3-6
デレク=メルツェルによる想定外の襲撃のせいで、基地の警戒態勢は最高レベルにまで引き上げられてしまっていたけれど、逃走ルートを把握していたロバートが兵士たちの目を逸らしてくれたことで、アンジェリカは難無く脱出することができた。
彼女の手には、デレクの死体から抜き取られた硬貨くらいの大きさの受信装置が握られている。銀色の金属製の機器に血肉がこびりついていて、アンジェリカは素手で持ち帰ることを嫌がった。それを失ったら、今度はゴミ箱以上に不潔な場所で作業をしなきゃならないかもってぼくは説得する。
「これから下水道に跳び込もうとしているわたしに、そんな脅しが通用すると思う?」
下水を通って海に出たアンジェリカは、海底散歩を楽しみながらランズリーに向かっている。ぼくの方も、脱出の準備を始めなければならない。死体に基地を荒らされたから墓荒らしを企てようなんてことはジーンたちだって考えないと思うけれど、いつまでも好き好んで長居するような場所でもないだろう。
それに、願わなくたって誰しもが結局のところここに行き着く。
真暗な〈棺桶〉の中で、ぼくは自分の上に覆い被さる土が掘られていく音を聞いた。しばらく待っていると、外から〈棺桶〉を叩かれたので、蓋を開ける。
「お疲れ様でした」
顔を見せたのはアルマだ。一度叩いて三拍おいてから、二度叩く。事前に打ち合わせした通りの合図だったから、そこに彼女がいるのは、当たり前だ。
ぼくは彼女の手元を見て言う。「何のつもりだ?」
アルマの手には銃が握られている。これは予想外。
「もう一度埋めるだけで済みますから、今なら後始末も楽ですが……。そんな結末、望んではいませんよね」
「質問に答えろ」アルマは銃を持っていない方の手をぼくに差し出した。「何が目的だ」
ぼくを引きずり出すと、アルマは銃をしまった。こんなものが無くても、ぼくくらい簡単に捻じ伏せられるって? その通りだろうけど。
「手を貸してほしいんです」
「そんなもので脅すほどの用事か?」
「そうでもしないと、君は手伝ってくれないと思ったからね」
アルマの声色が変わった。男の声だ。
そんな、まさか。なんて、言葉は無用だ。正しいのは何時だって現実の方。ありえないって思うことの全ては、ぼくの知識と想像力が足りないだけ。
「慎重に慎重を重ねて、ロバートを見定めようとしたのは正しい。しかし、ロバートがいい奴だからといって、その取り巻きにまで気を赦すのは早計だったな」
「〈タロス〉は要らない。ジーンの始末も後回し。それならどうして、お前は基地を襲った」
「言っただろう。君を引きずり出してやるって。全てはそのためだよ」
男の声は、デレクの死体の喉から聞こえたものと同じだった。ぼくは聞き返す。
「だから、態々埋めたのか?」
メルツェルはぼくの問いに答えなかった。
「君には期待しているんだよ、エワルド。君は、わたしを一つの身体に囚われない存在へと飛躍させてくれた」
「女装がしたいのなら、態々他人の死体を使ってやることはない」
「相手を挑発すれば、不利な状況を覆せると思っているのが、君の悪いところだ」
「言葉が通じる相手だとは思っていないさ」
いざってときのために、拳銃は携帯している。しかし、立居地が問題だ。後ろを取られている状況では抜き辛い。何より、彼女の運動能力をぼくは身をもって知っている。
「あんたはぼくに何を期待している?」
メルツェルは、ぼくを墓の下に置き去りにしなかった。掘り起こしたぼくに銃弾を撃ち込まなかった。そして、銃をしまって、ぼくを先に歩かせている。
「君にしかできないこと……ではないが、わたしが利用できる者の中では、君が最も適任だと思うことだ」
「周りくどいな。はっきりと言え」
アルマの顔をしたメルツェルは言った。
「これから君には、ルクレツィア王女の暗殺をしてもらいたいんだ」
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