第06話 勇者様は自然の掟を思い知らされます
すでに向こうも察知していたらしい。逃げる暇もなく、木立のあいだから熊が現れた。
「…………クマ?」
「そうです、あれがダンシングベアです!」
「うん、まあ……確かにクマと言えばクマなんだけどさ」
恐怖におびえる人々の中で白けた顔のココは一人、どうしたものだかと頭を搔いた。
目の前に二歩脚で立っているクマ。姿勢がおかしいとか言う前に……。
(あれ、ナッツが大事にしてるぬいぐるみじゃないか?)
大人びたナタリアの珍しく子供らしい趣味なのでよく覚えている。そのクマ……のぬいぐるみが、リアルな森の中に立っている。
それにしても。
「ぬいぐるみがそのまんまオークのサイズになると、怖いもんだな」
「なんの話ですか」
しかし違和感はどうあれ、猛獣らしい。
「だけどどう見ても、狂暴な魔獣に見えないや」
「何を言ってるんですか⁉ ヤツは恐ろしいんですよ!」
「そう?」
見回すと、全員深刻な顔をしている。マジメな話らしい。
「どういうふうに?」
「ダンシングベアはとんでもなく運動神経が良くて、獲物を見つけると」
「ふんふん」
「ダンスバトルを挑んで来るんです」
「…………ダンスバトル?」
「そうです。ダンスバトル」
もう一回見回すけど、やっぱり全員深刻な顔をしている。
「そして負けたら喰われるんです」
「……普通に武器で戦ったら?」
「相手は熊ですよ⁉ あちらが強すぎてほとんど勝てないです」
「……逃げれば?」
「とんでもなく運動神経が良いと言ったじゃないですか。あっという間に追いつかれて、勝負から逃げたということで食われます」
「……動物系なのにバトルのルールは守るの?」
「その辺りフェアなんですよ」
「…………もう、なんつーか、理不尽なところだけ夢なんだよなあ……」
チラッとダンシングベアを見ると、なんだか全身でリズムを取っている。完全にやるつもり、らしい。
「ダンスバトルって言ったって、私はダンスは全然だぞ?」
自慢じゃないがココはその辺りさっぱりだ。宮廷のダンスパーティはおろか、教団の祭りで踊ったことも無い。ヘタなのだ。練習不足というより、単純に音感が無い。
「ならば、ここは私に任せてくれませんか」
「ナバロ?」
地味なのだけが取り柄? の騎士が、自信ありげに手を挙げた。
「実は私、祖父からダンシングベアの対処法を聞いておりまして。こんな事もあろうかと必殺技を習得してあるのです!」
「おおっ!」
皆は歓声を上げるけど。
「おー……?」
イマイチ抜けてる現実のナバロを知ってるだけに、ココはどうにも不安が残る。
「大丈夫かな」
かなり心配な成り行きだ。だけど腕力勝負じゃないので、何も知らないココには口を挟めない。
ナバロが進み出ると、目ざとく見つけたダンシングベアが向かい合うように移動する。距離を置いてお互いが睨み合い、まさに一触即発……だけど。
「んで、こっからどうなるの?」
「挑戦者と防衛王者が一曲ずつダンスを披露しまして、それでソウルの感じられる方が勝ちです」
「それ、誰が審判するのさ……」
「見てれば分かります!」
ナバロが先攻した。
騎士が天を指すように伸ばした指先を鳴らすと、いきなり音楽が流れ始める。
「むっ!? こいつは普通のポップスじゃねえぜ!?」
「これは……テクノですね! ナバロさんが意外です!」
「いや、音楽の種類とか以前にさ? どこで誰が演奏してんの? これ」
ナバロは曲が始まると、不思議な高揚感を持った音に合わせ……いきなりギクシャクとした動きを始めた。腕や足を片側ずつ、妙に直線的に。リズムに乗っているんだかはずしているんだかもココには判別付かない。
「何アレ……?」
腰痛をこらえた老人が掴まるところを探して徘徊しているようなダンスだ。
「さすがナバロだ。自信満々で出て行って、何やってるんだ……」
ココは落胆してため息をついたけど、横の
「あれは
「……アレもしかして、何か凄いの?」
「ダンシングベアはあらゆるダンスを知り尽くしていやすからね。
「あー……思いっきりセオリーはずせば、うまいヘタの判定のしようがないって計算か。さすがナバロ、後ろ向きだな」
「引き分けに持ち込めれば作戦勝ちっすね」
「そういうモノなの?」
一方のダンシングベアはじっとナバロを見ている。そしてしばらく観察したところで高々と腕を上げて、こちらも指を鳴らした。
森に響き渡る音楽が急に、独特な抑揚を持つ弦楽器の調べに切り替わった。
「これはシャミセン!?」
「
「いや、だからさ……どこでどんな奴が演奏してんだよ」
進み出た熊が、いきなりベシャッと地面に崩れ落ちる。それが音楽に合わせ、誰かに上から引っ張られるかのように立ち上がり直した。
「……なに、あの動き?」
こちらもこちらでココには理解できない、摩訶不思議なダンスを始めた。
細かい動きはせずに、関節だけで身振り手振りを入れる……まるで自分の意志を持たない人形が、見えない糸で上から操られているような……。
さっぱり何だか分からないココが首をひねる横で、ウォーレスが驚愕の表情で叫ぶ。
「あれは
「おまえもさ、坊主のくせになんでそういう知識まであんの?」
「勇者様、私は悪の魔法使いです」
もう勝敗は明らかだった。どう見てもダンシングベアの方が、動きがなめらかでテクニックも巧い。
「思いっきり捻ったのに遥かに上の水準で合わせられるって、恥ずかしいな……」
「これはナバロさん赤っ恥ですね。立ち直れませんね」
「搦め手から行けばって発想がもう、ナンセンスだったなあ」
ココたちが感想をつぶやいていたら、どうも死の森もそう思ったらしく。
いきなりドラムロールが鳴って、勝ち誇るダンシングベアにスポットライトの光が集まって。
『ヴィィクトリィィィィィー!』
「だから誰がどんな感じで運営してるんだよ、このバトル」
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