第5話

「グレイス。

 本心を話してくれないか。

 本当に王太子殿下との婚約を解消したいのかい?」


「はい、兄上。

 今の私では、とても殿下の婚約者は務まりません。

 父上と母上にも申し上げましたが、今までと同じような正妃教育を受けたら、私は死んでしまいます」


「そういう事なら仕方がないな。

 グレイスを死なせたいとは私も思わない。

 出来るだけ早く次の婚約者を探さなければならないな」


「助かります、兄上。

 兄上なら、学園内にいらっしゃる令嬢方の事を御存知でしょうから、御気性のよい方を殿下に推挙してください」


 私が高熱から目覚めて二十日後、兄上がいらっしゃいました。

 ようやくベッドから起き上がれるようになったからです。

 少し無理をすれば、椅子に座って御話しする事ができます。

 いくら血の繋がった兄上とはいえ、寝間着姿で寝室に御迎えする訳には参りません。


 男女が二人きりで同じ部屋で過ごすなど、醜聞の元です。

 愚かな王家が近親相姦の罪を重ね、障害のある子供を産みだした事で、血の繋がった家族だからこそ、男女の交流には厳しいのです。

 私も兄上もその点を配慮して、今日まで会う事が出来ませんでした。


 前回父上が私の寝室を尋ねられた時は例外で、母上が同席されていましたし、私が死の淵から生還した直後で、しかも私が会いたいと懇願したので、父上も醜聞を恐れず来て下さったのです。

 まあ、醜聞など恐れず、家族仲良く暮らされている貴族士族も沢山いらっしゃいますが、私が王太子殿下の婚約者だったので、特に気を付けていたのです。


 だからこそ、兄上に会う事が出来て、涙が流れそうになりました。

 気を引き締めて、泣かないようにしましたが、少しでも気を緩めると、号泣してしまいそうです。

 幼い頃から、私を大切にしてくださった兄上。

 私の所為で、公爵の地位を失ったはずです。


 前世では修道院に幽閉されておりましたので、噂でしか兄上の事を知るすべはありませんでした。

 公爵家が取り潰しになり、父上と母上は親戚預かりになりましたが、兄上の処分は分かりませんでした。

 私の所為で、公爵家が取り潰しになる前に、マナーズ男爵に殺されていた可能性もあります。


「そうは言うが、私には令嬢方の本性までは分からない。

 こう言っては何だが、女性は心の中に魔物を飼っているとも聞く。

 出来ればグレイスが学園に通うようになってから、その眼で確かめてもらいたいのだが」


「いえ、私は何時学園に行けるか分かりません

 兄上の眼で、王妃に相応しい令嬢を、冷静に御確かめください。」


 スカーレット嬢の事を監視して欲しい気もしますが、それでは兄上とスカーレット嬢が近付く事になります。

 変な思い込みを入れずに、冷静に見て頂ければ、兄上なら正邪の判断をされるはずです。

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