第26話

 私は王都を去って領地に戻る事にしました。

 幾つか理由があるのですが、一番の理由は王太子殿下の正妃争いです。

 私が婚約を辞退した事で、一旦収まっていた派閥争いが激化したのです。

 そんな混乱を目にしたら、私が気に病むと両親が考えてくれたのです。

 ありがたい事です。


 二番目の理由は、私が移動できるだけの体力を回復した事です。

 魔犬のムクと絆を結ぶ前は、とても領地まで移動するのは無理でした。

 それが格段に健康になり、安心して移動できるようになったのです。

 ですがその事を王太子殿下が知られると、婚約辞退が取り消される可能性があったからです。


 三番目の理由は、新しい魔犬を得るためです。

 一匹の魔犬と絆を結んだだけで、これだけ健康になれたのです。

 二匹三匹と絆を結ぶ事ができたら、元通りの健康な身体になる事ができるかもしれません。


 父上と母上がそう考えられたのです。

 できるだけ早く魔境のある領地に戻したいと考えられたのです。

 父上と母上の愛情に涙する思いです。

 本当にありがたい事です。


 もちろん護衛も万全でした。

 未来の正妃を女だけで護るため、戦闘侍女部隊が編成されていたのです。

 陪臣士爵の地位にある戦闘侍女のリリアンが差配してくれています。

 それもこれも、いらぬ噂を立てられないためでした。

 現在はそこにオーロラとコックスも加わってくれています。


 先頭をコックスが二匹の魔犬を率いて警戒してくれています。

 殿はオーロラが精霊を従えて護ってくれています。

 二人とも陪臣騎士となっているので、騎乗しての移動です。

 他にも百騎の戦闘侍女が前後を警護してくれています。

 公爵家令嬢として安全を図るためです。


 公爵家の領地では、民が飢える事なく暮らしています。

 ですが王国には悪政を行う貴族も多いのです。

 そんな領地では、餓死するくらいならと、盗賊になる者もいます。

 領主軍を使って盗賊をしていると言う噂のある貴族すらいます。

 そんな領地を無事に通過するには、過剰とも言える戦力が必要なのです。


 そして王都から侯爵領に至る街道も、領主によって整備が段違いです。

 王国直轄領と公爵領は石畳が敷かれています。

 しかし経済的に苦しい貴族領では、砂利すら撒かれていません。

 地道の街道は、雨が降れば簡単に泥濘、馬車の通行が困難になります。

 為政者の姿勢と能力により、領民の生活は天と地ほどの違いがあるのです。


「ワン!

 クゥ~ン、クゥ~ン、クゥ~ン」


「どうしたの?

 どこか苦しいの?」


 ムクは私と一緒に馬車にいたのですが、急に馬車のドアをカリカリさせます。

 何か訴えるように鳴くのです。

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