第6話 ふつうと違うものは、変でしょう?

 アークライト家にやってきた一行の中心に、見るからに偉そうに立っているのは第二王子であるフランツだ。

 偉そう、というか王子だから当然偉いのだが、その様子にルティアナは呆れながらも優雅に礼をした。


「……お久しぶりです、フランツ王子」

「いつもに比べたら久しぶりというほどでもないだろう。……三カ月前ぶりか」

 三カ月前には、国王陛下の生誕を祝う席が設けられていた。もちろん、ルティアナも公爵家の一員として挨拶のために王都へ行っている。だがルティアナは「あら」ととぼけた。

「そうでした? どうでもいいことはすぐに忘れてしまうもので。申し訳ありません」

「おまえな……」

 直球でフランツのことをどうでもいいとさっくり言い切ったルティアナに、フランツも怒ればいいのか呆れればいいのか、もはやわからない。

「リヒト様は本当にお久しぶりですわね。お変わりないようでなによりですわ」

 フランツの隣にいた銀髪の青年を見てルティアナは微笑んだ。

「貴女も相変わらずのようでなによりだよ」

 アークライト家とカーライル家は友好な関係とは言えないが、ルティアナ自身はそんなことどうでもいいし、リヒトもそれほど気にしていない。

 ただ仲が良いかと言われれば二人ともそろって否と答えるだろう。

「ギルベルト様……は、ご挨拶するのははじめてかしら。お噂はかねがね、ギルベルト様の武勲は耳に届いておりますわ。お会いできて光栄です」

「はじめまして、アークライトの姫さん」

 ギルベルトは社交界にはあまり顔を出さないので、同じくあまり顔を出さないルティアナとは面識がない。お互いに名前は知っているし、ルティアナは遠目に彼を見たことがある。茶色いくせっ毛に緑の瞳は愛嬌があると言えなくもない。

 旅の一行のなかではギルベルトが一番年長だということになる。

「……では、そちらの方がゼスト・クラウス様?」

 ルティアナの声にびく、と肩を震わせたのは、少年だった。ギルベルトの大きな身体の後ろに隠れるようにひっそりと息を潜めていたのだ。

 十二歳ほどだろうか、赤い髪は前髪がバラバラの長さで、そこから覗く綺麗な琥珀色の目にルティアナは魅入られた。

「お若いとは聞いていたのですけれど、年下とは思っておりませんでしたわ。ルティアナと申します。どうぞよろしくお願いしますね?」

 にっこりとルティアナは嬉しそうに微笑みながらゼストに語りかけた。その様子に、ゼストも小さく答える。

「よろしく、お願いします……」

 びくびくしているが、ルティアナに怯えているわけではないらしい。

 ギルベルトのうしろに隠れているものの、特別彼に懐いているという様子でもなかった。ただ体格がいいから隠れるのにちょうど良かったのだろう。

「ところでゼスト様、その髪は……」

 ルティアナが言葉を濁しながら問いかける。ゼストの前髪はおしゃれとは思えないくらいにめちゃくちゃな長さで、不格好だった。

「王子がやった。なんでも前髪が長くて鬱陶しいってな」

「けど途中で逃げられて、その後彼はまったく王子には近づかなくなったんですよ」

 呆れた様子でギルベルトとリヒトが説明してくれた。その場にいたけれど二人では王子を止めることが出来なかったのか――止める気がなかったのか。なんとなくルティアナは後者のような気がした。

 ギルベルトは面白がって見ていそうだし、リヒトは関係ないことだと傍観しそうだ。

「……王子」

 じろりとルティアナが睨むと、フランツはむっとした表情で口を開く。

「なんだ悪いか。前髪が長いままだと目に悪いだろう」

「たいへんもっともな言い分ではありますけれど、本人の同意を得ていないならただの暴力です」

 ルティアナはきっぱりと切り捨てる。

 王子も根が悪人というわけではない。目に悪いと思ったのは本当だろうし、王子にしてみればゼストのことを思っての行動なのだろう。

 だが親しくもない人間にそんなことを押しつけられ無理やり髪を切られる……というのはどう考えても暴力だ。しかも無自覚に権力を振りかざしている。

 これだからこの男は、とルティアナは内心で毒づきながらゼストを見る。

「ゼスト様は甘いものはお好きかしら? マコトの作るカスタードパイは絶品なのよ?」

「え、その」

 好きですけど、と小さな声で返ってきた答えに、ルティアナはギルベルトやリヒトを見て微笑んだ。

「もうすぐでお昼ですもの。皆様も小休憩がてら昼食といたしませんこと? すぐ準備させますから」

 どうせ今すぐに発ったところで、数時間もしないうちに昼食のために足を止めることになる。ならば少し早くなるかもしれないが、アークライト家で食べてしまったほうが楽だ。

「ふざけるな、すぐに出発を――」

「そうですね、そうしましょうか」

「そうだな」

 フランツの拒絶の言葉に被せるように、ギルベルトとリヒトが同意した。

「準備している間、ゼスト様はその前髪を揃えましょうか。マコトはカスタードパイを作ってくれる?」

「はいはい……まったく急に言い出すんだからお嬢様は……」

 ぶつぶつと文句をいいつつ厨房へと向かって準備してくれるのだから、マコトもたいがいルティアナに甘い。

「まて! ふざけるな! 俺はこの屋敷には一歩も入らんぞ!」

 猫だったら毛を逆立てているように警戒してフランツは叫んでいる。十八歳にもなってもまだこんな子どもみたいな反応をされると、王国の将来がいささか不安だ。

「今回はカエルを集める暇はありませんでしたから、心配なさらずとも大丈夫ですわよ?」

「信用できるか!」

 まぁ、できないでしょうけど、とルティアナは小さく呟く。

「よろしいんですよ、別に。王子はそのまま外でお待ちくださいな。昼食を終えたら戻ってまいりますから」

「……まてそれは俺に昼食抜きで旅に出ろと」

「アークライト家の者が作ったものなどお口に合いませんでしょう?」

 嫌味たっぷりにルティアナが言い返すと、フランツの天秤もぐらぐらと揺れる。さすがに育ちざかりの青年に昼食抜きはきつい。

「俺が信用できないのはおまえだけだ」

 アークライト家や、そこで働く使用人たちが信用できないわけじゃない。

「だからカエルなんていませんったら。というかまだ苦手でいらっしゃるの?」

「おまえがウシガエルなんて顔に投げつけてくるからだろうが!」

 ただの小さなカエルなら、フランツだってこれほどのトラウマにはならなかっただろう。だがルティアナが投げつけたのはウシガエルだ。まさか幼い令嬢が、自分の手のひらよりも大きなウシガエルを投げてくるなんて思うはずもない。

 フランツが投げた芋虫がたいへん可愛らしく感じてくる。

「王子ー。カエルは今のところいないぞー」

 一足先に屋敷に入ったギルベルトが呆れたように声をかけてくる。さすがにギルベルトもリヒトも、カエルが突然降ってきたりすれば驚くだろうが、そんな様子はない。

「……昼食をとったらすぐ――」

「出立するんでしょう? もう準備はできております」

 もともと旅の支度は昨日のうちに済ませている。マコトの準備は抜かりないのだ。

 フランツはそうか、と小さく答えて、若干びくびくしながらアークライト家の屋敷に足を踏み入れた。その姿を世の令嬢方が見たら素敵なフランツ王子という幻想も打ち砕けるだろうな、とルティアナは思った。




「ゼスト様はこちらに。前髪をそろえましょう?」

 ルティアナが微笑みながらゼストを別室へと案内すると、ざんばらな赤い髪の隙間から琥珀色の目がルティアナを見上げた。

「……気味悪くないですか」

「気味悪いって……なんのこと?」

 困惑しているような、すがるような、そんなゼストの瞳をまっすぐに見つめ返してルティアナは首を傾げた。

「……ふつうと違うものは、変でしょう? よく、気味の悪い目だって、言われたので」

 珍しいものにはそれだけの価値が生まれるし、同時に忌避されることもある。

 そういうことがあると、ルティアナも知っている。

 琥珀色の瞳は、確かに珍しい色だ。しかし気味が悪いだなんてルティアナは思わない。


「ゼスト様、わたしの髪は変かしら?」


 ルティアナはあえてゼストの問いに答えず、自分の黒い髪をつまんでみせた。ゼストは「え」と小さく声を漏らして、その瞳でルティアナの黒い髪を見つめる。

「いいえ、綺麗な黒髪、ですけど」

「あら、おかしいですね。ゼスト様がさきほどおっしゃった、普通ではない珍しい色ですけれど」

 くすくすとルティアナは笑いながら、その青い瞳でゼストを見つめる。

 黒髪はゼストの瞳より珍しい。

 ルティアナはこの髪を気味悪がられたことはないけれど、要らぬ崇拝を受けたことは何度もある。

「わたしの黒髪が変でないのなら、ゼスト様の目も変ではないということになりますわ。わたしは好きです、とても綺麗な色だわ」

 だから隠してしまうのはもったいないですよ、とルティアナは鋏を用意しながら告げる。

 ぱちぱち、とゼストは何度か瞬きを繰り返す。その瞳には怯えは消え、ただただまっすぐにルティアナを見ていた。

「じゃあ前髪を揃えますね?」

 ゼストが不安にならないように、とルティアナは気を配りながら鋏を握る。

 今更だがゼストはルティアナがやるのか、と思った。てっきり使用人を呼ばれるものだと思っていたのだ。

「……名前」

 ルティアナが器用にゼストの前髪を整えはじめると、ゼストは小さく口を開いた。

「はい?」

「様、いらないです。俺は年下……だし」

 そう告げているゼストの顔は少し照れているようだったので、ルティアナはこのままぎゅうぎゅうと抱きしめたくなったのだが刃物をもっているのでぎりぎりのところで耐えた。

「ではわたしのこともルティアナと呼んでくださいます?」

「ルティアナ、さん」

「さんもいりませんよ?」

「それは、その……」

 もごもごとゼストが「無理です」と言うので、ルティアナも無理強いはしない。

 それよりも可愛い弟ができたようでうれしい。マコトも出会ったばかりの頃はこんな感じだったのに、とすくすくと育った従者が中身はともかく見た目が可愛くなくなったことを嘆いていたルティアナには喜ばしい。

 前途多難な旅ではあるが、ひとまずゼストとは仲良くやれそうだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る