第2話

 母親は、針のように光る目で祐子を見据えて言った。「あなた、このお仕事で一体いくらもらっていると思っているんです。手を抜かれては困りますよ」

 祐子は立ち上がった。シャワーを持っているのを忘れていたので、湯がベッドの方にまで飛んだ。

「ちゃんと見ていましたからね、わかっているんですよ」

 廊下に面したドアの窓を見ると、目隠しのためにいつも掛けてあるタオルが少しずれていた。祐子はぞっとして、巻いたバスタオルの胸元を手で押さえた。

「ぼやぼやしていないで続きをなさい」

「はあ」……だがその前に、あんたに出ていってもらわないと。

「何を突っ立っているの、さあ、もう一度、卓の前にひざまずいて、ほら」彼女はせかすように言った。

「ここで、何してるんですか?」

「関係ないでしょう。さあ早く」

「するのはいいですけど、そこにいられたんじゃ、できません」

「あらまあ、どうして? それでお金を稼いでいるんでしょう?」

 祐子は、持っていたシャワーヘッドを床に叩きつけた。カーンと固い音が、部屋中に響いた。

 母親はいっそう胸を張り、尖った顎を天井に向くほど持ち上げた。

 二人は睨み合った。

 ……婆さんのくせに、この自信に溢れた態度は何よ。

「どういう気か知らないけどねぇ」裕子は喧嘩腰で言った。「ここはあんたの入って来る場所じゃないんだから。居られちゃ困るんだよね」言い終わると、胸が少しだけスッとした。

 母親は鼻先で笑った。「それはできないわ、隙あらば手抜きしようっていう小猾い娘を、放っておくわけにいかないでしょう」

 祐子は、真っすぐ母親の前に進み、身構える彼女を心の中で笑いながら、壁にある内線電話を取り上げた。一回目のベルでマネージャーが出た。

「白いタオルの補充お願いします」

 それはトラブルがあった時の暗号。すぐに、腕のたつボーイが二人やってくるだろう。

「あ、さつきさん」マネージャーは、明るい声で答えた。「そのお客様、よろしくね」

「え……?」

「よろしくね。そのお客様」

「でも……」

 母親は勝ち誇った笑みを浮かべた。祐子は睨み返し、受話器をぞんざいに戻した。

 「お店の人は何ておっしゃってた?」母親は猫なで声で言う。

 祐子は、ベッドに座った男の所へ行き、ストンとひざまずいた。冷ややかな声で「失礼します」と言い、腰のバスタオルを乱暴に取り去った。

 股に挟まった芋虫を引っ張り出し、機械的に数回手で擦り、さらに引っ張ってのばし、息を止めて顔を近づけた。

「やればできるじゃないの。その調子、その調子。がんばりなさい。楽しようと思っちゃだめよ」

 扉の閉まる音がした。

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