第16話

 コックスが連れてきてくれた魔犬は、本当に愛らしいです。

 屋敷にいる番犬の方が余程狂暴な顔つきをしています。

 全身が茶色いムクムクの癖毛に覆われ、まん丸い顔に丸く黒いつぶらな瞳。

 ぴょこりと半円の丸い耳が立っています。

 少し赤味をおびた舌を出しながら、

「ハァハァハァハァ」

 吐息する姿も可愛いです。


「はい、大丈夫でございます。

 既にこの子は御嬢様に好意を持っております。

 これほど早く魔犬が人に懐くことはないと、師匠から聞いておりました。

 断言はできませんが、御嬢様は魔獣に好かれる御気性なのかもしれません」


 コックスが真摯に答えてくれます。

 私が言うのも何ですが、全身に力が入って緊張する姿が初々しいです。

 こんな人柄のいい人が側近になってくれたと思うと、とてもうれしくなります。


「本当!

 そうだとしたら嬉しいな。

 ああ、なんていい手触りなんでしょう。

 ああ、これが魔犬の匂いなのね。

 何だかドキドキするわ」


 私が魔犬に頭を撫でると、撫で易いように頭を下げてくれました。

 頭から背中にかけて、優しく撫でていると、御腹を上にして前脚を曲げて、

「ハァハァハァハァ」

 と嬉しそうに息しながら寝転がってくれました。


「これは凄いです!

 魔犬が御腹を見せるのは服従のしるしです。

 もうこの子は御嬢様を主人だと認めています。

 御腹を撫でてあげてください」


「本当?

 本当ならうれしいわ。

 こう?

 これでいいの?

 嫌じゃない?」


 私は躊躇わずに御腹を撫でました。

 ここで躊躇えば、コックスを疑ったことになります。

 魔犬の好意を無にすることにもなります。

 直ぐに撫でてあげないといけません。


 でもそんな事は後で考えた事です。

 その時は、咄嗟に手が出て撫でていました。

 びっくりするくらい温かい御腹です。

 熱いくらいです。

 短く生えた毛は、他の部分と違って直毛です。


 手触りが何とも言えず気持ちいい!

 ビロードのようなと言うのはありふれていますね。

 平凡な私には、気の利いた表現などできません。

 私を幸せにしてくれる至福の手触りなのは確かです。


「御嬢様。

 名前を付けてあげてください。

 名前を与え、それを魔獣が受け入れたら、人と魔獣の間に絆が生まれます。

 その絆が、御嬢様に魔獣の力を分け与えてくれます」


 急な事にびっくりしてしまいました!

 コックスもこんなに急に魔犬が私に懐くとは考えていなかったのでしょう。

 ですが困りました。

 私には臨機応変に対応できるような機転などありません。


 ですが今決めないと、私に事前説明しておかなかった事で、コックスが自分自身を責めるでしょう。

 魔犬も哀しむかもしれません。

 何とかいい名前を考えないと!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る