第11話「街に帰還」

 ベームスの街───。


 ジェイスが見捨てようとして、知らず知らずの内にアルガスによって軍団レギオンの危機から逃れていた幸運な街だ。


 ここはジェイス達「光の戦士たちシャイニングガード」が、一時的に拠点を置いていた街で、ギルドが「将軍ジェネラル級の討伐」を依頼した場所でもある。


 そこにアルガスとミィナは、ようやくといった様子で帰還した。


 ボロボロになった鎧は途中で破棄し、タワーシールドと剣だけを携えてアルガスは旅を続けた。


 ミィナは小さいながらも頑張っていたが、さすがに長期間の旅に耐えるだけの体力はなかったらしく、途中でアルガスに背負われてグッタリとしていた。


 アルガスが背負わねば、途中で病没していてもおかしくない程の疲労だ。

 以前、ジェイスが使い捨てと言ったのは、その辺も加味していたのだろう。


「つ、ついた……」

「すー……すー……」


 疲れ切ったアルガスが街の門の列に並ぶも、背負われていたミィナは気付くこともなく深い眠りに落ちていた。


「くそ、相変わらずバカみたい時間かけやがる……」


 ウンザリするほどの、長ーい行列。

 街の衛兵隊が、悪徳と評判されるクソ代官の命令で長々と入門チェックをしているのだ。


 一応通行税の徴収も兼ねているというから、コッソリ入るわけにもいかない。


「はぁ……」


 これから入門の長い列に並ぶと思うと気分が暗くなるが、ジェイスが不在な状態では、上位パーティとしての待遇は望めない。


 一応、ギルドの組合員証があるのだが、パーティのリーダーが持つタグがなければ門番は決して認めてくれないのだ。


 もっとも、メイベルやザラディンくらいの有名人なら別だが、所詮は田舎の冒険者でしかないアルガスやリズ───そして、奴隷のミィナにその待遇は望めなかった。


「安いよー! 安いよー!!」

「冷たいエールはいかがー?! ワインに、火酒もあるよー」


 物売り達が行列の客を見越して商品を売り歩いている。

 この長蛇の列は、実にいい稼ぎ場所なのだろう。


 疲れ切った商人や新規冒険者が、次々に商品を買い求めるのが見て取れた。


 彼らが手を伸ばす理由として、疲労や退屈しのぎ以上に、香りの暴力がある。


 露天商どもは、わざわざ香りが強くなるように、濃いめのタレなどを付けて肉や魚を味付けしているのだ。


 待ちくたびれて空腹になった行列の人々にその香りを無視するのは耐えがたい行為だ。


 ぐるるるぅ……。


「う………………」


 アルガスもついつい腹が鳴ってしまう。

 ミィナも疲れ切っていたはずなのに、良い香りにつられて鼻をフガフガさせつつ目を覚ます。


「ふぇ?」

「───起きたか? なんとか街についたけど、もう少しかかるから寝てていいぞ」


 ショボショボと目を擦るミィナは、くぁぁ……と欠伸をした後、クゥゥと腹をならす。


「お腹すきました……」

「あー……」


 そんな目で見られてもな……。


 アルガスだって、物売りから串焼きやエールを買って食べたいのだ。

 だけど、悲しいことにアルガスには現金の持ち合わせがほとんどない。


 ほんとに、悲しいくらいに小銭すらないのだ。


 入門のための通行税用に、リズから借りている銀貨はあるのだが、それとてギリギリの額。

 これを使ってしまうと、街の外で野たれ死にする。


 以前なら多少あったのだが、前回の冒険後の報酬をジェイスによって支払われなかったため、冗談抜きの文無しなのだ。


「ごめんな。……堅パンでいいなら、荷物から出して食べていいぞ」

「堅パン…………はい」


 シュ~ンとして、ミィナが悲しい顔のまま異次元収納袋アイテムボックスから堅パンを取り出すと、カリカリと表面を齧る。


 彼女は律義で、勝手に食べ物を取るということをしない。


 ミィナの『ポーター』の能力の中に食料があるので、その気になれば彼女が独占できるだろうに……。

 ミィナはそれをしようとせず、アルガスのいうことを従順に聞いていた。


 悲しい顔でポリポリと……。


「はぁ……」


 しょうがないな。


「……ミィナ。適当に魔石出してくれ。──小さいのでいいから」

「???───はい」


 異次元収納袋アイテムボックスから、小指の先ほどの魔石を取り出すミィナ。


 これでもかなりデカい方だ。


 雑魚モンスターからとれる魔石は、下手すりゃ砂粒程。


 魔石というのは魔物が体内に溜めた魔力の結晶のことで、大きければ大きいほど高く売れる。


 中には特殊な魔力を秘めたものもあるので、それらは大きさ以上に高価で取引されることもあるという。


 今回、アルガスが殲滅した軍団は上位個体だらけだった。

 軍団の中では雑魚モンスター扱いでも、通常なら脅威とされる魔物ばかりで構成されていたのだ。

 つまり、雑魚から採取した魔石でも、小粒でこのサイズなのだ。


 多分、金貨一枚以上の価値がある。


「───おい、こっちにもくれ」 


 だが、惜しむほどでもない。

 なんせ、これで小粒といえるほど、今回のアルガスは稼ぎに稼いでいるはずなのだから。


「へい! 豚串一本、銅貨一枚でさぁ」


 ち、高いな……。

(───くっそ、足元を見てやがる)


 街中で買えば、この3分の一程度で買えるのだ。

 3本串セットで銅貨一枚でも高いと感じるくらい。


 普通なら銅貨以下の小銅貨や、屑銭と言われる最低貨幣で取引される程度のものだというのに。


 まぁ、しゃーなし。


「あーじゃあ、そこの種類を全部買う。二本ずつくれ」

「へい、毎度──────って、なんですかこりゃ?」


 支払いに渡した魔石を見て怪訝そうに顔を曇らせる物売り。


「魔石だ、見りゃわかるだろ───」

「へ! これが魔石だぁ? バカにすんなよ、こんな偽物……………………ぁ」


 銅貨を期待していた物売りは、一気に態度が悪くなったものの、石の中でグルグル回っている魔力に気付くと目を剥いて驚く。


「こ、こここ、こりゃあ……!! し、失礼しました! あ、これオマケです」


 突然、愛想良く顔を柔和に変化させた物売りが、頼んでもいないのに味付けされた卵を二つ押し付けてきた。


 そして、ペコペコしながら街の方へ戻っていく。


(……あの様子じゃ、今日は閉店だろうな)


 換金して豪遊する気なのだろう。


「ミィナ。これも食べていいぞ」

「わぁ♪ い、いいの?!」


 串焼きと卵を分けてやると、満面の笑みで受け取るミィナ。


「ありがとう!」


 子供は素直が一番だな──────と!?


「な、なんだお前ら?!」


 気付けばアルガスの周囲には、物売りの集団が大挙して押し寄せていた。

 皆、目をギラギラさせながら次々に商品自慢していく。


「だ、ダンナ旦那!! ウチのパイは安いですよ! それに、味も世界一でさぁ!」

「お兄さぁん! ウチの林檎酒シードル買っとくれ! 冷たくて甘くておいしいよ!」


「おやおや! 可愛いお嬢さんじゃないか! ウチの飴玉買うないかい? いろんな味がするよぉ!」


 おいおい……。

 どんだけ群がるんだ!


「だー! 鬱陶しい!! 酒だ酒! それと飴玉だけでいい。林檎酒シードルは小樽だけ置いてってくれ、支払いはその二人だけ! それ以外は、もう買わんからな!」


 こういう時は、はっきり言った方がいい。


 買わないと収まらないだろうし、一人にだけ優遇するとまだ余裕があるように見られてしまう。


 なので、きっぱりとシャットアウトするのだ。


 ミィナからまた小さい魔石を受け取ると、林檎酒の樽と、袋に入った大量の飴玉と交換する。


 これでもかなりの稼ぎになるのは目に見えている。

 金貨換算の魔石と、商品全部かき集めても銀貨数枚程度のものを少量と交換するのだ。

 物売りとしては大儲けだろう。


 はー……やっぱお金は必要だな。


 シッシッ! と威圧しつつ物売りを追いはらうと、ニコニコしながら串焼きに被り付いているミィナに飴玉の袋を押し付ける。


「ほら、食べすぎるなよ。……トイレはもうちょい先だからな」

「はーい!」


 分かってるんだか、わかってなんだか……。


 といいつつも、暇を持て余してアルガスも林檎酒と串焼きで一杯やりだす始末。


 うむ。

 まいうー!


 はぁ、疲れた体に酒が染み渡る───。


 味は安っぽいけど、串焼きとセットで、実に美味なり!


 だが、二人して飲み食いしてたら、途中でトイレが近くなりました──────はい。



 ……………………結末は、聞くなかれ。



 ───それから結構な時間が経って、ようやく二人が街に入れた時には、青い顔をしたアルガスと脂汗を流しているミィナがいたとかいなかったとか……。


 うごごごご……!


 賄賂まで要求してきやがって、クズの衛兵どもめ、どんだけ入門チェックに時間かけるんだよ!


 しかも、ミィナに手を出そうとするケシカラン奴もいやがった!


 ったく、どいつもこいつも!!


 ………………便所の恨み、覚えおけよ!


 二人して、街のクッサイ公衆便所に駆け込む頃には、とっぷりと日が暮れようとしていた。

 そして、景気よく魔石をばら撒いたことが後々に尾を引くとは、この時のアルガスはまだ気付いていない………………。

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