第05話 勇者様は初めての敵と戦います

「気を抜かないで下さい勇者様! ヤツはただ者じゃありません!」

 厳しい顔で身構えているウォーレスに言われ、ココも気を引き締めた。

「あれは魔物なのか⁉」

「魔物かどうかは分かりません。ただ」

「ただ?」

「こんなところにいるだけで、ただの変質者じゃないと思いませんか?」

「それもそうか」


 そんなことを話しているあいだにも、近づいてきた正体不明の敵。

 そいつは散開する勇者パーティに臆することなく突っ込んでくると、充分に近づいたところで姿を隠していた帽子とコートを投げ捨てた。

「ハーハッハッハ! よくぞここまで来たな、勇者よ! 貴様はこのジェネラルオーガ・ゲルハルドがグハァッ!?」

 先手必勝でココに飛び蹴りをかまされ、どこかで見たようなオーガは言い切る前に吹っ飛んだ。 


「なんだ、やっぱり雑魚ざこだった」

「な、何だと貴様あ……だいたい勇者よ! 名乗りを上げている最中に攻撃など、貴様自分で卑怯だと思わぬのか!?」

「魔物相手に礼儀も何もあるか」

 起き上がろうとするオーガオッサンをココは、“聖剣”あらため“正義のすりこぎ”でタコ殴りにする。

「グォッ!? この!? ええい、一方的な攻撃なんて卑怯だぞ⁉」

「だから魔物相手に卑怯もクソもないって。あ、でも」

 ココはいったん殴るのを止め、オーガにぺこりと頭を下げた。

「今ちょっとむしゃくしゃしてたから、殴られに出てきてくれて助かったわ。ありがとうな、オッサン」

「そう思うなら殴るのを止めろぉ!?」

「やだ」


   ◆


 勇者は最初の戦いに勝利した!

「今のを戦いと言っていいのかどうか……」

「うるさい、ごちゃごちゃ言うなウォーレス。クソオヤジラグロス公爵相手に手加減なんかできるか」

 アイツはとどめを刺しておかないとしぶといのだ。

 清々したココの横で、騎士団長が浮かない顔をしている。

「勇者様、今の戦いでけっこう音が響きましたから……他の魔物が寄ってくるかもしれませぬ」

オッサンオーガがもう何匹か出てきてくれると、私もいいができて今晩気持ち良く寝られそうなんだけど」

「なんの話をしとるのですか」


 そんな話をしているところへ。

「ギャッ!(また来たぞ!)」

 ゴブリンの一声にハッと見れば、一匹の巨大なコウモリがヒラヒラと舞って降りてくるところだった。ウォーレスが舌打ちして忌々しげに漏らす。

「あれは吸血鬼! やっかいなのが来てしまいましたね……」

「ヤバい魔物なのか?」

「見ての通り変身して飛びますし、人間形態に戻れば知能も高く、魔術を使うこともできます。魔物というより、魔人と言ってもいいぐらいです」

「むう、めんどくさいな」

 皆が思い思いに待ち受ける中、視線の高さまで降りて来たコウモリがいきなり煙と共に消え失せる。そしてその中から瘦せこけた老人の姿の魔物が現れた。

「フハハハハ! 怖れよ、愚かな人間どグフォッ!?」

 吸血鬼らしき魔物に成り下がったヴァルケンスカーレット大司教オッサンラグロス公爵同様、啖呵たんかを切っているあいだにココの一撃を喰らって吹っ飛んだ。


「貴様、勇者のくせになんという卑劣な攻撃の仕方を……!」

「そう言うのはもういいから、雑魚ざこ二号」

「この私に雑魚とはなん……ギャアアア!」

 なんか文句があるらしいが騎士の試合じゃあるまいし、魔物の言い分なんか聞いてやるような筋合いも時間もない。

 ココとウォーレスと騎士団長で、一斉にボコボコにぶん殴って踏みにじって攻撃魔法で圧倒する。念入りに、しつこく、隅から隅まで余すところなく叩き潰したら、吸血鬼ヴァルケンは断末魔の悲鳴をあげながら灰になった。

「これで復活してリターンマッチに来ることも無いだろ」

「ええ、あれだけやれば確実に息の根を止めたと思います」

「手ごたえはありましたぞ」

 どうやら、なんとか退治できたようだ。

 お互いに顔を見合わせそのことを確認し合うと、ココとウォーレスと騎士団長はホッと安堵のため息をついた。

「あー、陰険ジジイを思いっきり殴れて気分さっぱり!」

「清々しいですねえー」

「思う存分いきましたぞ」

「よく考えたら、あの時はそう言う場面じゃなかったから直接殴ってないんだよな」

「こんな機会はまずないので、思い残すことがないように頑張りましたよ」

「天誅ですわい」

 なぜか舞台設定夢の中なのを忘れて、すごくイイ顔で余韻に浸る三人。

「ギャッ? ギャッ!(こいつらどうしたの?)」

「よく分かりませんけど、溜まっていた何かがあるみたいですね」


   ◆


 雑魚を二人倒したら、その後はしばらく魔物は出て来なかった。出来ればその方がありがたいが、死の森に踏み込んでこの程度で済むとも思えない。

 神経をとがらせながら進んでいると、先頭を行くゴブリンがふと立ち止まって森を眺めた。

「ギャッ!(これは……)」

「どうしたゴブさん」

「ギャギャッ! ギャッ! ギャギャギャッ!(森の植生がこの辺りから変わる。そろそろ本当にヤバいヤツらが出没する辺りだ)」

「てことは……オッサンジェネラルオーガ陰険ジジイ吸血鬼はやっぱり下っ端だったんだな」

「ギャッ!(まあ、森の中では)」


 (一応)慎重に警戒しながら進むココの耳に、おかしな音が聞こえてきた。

「ん~?」

 耳を澄ませるココを、おっかなびっくり付いて来ていたナタリアが心配そうに覗き込む。

「どうしました、ココ様」

「いや、空耳かなあ……なんか、音楽っぽいものが聞こえるんだよね」

 意外な物が意外な音を立てるのが自然界というものだけど、いくら何でもきちんとしたメロディに聞こえるモノはあり得ない。

 だからココは周りが静かすぎて、自分がありもしない音を聞いた気になっているのかと思ったんだけど……他の者の反応がおかしい。

「音楽ですって……!」

「え、今っすか⁉ やべえ……」

「え? え?」

 アテにならない勇者パーティのメンバーだけでなく、村人山賊団やゴブリンまで青ざめている。

「どうしたんだ?」

「死の森で音楽が聞こえるとすると……」

 柄にもなく緊張した様子のウォーレスが、指先でメガネをクイっと押し上げて位置を直す……を延々繰り返している辺り、本当にパニックに陥るような事態らしい。

「我々はダンシングベアの縄張りに入ってしまったようです」

ダンシングベア踊る熊?」

「ええ。さっきのジェネラルオーガや吸血鬼みたいな亜人に近い魔物と違い、もっと動物寄りの魔物です。そして我々が知っている限り」

 よく分かってないココの質問に、悪の魔法使いは生真面目な顔で頷いた。

「この森に住まう野生動物(っぽい魔物)の、頂点に君臨する狂暴な生き物です」

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