六章 気の遠くなるような目覚め

6-1

「本当に歩けるようになると思う?」

 研究の難航がエワルドを追い詰めているっていうのは解っていた。わたしのことで苦しむくらいなら、夜明けまで世間話に付き合ってくれた方がいいのに。

「大丈夫さ。きっと歩けるようになる」

 エワルドは、わたしが歩く自由を取り戻すために必死になってくれた。だけど、わたしがエワルドと一緒にいることを望んだのは、それが理由じゃない。わたしが惹かれていたのは、彼の言葉。大丈夫って言ってくれたこと。大丈夫。これから良くなる。その言葉。支えになる言葉がなかったら、わたしは足じゃなくて、足を失ったことに執着していたかも知れない。わたしの身体を奪った運命を憎んで、恨んで、普通に歩ける人たちを羨むだけで終わる一生が待っていたんだと思う。解かってくれるかな。この人と一緒なら、どんなことが起こったって乗り切れるって思える人。わたしにとってエワルドはそういう人だったんだ。将来を悲観して挫けそうになったときも、エワルドが傍で励ましてくれたから、わたしは自分に欠けているものに固執することなく、腕を磨き、持てる能力を発揮できた。

 エワルドはどうだった? 彼はわたしと歩んだ時間に意義を感じられたんだろうか。

 わたしと一緒にいなければ、自分の人生はもっとマシだったと悔やんだことは?

楽観的な言葉で取り繕ったり、体力も時間も食い潰される日々に疲れを感じたことは?

 エワルドの背中を見つめながら、頭の中で問いかける。

「もううんざりだ」

 そんな言葉が聞こえた気がして目を伏せる。卑怯だよね。その通り。わたしは卑怯者だ。大事な人を見送って始まる朝も、帰ってくるのを待ちわびる昼も、団らんと安心の夜も、エワルドとでなければ、在り得ない。

 疲れた顔をするエワルドを見るたび、わたしは自分たちの選択に自信がもてなくなった。エワルドがわたしの脚を作って、わたしはそれを待ってるだけ。そんな関係ってあまりに一方的でしょう?

 エワルドは日に日に口数が少なくなっていって、いつも焦っているように見えた。そして、三度目の審査会に落ちたあとのこと。労力と時間とお金を浪費する日々を打開するために、エワルドは兵器工廠の職員になると言い出した。武器を作ることの賛否なんて論じる気はないけれど、エワルドには「らしくない」選択だ。兵器(壊すもの)なんて。彼が作っていたのは、人の支えになったり、後押しをするものだった。それなのに、争いに加担する道を選ぶなんて。

 エワルドの消耗も、らしくないことをしようとするのも、わたしが原因なのは明白だった。自分とエワルド、どちらの幸せを選ぶべきかって岐路にいる。そう思ったから、わたしは意を決した。

「愛想が尽きたなら、そう言えよ」

 エワルドはわたしのことを重荷とは思っておらず、それどころか自分の生活が難航しているのは自分の無力さのせいだって思ってた。

「もううんざりだ」

 彼がそんな風に悩んでるなんて考えてもみなかったわたしは、自分がエワルドの負担になっているっていう事実から逃れるために、虚像のエワルドに好き勝手なことを喋らせて、事故憐憫に浸ってた。

 問題を解決したいって思いは嘘じゃない。だけど、あとに残ったのは彼の厚意に泥を塗ったっていう後悔だけ。何よりもまず謝るべきだったのに、エワルドの横顔からは侮辱されたって怒りが噴き出ているようで、彼の側にいるたび、わたしは喉を詰まらせた。

 不安と疑心暗鬼が生んだ嘘っぱちのエワルドが何を言ったって、無視すべきだったんだって今なら解かる。だって、わたしの傍にはいつだって、本物のエワルドがいてくれたんだから。

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