きずりだしてやれ、殺しても構わんぞ! 仕留めたものにはたんまり褒美をくれてやる!」


「「「おおお!!」」」


 ワラワラと湧いて出てくる衛兵たち。

 どいつもこいつも目を$マークにしていやがる。


 ついでに言えば、全員ロクでもない連中ばかりだ。


『は。腐ってるな……。まったくどいつもこいつも……』


 冒険者ギルドのマスターに、暗殺者ギルドや盗賊ギルド。

 そして、悪徳代官。

 ミィナがここにいるということは、常日頃から盗賊ギルドと取引があるのだろう。


 代官の子飼い衛兵どももクズばっかりだ。


 この街に来て、そこまで日は長くはないが、コイツ等の評判は最悪だった。


 チンピラまがいの強盗はするわ、女子供に暴行を働くわ、リズを口説こうとするわ、リズをナンパしようとするわ、リズをストーカーしようとするわ、リズの部屋に侵入しようとするわ、とんでもないケシカラン連中ばかりだ。


 そう言えば、どいつもこいつも顔に見覚えがある。

 リズに手を出そうとした奴を追い返したことが何度かあったのだ。


 当然、冒険者は自衛手段があるので自分の身は自分で守れる。

 だが、この様子だと街の一般民衆はやられたい放題に違いない。


 すげーーーーー嫌われている連中で、ついでにアルガスも嫌っていた。


 もっとも、街から街に流れる冒険者稼業なので、立ち寄った街の事情には首を突っ込まない主義。

 基本的に事を荒立てる気はないが、だが、今回は別だ。


 アルガスをお尋ね者にして逮捕する気満々で、その上ミィナのことも狙ってやがる。

 ギルドマスターとグルだっていうならミィナの異次元収納袋アイテムボックスのことも聞いているんだろう。


 そして、今まさにアルガスを殺そうとしている。


 容赦???




 ───するわけねぇだろ!!




『おうおうおう、舐めた真似してくれんじゃんよ?! お? 「重戦車ティーガーⅠ」舐めんなよ。ごらぁぁあああ!!』


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