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「二ヵ月後に始まる王立科学博覧会の準備で、コークストンは人の出入りが盛んだ。ルクレツィア王女も、会場設営の指揮を執るために町に出ていることが多い。博覧会が始まれば、町の警備も厳重になる。今が一番の好機というわけだ」

「銃を突きつけられたくらいで、ぼくがあんたの言いなりになるって思うか?」

墓石に腰かけたアルマに言った。銃を握っていたのが他の誰かなら、頭を下げることも服従も考えた。メルツェルに復讐をするっていう目的を持つぼくには、そうまでして生き永らえる意味がある。だけど、こいつは駄目だ。メルツェル自身には屈せない。駄目なんだ。ぼくを貶めた奴の配下なんていうのは、どん底もいいところ。そんなのは駄目だ。ぼくは這い上がるために生きている。自分で自分の足を引っ張るくらいなら、落ちぶれる前に頭を吹き飛ばす。

「君なら頭を吹き飛ばす」アルマはメルツェルの声で笑う。「だから人質は君じゃない」

「それも無駄だ。解かっているくせに」

「君は――」アルマ=メルツェルは言った。「ロバートと手を組むべきだった」

「そのせいで付け入られる隙ができたんだ」

「わたしが死体を使って〈血流網式意思伝達装置〉の実験をしていたことに気づいた君は、〈豊穣会〉を突き止めた」アルマは拍手した。墓場に手を叩く音が響く。闇夜に潜んでいた兵士たちが手を叩きながらぼくとアルマを包囲した。「しかし――」アルマが手を止めると、兵士たちも手を降ろし、静寂が戻ってきた。「わたしに執着するあまり、わたしが作った者たちのことを無視したな?」

メルツェルは言った。

「わたしが治療した患者はベイカー精神病院を退院して、普通の人々を装って暮らしている。……言っていることの意味が解るか?」

アルマは言った。

「わたしが発する信号一つで、国中に散らばるわたしの患者は、妻に、子供に、友に牙を剝く」

「国全部が人質だって?」ぼくは鼻で笑う。「本当にそんなことができるんだとしたら、自分の手で革命を起こせばいい」

「それじゃあ、意味がないんだよ。エワルド。人質の多さは、わたしの意思の固さの表れだと捉えてくれ。実際に国民を手にかけたところで、何も残らん。町中に仕込んだ死体は代案だ。わたしの願いが叶えられないようであれば、こんな国なぞ必要ない」

「ぼくがそんなお人好しに見えるか? 顔も知らない奴が殺されたって――」

「平気なら、わたしと会話を続けたりはしないだろう? 隠し持ったその銃で、さっさと、わたしか君の頭をぶち抜いているはずだ」

ぼくが背中に手を回していても、アルマも、兵士も微動だにしない。

わたしは知っているんだ、とメルツェルは言った。

「君は他の連中とは違う。特別なんだ」

「おだてれば言いなりになるって思っているのか?」

「何もしなければ、何も変わらない。ほとんどの連中が目を背けているその事実に、君は向き合っている」

 わたしは君を知っている、とメルツェルは続けた。

「君は自分が味わった絶望が蔓延するのを耐えられない。覚悟のない者が生活を踏み躙られるのを見過ごせば、君の憤慨は嘘になる。虐殺の後の世で、君はわたしを止められなかった屈辱を背負い、生き残った者たちの悲鳴を聞きながらわたしを追い続けるしかない」

 ぼくは訊く。「それのどこが今までと違う?」

「何も違わないさ。後悔が一つ増えるだけだ」わたしは知っている。メルツェルは言う。「君はこれ以上耐えられない」

 わたしは知っている。と、余計な声が聞こえる。

「だから、あなたは何かが決定的になるのを恐れて足掻いている」

「……条件がある。ぼくの指示通りのものを用意することと、ぼくがコークストンを脱出するまでは、王女を生かしておくこと」

「わたしに君の身を案じる必要があると思うかね?」

 ぼくは聞き返す。「ないと思っていたか?」これ以上付け入られぬよう、強気を装いながら続けた。「取引が済んだあとのことも保証できないような奴が、約束を守ると誰が信じる? お前がぼくの立場だったらって考えてみろ。ぼくはお前を殺したいんだ。助かる見込みのない人質のために危険を犯してその機会を失うのと、どうせ助からない人質は無視してお前を追い続けるのと、どちらが利口だと思う?」

 メルツェルは、アルマの目を通してぼくを見ている。気は抜けない。虚ろな瞳のその中に、忌々しい老人の顔はないけれど、あいつは間違いなくそこにいるんだ。

「……解かった」抑揚のない声が言う。「方法はお前に任せる」

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