四章 未来を担う人

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 アーバン大鉄橋の調査が終わったら、エワルドたちとはランズリーの港に停泊していた商船に偽装した船で落ち合うはずだった。なのに、エワルドの警護を任されていた隊の兵士が困惑した表情で運転してきた馬車の荷台には、誰も乗っていなかった。あったのは〈棺桶〉だけ。

 ――あんたたちには愛想が尽きた。

〈棺桶〉の中から見つかった書置きには、その一言だけが記されていた。

 事情を運転手に聞くとエワルドは「これからのことは自分でどうにかする」とだけ言って、隊を離れてしまったらしい。アルマがこっそり、後を追っているって話だ。後のことは任せて、ロバートに事情を伝えるよう彼女に指示された。

 話を聞いたロバートは、アルマの独断に納得したようだ。わたしもそれで良かったと思ってる。エワルドはきっと……あの光景に気が動転してる。怒っているだろうし、嘆いているだろうし……後悔してる。何かしなくてはという衝動で頭が一杯になっているはずだ。刺激は控えた方がいい。

 ただ、その件があった日以降、ロバートはエワルドの態度について、度々愚痴を漏らすようになった。彼もきっと、エワルドの書置きの意味を理解しているからだろう。愛想が尽きた。自分からロバートたちを見限ることで、彼は暗に自分の技術をあんな風に扱う軍を批難している。ロバートにはそれが、一方的な批難に感じられたのかもしれない。

 コークストンの機関区にある庁舎に戻ったロバートは、アーバン大鉄橋の一件で、仕事が山のように増えちまったって嘆いている。

「……終わらねえ」

 夜が深くなってもまだ事務室を離れられない。椅子に座ったまま、自分の周りを書類で侵食されつつある彼は、もう少しで紙の海に飲み込まれそう。

「捨て猫の気持ちって考えたことある?」

「どうした、急に」

 書類の大半は、アーバン大鉄橋で起こった騒動についての詳細な報告を求める、各省庁の色んな部門から送りつけられた要望書だ。本来なら、基地の責任者であるジーンへ送られるはずの開示命令が、調査依頼ってかたちで回ってきたんだとか。当事者は怪我で入院中だし、何より有事でもないのに騒ぎ(事故でも事件でもなく、書類にはそう記載されている)を起こした指揮官は信用ならないってことだろう。庁舎の廊下を行き来するようになったら、何度かジーンの悪口を耳にした。

「一寸先は何が起こるか解からないって話」

 当直の勤務状況、人的被害の実態。騒動の原因。修繕費用の見積。当日の搬入記録。そういったものの要望書は、暖炉にくべろってロバートが言うから、わたしはその通りにしてる。大事なのは、ヨハン・メルツェル捜索のために国内各地を奔走するロバートの部下が、不定期に届けてくる報告書。メルツェルを追えば、エワルドだって近くにいる。はず。

 捜査に大きな進展はない。この件を大事にしたくない人たちが費用も人員も制限して、調査に必要な申請の多くが不受理の判を押されて戻ってくるせいだってロバートは言った。

「まあ、上の態度が違っても、結局のところはおれたちが内密にやるしかなかっただろう」

 軍の誰が〈豊穣会〉の一員で、誰がメルツェルの息がかかった者なのか区別できないまま、人員だけを増やしたところで、真っ当な捜査にはならない。

 手元の書類から目を外し、窓の向こうを眺める。酒場の灯り。夜更かし好きな人の家。それから、工業用照明に照らされる大通り。日付を跨いでも起きているのはわたしたちだけじゃない。近々開かれる技術博覧会の準備で、最近は建築業者の従業員が昼夜問わず働いている。

「なんだ。興味があるのか?」

 ついさっきまで椅子の背もたれに仰け反ってのびてたロバートが、こっちを見ていた。

「まあ、ちょっとは」

「陽が昇ったら、行ってみるか?」

「わたしを口実にサボろうとしていない?」

「まさか。会場に用事があるんだよ」

「これだけの書類を後回しにしなきゃならないほどの用事って?」

「おれの仕事は調査だ。疑わしいものを明確にすること」

「確かに、あの会場にはきっと怪しいものばかりが集まるんでしょうけど」

 っていうのは冗談。でも、博覧会当日は諸外国の有力者を招待するために、そこで一騒動を起こそうって目論む連中もいるらしい。騒動、ね。また騒動。その騒動の計画を突き止めて、未然に防ぐのもロバートの仕事だ。今度は身内の問題にならなければいいけど。

「明確にした事柄は、報告しなくちゃならない」

「誰に?」

「それはそのときになってからのお楽しみだ」

 もったいぶるロバートには悪いけれど、先延ばしをするほどのことでもない。

 翌朝、わたしたちが面会したのは、ルクレツィア王女その人だった。

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