5-2-2

「……最悪ね」

 ルクレツィアは非空挺の窓辺で町を見下ろして呟いた。町は至るところで火の手が上がり、時折銃声が響く。

「どうしたらいい?」

 どれだけの死体がどこで暴れているのか解からないが、一体ずつ対処しても徒労に終わるのは間違いないだろう。

「国を滅ぼすためじゃないとメルツェルは言っていた。それ以上に大きな野望があるって。だから、死体を止める手段だって用意しているだろうけど……」

「……聞こえるか。応答してくれ」

 ぼくは非空挺の通信機を使って呼びかけ続ける。しかし、他の……恐らく、街中で騒動を起こしている死体を操っている信号が邪魔になっているんだろう。さっきから、雑音しか聞こえない。

「エワルド? エワルドなの?」雑音の中に、聞き馴染みのある声がした。

「アンジェリカか?」

「ロバ……の通信機……るの」

「教えてくれ。何があった」野太い声が返事をした。「お前、今、どこにいやがる」

ロバートだ。

「飛んでる。空を見ろ」

「あんな……をしでかしておいて、呑気に……て来られる度胸が……とはな」

「事情があったんだ。そんなことよりも――」

「そん……こと?」

 ぼくがロバートの対応に困っていると、ルクレツィアがマイクを横取りした。

「いいから、簡潔に説明して。でないと、減給よ」

「王女?」

「声も忘れた?」

「いや……だけど、……ツェルはあ……を死体……操っ……ると」

「解かったわ。減給ね」

「メル……が会場に……たの」向こうではアンジェリカがロバートのマイクを引っ手繰ったらしい。「革新……ために……を機……身体にする……宣言し……」

 メルツェルがそんなことを? なんのために。

「そこに、ジーンが現れて、撃ち合いを始めたんだけど――」

 仲違い。ルクレツィア誘拐の嫌疑をジーンたちに着せた。そして、〈豊穣会〉だと自称した……か。ジーンは陥れられたと言ったらしい。ぼくたちはジーンとメルツェルの目的が違っていることを知っているが、会場にいた連中はそれを知らない。メルツェルは街中で死体が起こしている騒動も〈豊穣会〉のせいにするつもりか? いや、だけど、メルツェルは自分も〈豊穣会〉であると名乗っている。それじゃあ、責任逃れにならない……。

「それと、メルツェルのことだけど……彼は死んでた。多分、ずっと前から」

 死んでた? そう聞いたつもりだったが、声は出ていなかった。

「聞こえてる? エワルド」

 ルクレツィアはぼくからマイクを取り返した。

「死んでるって、どういうこと?」

「誰かがメルツェルの死体を操って、彼を舞台の上に上らせたみたいなの」

「ずっと前って何時から?」

「解からない。だけど、メルツェルの死体を操っている人は、エワルドがわたしを作ったって知っていた」

 ぼくたちは、最初から別人をメルツェルだと思い込んでいたってことか?

 アルマも、デレクも。操っていたのはそいつで……そいつにとっては〈豊穣会〉もルクレツィア(王家)も排除すべき敵だった。

 ぼくは無言のまま船底の収納扉を開けた。

「どうするつもり」ってルクレツィアが聞く。

「後は任せた」

「そうじゃなくて。いや、それも困るんだけど。あなたは何をしようとしてるの?」

「緊急時用の避難用降下装置があるって、あんたの仲間が話してただろう。それを使う」

 布の生地を開いて空気を受け止め、落下速度を減衰させる原始的なものだけど、時計塔の階段を使うよりも、早く地上に降りられる。ぼくは降下装置を背負い、前哨基地から持ち出した銃も担ぐ。それと、降下装置と共に保管されていた救難用だろうロープも。

「どこに行く気?」

 ぼくは飛空挺の昇降口を開いた。

「兵器工廠だ。ぼくの予感が正しければ、そこで全部解決する」

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