第94話

「殿下!

 今の殿下に必要なのは、薬に負けない胆力でございます!

 ようやく薬に犯されていた事を認められるようになったのです。

 ここで婚約者の件に執着されるようですと、廃嫡もありえますぞ!

 我ら一同、殿下と一蓮托生でございます。

 殿下が廃嫡になられるようなら、我らも廃嫡されるかもしれません。

 ですから、殿下の御為にならぬことは決してやりません。

 今は引き下がられて、治療に専念されてください」


 アイザック殿が真摯な表情で王太子を説得しています。

 父親が国王侍医で、アイザック殿も学生ながら一人前の医師だと聞いています。

 誰が毒薬を盛ったのか分からない状況では、学生のアイザック殿が王太子の侍医となり、治療に責任を持っているのでしょう。


「おのれ、おのれ、おのれ!

 よくも余に毒を盛りおって!

 必ず目にもの見せてくれる!

 まだ誰の仕業か分からんのか!」


「恐れながら、味方と断言できるのは、最初に毒を盛ったと思われる時に殿下の婚約者を出していた、シーモア公爵家だけでございます。

 そのシーモア公爵家が不利になるような言動をなされては、殿下の御命すら危うくなります。

 ここはグレイス嬢の安全を最優先なされてください!」


 今度はオーウェン殿が説得に当たられています。

 誰か一人だけが説得に当たると、その方が王太子に憎まれる可能性があるので、諫言をするときは役割分担していると、兄上からお聞きしています。

 本当に駄目な王太子ですね。


 それに、自分が呼びつけた客である私を放っておいて、主従で口論ともとれる話をするなんて、やはり常軌を逸しています。

 少なくとも貴族のマナーや常識からは外れています。

 側近がそうしなければいけないくらい、放っておくと好き勝手するのでしょう。

 今回の謁見も、元からの側近達の反対を押し切って、勝手にヒックス子爵を通して断行したと、兄上から聞いています。


「王太子殿下。

 主従で話すべきことがおありならば、私はこれで失礼させていただきます。

 殿下の呼び出しに応えるために王都に来る途中、多くの刺客に襲われた傷がまだ完全に癒えておりません。

 今も苦しくて倒れそうなのです」


「殿下!

 このまま勝手を申されると、グレイス嬢に嫌われてしまいますぞ!

 早く屋敷で休んでいただきましょう」


「駄目だ駄目だ駄目だ!

 グレイスはこのまま余と王宮で暮らすのじゃ!

 屋敷に帰ることは許さん!」


 今度はボルトン殿が説得してくれるようです。


「殿下は薬の影響で混乱されておられる。

 遠路遥々来てくれたグレイズには悪いが、今日はこのまま帰ってくれ」


「承りました、兄上」


「ならん、ならん、ならん!

 グレイスはこのまま余と一緒に暮らすのじゃ!

 はなせ、離すのじゃ!」


 王太子が暴れていますが、ボルトン殿がガッチリと羽交い絞めにしています。

 王太子はそのまま謁見の間から引きずり出されてしまいました。

 これが毒薬の後遺症なら、真剣に廃嫡を考えないといけないでしょう。

 国王陛下も同じ毒を盛られているので、退位しなければいかないかもしれません。

 この国は大混乱に陥るかもしれません。

 

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