聖女代行、死亡フラグを叩き折ります!

青柳朔

第1話 え、なんですかその死亡フラグ

 それは、いつもどおりの優雅な午後のティータイムだった。

 たった一言、ルティアナが告げるまでは。


「そういえばわたし、聖女代行をやることになりそうだわ」


 世間話の延長のような、呑気な声だった。あまりに呑気すぎて、マコトはすぐにその言葉の意味を理解できなかった。


「え、なんですかその死亡フラグ」


 従者であるマコトの、従者らしからぬ口調をルティアナは欠片も気にする様子もなく、そっとティーカップを置いた。

「そうよね。しぼうふらぐよね。マコトが言っていた『俺、戦場から無事に帰ることができたら恋人にプロポーズするんだ……!』ってやつよね」

 わざわざ小芝居までつけるルティアナの芸の細さにマコトは若干呆れつつ、置かれたティーカップに追加の紅茶を注ぐ。この話はなんとなく長くなりそうだ。主人の喉の乾き具合に気を配るのも従者の役目である。

「そうです、その死亡フラグです。よく覚えてましたね」

 この世界には馴染みのない言葉だ。ルティアナもマコトが詳しく説明するまではどんな意味なのかさっぱり理解できなかった。

「あら、わたしがマコトから教えてもらったことを忘れるわけがないでしょう?」

 そう言いながら微笑むルティアナに、マコトはぎこちなく「ソウデスカ」とだけ答えた。

 それにしても、聖女代行とは。

「えー……と、それ、断れないんですか?」

 これでもルティアナは公爵令嬢だ。しかもアークライト家といえばこの国の四大公爵家の筆頭とも言われている。自慢じゃないがかなり偉い。

「うーん……王家と教会から言われたらしいから、さすがのお父様も簡単には断れないんじゃないかしら」

 正式な任命はまだだが、もはや揺るぎない決定事項のようだ、というのは父の眉間によった深い皺を思い出せばわかることである。

 厳しいところもある父だが、ルティアナは十分すぎるほど父に愛されている。その父がすぐに跳ね除けることもできず、ルティアナに告げてきたということは、つまりそういうことだ。

「だいたい、なんでお嬢様なんですか。他にも適任はいっぱいいるでしょう、こんなお転婆な人じゃなくても」

 お転婆になった原因は主に幼い頃から一緒にいるこの従者とあれこれ遊び回っていたせいもあるのだが、そこは棚に上げているらしい。連れ回していた自覚もあるのでルティアナもそこはさらりと流しておくことにした。

「無理よ。黒髪の女の子なんてこの国でわたしくらいなものでしょう」

 マコトの淹れた紅茶を飲みながら、ルティアナはきっぱりと答えた。マコトは首を傾げながら黒髪? と呟く。

「黒髪ってそんなに重要なんですか?」

「異世界より王国の危機を救うために現れる聖女は、必ず黒髪に黒い瞳なんだそうよ。……あら、マコトだったら聖女になれるんじゃない?」

 ルティアナがマコトの黒髪をじっと見つめて真顔になった。マコトは目も黒く、まさに条件的にはルティアナよりもぴったりだ。

「俺は男ですよお嬢様」

 ひく、と顔をひきつらせながらマコトは答える。お嬢様の真剣な眼差しは冗談でも冗談に感じない。

「そうねぇ、五年前だったら女装でいけたかもしれないのに」

 五年前というとルティアナは十二歳、マコトは十五歳である。成長期が遅めにやってきたマコトは十五歳でもルティアナとそれほど身長が変わらないくらい小柄だったし、かわいらしかった。

 時は残酷だ。ぐんぐんと背も伸びて今ではすっかり青年である。どこからどう見ても男である。

 こうなるとわかっていたらもっと着せかえ人形にして楽しんだのに、とルティアナはわりと本気で嘆いている。

「とにかく、聖女召還までのちょっとの間だけわたしが聖女の代わりを務めるの。魔物の動きが活発になっていて民の不安も増す一方だし、聖女一行が国を救います!って王国はアピールしたいのよ」

「そんなもん聖女さまとやらがきてからやればいいじゃないですか」

 あまりに正論すぎる正論に、ルティアナは苦笑した。

「露払いでしょう」

 本物の聖女さまに簡単に死なれては困る。それに民の不安も不満も積もりに積もっていて、王国としては魔物の被害よりもそちらのほうが重要なのだろう。

「なんですかそれ。死亡フラグっていうかむしろ死ねって言ってません?」

 危険があることは当然。むしろ召喚される聖女の身の安全のためにルティアナに危険をおかせと言っている。

 残念なことに聖女に代わりはいないが、ルティアナの代わりはたくさんいる、ということなのだろう。

 聖女代行、なんて名誉あることですよと言っておきながらも王家も教会も聖女に何かあったら困るから先に危険なところはどうでもいいやつに任せようということなのだ。

 マコトは不快げに眉を寄せた。

「うちの家は貴族からは煙たがられているものね」

 権力を持ちながら要職につかないアークライト家。王家への発言力もあると言われているが、それが発揮されることはほとんどない。貴族にとっては媚びを売ればいいのかどうか曖昧な、なんとも扱いにくい家である。王家との不仲説が有名だからなおさらだ。

 聖女には魔物討伐だけでなく、王国の四か所にある聖具を集める任務もある。おそらく本物の聖女にはそちらを任せるのだろう。

「まぁ、それでも一緒に旅するのは正式に聖女さまの護衛に決まった方々なんだから、戦力的には問題ないはずなのよ?」

「へぇ? その聖女さまの優秀な護衛の方々って具体的には?」

「第二王子のフランツ様でしょう、あとは将軍家のギルベルト様でしょう、カーライル公爵家のリヒト様だったかしら」

「どれもお嬢様を守る気なんてなさそうなんですけど!」

 あらそうかしら、うふふ、とルティアナは笑うが従者的にはまったく笑うところではない。

 第二王子とルティアナは犬猿の仲だ。年の近いフランツはことあるごとにルティアナに悪戯をしかけ、そしてルティアナに倍以上でやり返されるといった具合でフランツはルティアナを目の敵にしている。

 将軍家のギルベルトは、ルティアナ自身はあまり面識はないが、そもそも将軍家は王家の剣。王家との不仲説の濃厚なアークライト家はそのうち王に歯向かうのではと警戒されていた。

 そしてカーライル公爵家は、アークライト家と同じく四大公爵家のひとつであるものの、何代も前からアークライト公爵家と仲違いしている。

 旅の愉快な仲間たちは、見事にルティアナとうまくいきそうにない人たちばかりだ。

「他にも魔術師がつくのではないかしら。腕前としては天才と名高いゼスト様……かしらね」

「それはそれで他人に興味なさすぎて心配です」

 王宮魔術師として若手の期待株なのはゼスト・クラウス。だが魔術師という生き物はそもそも他人に興味を持つことがほとんどないので、敵ではないが味方でもない。

 まさに四面楚歌。

 しかしルティアナはこれといって心配などしていなかった。


「そんなに問題あるかしら?」


 大ありでしょう、と呆れる従者にルティアナは微笑む。危機感がないとマコトからお説教が始まる前に先手を打つ。


「だって、わたしにはマコトがいるでしょう?」


 何を心配することがあるの?

 言外にそう告げるルティアナに、マコトはうぐ、と口ごもって何も言い返せなかった。

 

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