第6話

 私がベッドを離れて椅子に座れるようになった事を、王太子殿下は兄上から御聞きになったようで、毎日見舞いの品を贈ってくださるようになりました。

 多くは花なのですが、時には食べ易い菓子などもございます。

 涙が出るほどうれしかったです。

 前世で嫌われてしまっただけに、今生でこそ愛されたいという思いもあります。


 ですが、その想いのままに振る舞う訳には参りません。

 前世と同じ過ちを繰り返す訳にはいかないのです。

 今生では殿下に長生きして頂くのです。

 父上と母上にまた哀しい思いをさせる訳には参りません。

 兄上を死に追いやる訳にはいかないのです。


「リリアン。

 悪いけれど、また代筆を御願い出来るかしら」


「御任せ下さい、御嬢様」


 情けない話ですけれど、ペンを持つとまだ少し指が震えてしまいます。

 署名だけは自分でしますが、文章はリリアンに代筆してもらっています。

 殿下に対する御礼状を代筆してもらうなど、不敬だと御叱りを受ける事なのですが、書けないモノは仕方ありません。

 その事を最初に謝り、心からの喜びを御伝えしたいのです。


 殿下の正妃になることは出来ませんが、それは殿下を嫌っての事ではなく、病弱で仕方がないのだという事を、分かって頂きたいのです。

 未練だとは分かっています。

 次の婚約者に失礼だとも分かっています。

 分かってはいても、嫌われて別れるのは嫌なのです。


 殿下の心に美しい思い出として残りたいのです。

 それが、殿下の正妃になる方に憎まれる行為だとは分かっています。

 それが、シーモア公爵家に不利益になる可能性も分かっているのです。

 父上と母上、兄上に幸せになって欲しいという思いと、相反する思いだというのも重々承知しています。


 それでも、それでもこの想いを伝えずにはいられないのです。

 何と業が深いのでしょうか。

 女の想いとは、これほど重く暗いものなのでしょうか。

 私の殿下への愛情が、もっと軽やかで美しい愛情であればよかったのに。

 日々刻々と、私の想いは千々に乱れ変化します。


「御嬢様。

 以前命じられていた、新しい王太子殿下の婚約者候補の事でございますが」


 思わずドキリとしていまします。

 自分でリリアンに頼んでおきながら、見つかったと聞くと胸が痛みます。

 私の心は、何と身勝手で汚いのでしょう。


「いい人が見つかったの?

 どこの何方なの?」


「いえ、そうではないのです。

 御嬢様が病に臥せっていらっしゃるのをいい事に、王太子殿下に近づく不埒者がいるのでございます!」

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