4-7

 エワルドに言ってやりたいことは山ほどあるけれど、説教するにはまず彼を見つけなくちゃならない。なのに、余計な騒ぎを起こせばそれだけエワルドの立場が悪くなるって脅されて、わたしはロバートの執務室に軟禁されてしまった。窓の外。ここからは城壁に突き刺さって動けなくなった〈タロス〉が見える。自分で砕いた城壁や建物の瓦礫が関節に詰まったり、身動きとれないのにむきになってもがくから動力炉が焼けてしまったとかで、自力で脱出できなくなってしまったそうだ。助け出す目途は今のところ立っていないらしい。誰もその声を挙げないのだ。あれは見捨てられてしまった。あの〈タロス〉が町に及ぼした被害はあまりにも大きく、巻き添えで責任を取らされるのは御免ってこと。……ってロバートが言っていた。

 責任という話なら、ロバートだって他人事じゃない。具体的な処罰はまだ行われていないものの、ルクレツィア誘拐の幇助の嫌疑が彼にもかけられている。

「何か事情があるのなら――」ロバートは頭を掻き毟りながら壁に貼り付けた地図を見ていた。「言い残して行けばいいものを」

 地図にはエワルドが船で逃げたと思われる経路が赤のインクでなぞられ、それから、下船したと思しき倉庫街が丸で囲まれている。エワルドが消えた暗渠と接続する建物をロバートの部下が手当り次第捜索すると、密輸に関わっていた外国人のアジトが見つかった。

「逆恨みっていう線は消していいんだよな?」

「もちろん。エワルドが許せないのはメルツェルと……自分自身だけだから」

「自暴自棄か。そういう奴ほど、何を閃くか解からんものだ」

「八つ当たりをしようってエワルドが思いついたって、そう言ってるの?」

「腹の中に感情を抑え続けていると、食い物と違って消化されないんだ。溜まった怒りは、消えることがないまま底を腐らせていく。底が抜けた容器はどうなるか解かるだろう?」

「エワルドは、誰の責任で自分の身に悲劇が起こったのか、ちゃんと弁えている」

「だから、間違いは起こさないって?」ロバートは首を振る。「お前は怒りっていうものを勘違いしている。怒りは目当ての相手に向かって発散させるようなものじゃない。怒りそのものが主導権を握り、持ち主を振り回すんだ」

「知ったようなこと、言わないでよ」

「あいつは、メアリーの亡霊を見ているって言っていたな。そいつは、罪悪感の権化でも、ましてや亡霊なんかでもない。……あいつ自身の怒りだ」

わたしは、エワルドのことを見抜いているつもりの、ロバートの口ぶりが気に入らない。

「何にも知らないくせに」

「……あいつのことを知っているんじゃない」ロバートは言う。「奪われたものに人生を変えられちまった連中が、どうやって狂っていくのかを知っているだけだ。戦場を生き抜く内に、平和な日常をどうやって生きればいいか忘れた者。戦火に四肢を焼かれ、一人で立つこともままならなくなった者。戦地から故郷に帰還すると、自分の妻だった女が自分の家だった場所で新しい家庭を築き、自分の居場所がどこにも無いと悟った者。軍にいるとな。そういうことがきっかけで狂っちまった奴を、何人も見ることになる」

「エワルドも、そういう人たちと一緒だって言うの?」

「死を覚悟し、訓練も怠らなかった兵士でさえ、そうなるんだ。あいつは自分の身に起こった悲劇とやらに、何か一つでも向き合うための覚悟や準備をして立ち向かえたか?」

「それは――」

 ロバートに何を言われても、わたしは彼の言うことが受け入れられなかった。エワルドが狂っているだなんて。ロバートが知っているのは、エワルドの表層だけ。ロバートはわたしみたいにエワルドと冗談を言い合える仲じゃない。

「だけど、わたしの知っているエワルドは――」

 言いかけたそのとき、ロバートの部下が事務室にやってきた。

「報告があります」

「王女の足取りが掴めたか?」

「……いいえ。そちらについては他の者がまだ――」

「ルクレツィア王女奪還が最優先事項だ。他のことは後に回せ」

「ヨハン・メルツェル局長が、博覧会事務局に現れたんです」

 わたしもロバートも目を丸くした。

 王女不在の隙に現れたヨハン・メルツェル。事務局の動向を追ったロバートの部下の話によると、ルクレツィアは博覧会の開会式でスピーチを予定していたそうで、メルツェルはその代役に立候補したということだ。開催日まで一週間もない。事務局としても、今更博覧会を中止するわけにもいかず、体調不良を理由に王女は欠席したということにしておけば、最低限の体裁が保てるし、メルツェルの肩書は博覧会において王女の代役を務めるに足る拍がある。

 メルツェルの企みは解からない。だけど、あの誰にも姿を見せなかったメルツェルが表舞台に立つと決めたってことは。

 どうやら全てが彼の思い通りになっているらしい。

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