5-2-1
「メアリー・リードは事故の後遺症により、歩けぬ身となった。かつては生まれ持った肉体に固執し、人で在り続けながら再び歩けるようになることを願っていた。しかし、彼女は気づいたのだ。肉体への執着が枷になっている、と。そして、彼女は貧弱な身体を棄て、この新しい身体を選んだ」
メルツェルは〈子宮〉のスイッチに触れようとする。
そのときだ。会場に銃声が響き、メルツェルが壇上で倒れた。こんなこと。こんなことをするのは。騒然とする場内で、わたしは人混みを掻き分けた。逃げ惑う人たちの中で、壇上を睨みながら微動だにしない男。その手には銃が握られている。
「ジーン・ブロワー……?」
満身創痍の身体に包帯を巻きつけたその男は言った。
「ここまでだな」立っているだけでも精一杯なのだろう。ジーンは酷く息を切らしている。「お前はやり過ぎた」
ジーンは松葉杖を突きながら、壇上へと進む。「次世代の人だと? ふざけるな」
ジーンは一歩一歩、足を引きずるように壇上に上がった。「おれたちが守った国だぞ」
ジーンはメルツェルに向かって吠えた。「おれたちが続けてきたんだ!」ジーンは叫ぶ。「おれたちが――」
だけど、最後のその言葉は銃声に遮られた。
「見苦しいぞ、大将」
拳銃を手に起き上がったメルツェルは、何事もなかったかのように平然としている。ジーンの一撃が致命傷にならなかったとしても、妙だ。苦しみ一つ見せないなんて。
「まさか、メルツェルってもう……」
わたしの呟きが聞こえたみたいに、メルツェルはこちらを向いた。
「そうだ。君と同じだよ。エワルドの人形」今度は、ジーンを見た。「……お前の時代は終わりだ。大将」
メルツェルはジーンの額に銃口を当てた。
「こんなことをしたくらいで、お前の世が来ると思ったら大間違いだぞ、メルツェル」
「こんなこと」メルツェルは辺りを見渡す。怯えた招待客を。駆けつけた兵士たちを。「こんなこと、な」メルツェルは、ジーンの額から銃口を外した。「まるで他人事だな」
メルツェルはジーンに微笑む。「君もわたしも〈豊穣会〉の一員じゃないか」
「何のつもりだ」
「我々の理念だろう。人を超えた人に成り、繁栄を永遠のものとする。我々にとって」メルツェルは言葉を止め、周りが自分たちに注目していることを確かめる。「市民に遠慮し、革新を滞らせるルクレツィアは邪魔者だった」
会場中の視線が、ジーンとメルツェルに集まる。軽蔑と警戒の目だ。たった二人の老人に会場中の敵意が集中する中、幾人かが人混みに身を潜めるのを、わたしは見逃さなかった。あの人たちもきっと、〈豊穣会〉に名を連ねていたんだろう。
ジーンは怒りに顔を歪ませた。「……おれたちを陥れるために、こんな茶番を――」
「『わたしたち』が浚ったルクレツィアも……今や、我々の傀儡だ」
ジーンはメルツェルとしばしの間睨み合ったあと、相手の瞳の奥に何かを見つけたみたいに目を見開いた。
「そこに居るのは誰だ?」
「気づくのが遅過ぎだ。馬鹿者」
銃声。ジーンの頭が吹き飛ぶ。血が飛び散り、会場で悲鳴の合唱が起こる。銃声。今度はメルツェルが撃ったんじゃない。会場の入り口だ。そこに居たのは……ロバート。
「主役のご登場かと思ったが……」メルツェルは溜め息を吐いた。「脇役に用はない」
メルツェルは銃をロバートに向けた。だけど、引鉄を引くのはロバートの方が僅かに早い。メルツェルの身体は吹き飛び、手から銃が零れた。
「姿を晦ましていたどころか、人間ですらなくなっていたとはな」
しかし、メルツェルはまたも起き上がる。対して、ロバートは何度も引鉄を引いた。
ロバートは沈黙した死体を見下ろす。わたしも死体を見下ろす。瞼を開けたまま、笑う気力もないメルツェルの死体は、穏やかだった。怒りも歓びも見当たらない。魂の抜けた身体に感情がないのは当たり前だけど。
「ねえ、ロバート」わたしはメルツェルの顔から目が離せない。「あなた、何発撃った?」
「当たったのは三発だ」
「本当に?」
ロバートはシリンダーの中身を確かめる。「間違いない」
わたしはジーンを見る。「ロバートの前に、この人が撃った」
「……一発だ」
「メルツェルを見て」彼の身体には三発の銃創。そして、頭には二発分の穴。「一発余分よ」
わたしはロバートに聞く。
「これって、既にメルツェルはここに来る前に、誰かに撃たれたってことじゃない?」
自分で自分の身体を取り替えるだけなら、自分の身体に銃創を作る必要はどこにもない。
「ヨハン・メルツェルは殺されていた?」
わたしは聞く。
「だとしたら、わたしたちが話していたのは、誰なの?」
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