1-5
コークストンの北部区画。山を背にして立つ王城は天守の手前までが一般解放されている。城門入ってすぐのところに入場者受付があるが、そちらは観光客向けで、公的な手続きについては中央広場に面した建物内にある窓口へ申請しなければならない。
「ルクレツィア王女に取り次いでほしいんだけど」
馬車は出発してから三日後の朝に着いた。麻痺もすっかり消えていたぼくは、華やかな町並みに浮き足立つアンジェリカと一旦別れ、馬車を広場に停めさせた。ロバートの命令を聞いてやる義理はないが、あいつの雇い主には言うべきことがある。身体の自由が利かない間にロバートがぼくの内ポケットに入れていた、襟章を受付係に見せた。
「ルクレツィア王女なら、不在です」
何の役にも立たないじゃないか、このクソ襟章は。
「軍務に関連した案件でしたら、陸軍本部にも窓口がございますが」
そういうことは先に言ってほしい。ぼくは馬車に戻ると、陸軍本部までの、町の半径分に値する道のりを進ませた。
「ルクレツィア王女なら、不在です」
ぼくはロバートの襟章をゴミ箱に放り投げようとした。
「待ってください」受付の事務官が慌ててぼくを制止した。「事情は把握しております。ですが、本日は本当に不在なんです」
「会えるとしたら、何時になる?」
「二週間ほど待っていただければ」
ぼくは事務官の机の側にあったゴミ箱目がけて襟章を叩きつけた。
「いいか。話をしろって言われたから、態々出向いたんだ。それがなんだ。今度は待てだ? そんな暇があったら、ぼくはメルツェルの首を引っこ抜いてここに持って来てる」
そう言った途端、室内にいた人が一斉にぼくを見た。
「外遊中なんです」事務官はぼくに顔を近づけると、小声で続けた。「普段ならこのくらいの時間には時計塔なんかで風に当たってることが多いので、首根っこ捕まえて席に座らせれば、仕事もしてくれるのですが」
「ぼくの運が悪いって?」
溜め息吐くと、事務官は頷いた。
「あと一日早ければ、出発前に面会できたかもしれません」
嘆いても仕方ない。仕事はもう一つ残ってる。
「外に停めた馬車に、重要参考人が乗ってる。丁重にもてなしてやってくれ」
「解かりました。あなたは?」
「言っただろう。待ってる暇はないって。追ってる奴がいるんだ」
言い捨てて、ぼくが向かったのは忌まわしき場所。ヨハン・メルツェルが局長を務める、かつてのぼくの職場。
王立兵器工廠だ。
――次はお前だ。
動く死体が活性化する要因が標的との接触にあるとするのなら、〈歌〉と暴走の件を見るに、「次なる者」は複数人。何らかの組織を指していると考えられる。
「次なる者」がぼくたちを襲撃した動機を探るために、まずはアーサーの死体が発見された時期まで話を遡る。川岸で首なし死体が見つかった。死体は所轄が回収して検査され、身体的特徴から身元が判明する。すると、軍部が動き出した。死体は移送中に活性化して、暴走。相席していた二人を殺した。
そこ。注目すべきところはそこだ。見つかった死体がアーサーだと解るや否や現れた兵士たち。死体の餌食になった二人は、そのことから「次なる者」の一員だったと考えていいだろう。彼らは誰より先に、アーサーの死体を手中に収めたかった。しかし、回収を任された兵士たちが犠牲になったことで、アーサーの死体はロバートの手に渡ってしまう。「次なる者」たちはアーサーの死体の奪還か、関わった者たちの口封じの機会をうかがって特務機関の中に工作員を送り込んだ。
「次なる者」たちがそこまでアーサーの死体に固執するわけは何なのか。検査の結果、アーサーの死体と、ベイカー精神病院から回収された動く死体に搭載された機構に技術的な差はなかった。違いは、アーサーの死体には頭がなかったということくらいだ。
アーサーと他の死体に構造上の違いはほとんどないにも関わらず、アーサーの死体だけに執着しているということは、この際、死体が動くかどうかは「次なる者」にとってどうでもいいことなのかもしれない。メルツェルと接触したアーサーが見つかった。彼らにとって重要なのはそこなんだ。アーサーの死因を突き止めようとすると、その過程で「次なる者」たちにとって不都合なことが明るみに出る。そういう懸念があるのかもしれない。メルツェルと接触したアーサーが、「次なる者」たちにとって重大な何かをメルツェルから手に入れた。そういう期待があるのかもしれない。ぼくは後者だと考えてる。
――次は、お前だ。
その真意は何かを奪われたことに対する報復であるとすれば、辻褄も合うだろう?
どうしてアーサーはメルツェルに接触しようと思ったのか。「次なる者」の狙いを突き止めるには、避けては通れない問いだ。
最後に着たのはいつ以来だろう。ジャケットの袖に腕を通し、ワックスで丁寧に磨かれた木目調の家具で統一された喫茶店の奥の席。新聞を広げる客。一面を飾るのは、数ヶ月後に開催を控えた王立技術博覧会の記事。開催計画とや会場図案、設営準備の様子を収めた写真と共に、運営委員長を勤めるルクレツィア女王のインタビューが載ってる。
――競争のための発展ではなく、幸福のための成長を。
そんな見出しの下の下の下くらいに、昨日行われたっていう決起集会の記事を見つけた。港湾関係の労働者が集まり、待遇不満に絡めた博覧会の批判をしたらしい。
「懐かしい顔だな」ぼくの視線に割って入り、対面に男が座った。「死んだと思っていた」
ロバートの名前を使って資料を拝借しようと王立技術工廠を訪ねたところ、受付で顔見知りと出くわした。サム。たしか、そんな名前だった。どうやらサムは、ぼくが退職したあとに随分と出世したみたいで、服装や装飾品(だけは)上品になっていたし、饒舌にもなっていた。アーサーの死はまだ公になってないはずなので、ぼくは彼の知人を装った。貸した金が戻ってこない。会わせてもらえないか。サムはぼくの頭から爪先に視線を移し、鼻で笑ったあと、人事担当に取り次いだ。
「長期休暇中だそうだ」それは知っている。
「どこへ行ったか、誰かに話してないか」
サムはぼくの裾や襟を見た。「金に困ってるのか?」
「まあ、それなりに」
「同僚だったよしみだ。アーサーの予定を知っている者がいないか、所属部署に聞いてみてやるが」サムは胸元から名刺を取り出した。「久し振りに顔を合わせたんだ。どこかで腰を落ち着けて思い出話でもしないか?」
人事部長。サム・マッコイ。エンボス加工された上質紙に刻まれた肩書きを、態々見せびらかしてきたことに、ぼくは嫌な予感を覚えたが、真相に近づけるなら面倒も受け入れるほかないと諦めた。そして、ぼくが予感した通り、サム・マッコイ人事部長殿は、自分が如何にして出世街道を上り詰めたかを自慢し始めた。本題に入ったのは、ぼくのコーヒーカップが五度空になってから。
「『重大な計画に携わることになった』とあいつは言っていた。実力が認められたのが嬉しかったんだろう。休暇を利用して実家まで両親に報告しに行くって浮かれていた」
「態々会いに行ったのか?」
「手紙は届かないからな。……あいつの両親は既に死んでる」
「墓参りってことか」
「珍しく舞い込んだ幸運だったんだろう。それくらいの浮かれっぷりだ。自分のことを誰彼話して回るなんてガラじゃないのに、実家の話を周りに触れ回ってた」
「実家を?」
これから始まる大事業。そこでどれだけ重要な役割を任されたのか。ぼくが誰かに自慢話をするのなら、そういう話題を選ぶけど。
「……解った。ありがとう」ぼくは伝票を取って、腰を上げた。「ちなみに、どういうところだって話してた?」
「あいつの実家か? ボンデスって村さ。大層な話を盛っていたが、調べてみたら寂れた片田舎だったよ。少なくとも、態々自慢するような場所じゃない」
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