第04話 勇者様は危険な森に踏み込みます

 後を押し付けて帰ろうとしたココは、周りの抗議を受けて唇を尖らせた。

「しかたないじゃないか。聖女なら聖心力があったけど、私が勇者じゃどうにもならないだろ。今回聖女が慰問ツアー中だって言って来てないんだし」

「その為の選ばれし勇者じゃないですか! ほら、聖剣だって持ってるんですし」

「聖剣? そんなの……あれ?」

 てっきり手ぶらだと思っていたのに、いつの間にか腰に聖剣を装備していた。

「さすが夢……に、しても」

 ココは“聖剣”を抜いてみる。


 どう見ても、すりこぎ。


「これでどうやって狂暴な魔物と戦えと」

「勇者様、それ鞘のままです」

「あ、そうなの? ……本当だ、ここで抜けるのか」

 両端を持って引っ張ってみると、持ち手部分を残してすりこぎが上下に分かれた。“木刀と思ったら白鞘の真剣だった”みたいな……しかし。


 出てきた刀身が、どう見てもヌルヌル芋。


「…………」

 ココは黙ったまま“聖剣”を見つめ、それから元通りに鞘に納刀して見なかったことにした。

「どうしました?」

「いや……この夢にちょろっとでも期待した私がバカだった」


 それはともかく。

 ココが見たところ、不安材料は武器の問題だけじゃない。

「これだけの人数じゃ、そもそも魔物と戦いながら魔王城までたどり着かないだろう。それぞれがエキスパートだって言うんならともかく、どう考えてもメンバー全員寄せ集めだし」

「そうはおっしゃられましても。どれぐらい兵力があればイケると思いますか?」

「そうだなあ……実際の討伐では、同行する主力部隊だけで三万人動員したぞ」

 ココに言われて、ウォーレス国王の側近がケタケタ笑った。

「そんな無茶な。寝言は寝てから言ってください」

「夢に寝言とか言われちゃったよ、おい」


   ◆


 武器もない。味方も少ない。

 やっぱりどうにもならないだろうとココがもう一回結論を出しかけたところへ、ダニエルジャッカルが恐る恐る声をかけてきた。

「あのう……」

「ん? 何?」

「実は、うちの村に伝説の猟師がいやして」

「伝説の猟師?」

「へい。死の森の奥地まで入り込んでも、必ず生還できるって凄腕で。彼ならうろつく魔物をすり抜けて、最短のルートで魔王城へ行けるかもしれねえです」

「おお!」

 想定外の強力(そう)な援軍にウォーレスたちが歓声を上げる。

「うぇー、余計なことを……」

 ココが残念そうにため息をつく。

「勇者様、何か言いましたか?」

「いーえー、べーつにー?」


 呼ばれた伝説の猟師はすぐにやって来た。

「ギャッ! ギャギャッ!(よお、俺になんか用だって?)」

「伝説の猟師って、ゴブさんかよ……」

 現実世界とここでも配役が違うらしい。

「ギャッ! ギャッ!(俺が“愛の狩人”、ゴブリンだ)」

 陽気に自己紹介するゴブリンを、ダニエルがうやうやしく一同に紹介した。

「こちらのゴブリンさんは、誰もが恐れる死の森で狩りをできるって唯一のお人なんでさ。この一年で仕留めた魔物は七匹にもなるんすよ」

「ほぉー!」

 ナバロや騎士団長が感心しているから、かなり凄いことらしい。ココも彼の戦果が気になったので聞いてみた。

「んで、この一年でケツを仕留めた普通の人間は?」

「ギャッ? ギャギャギャ!(冒険者や傭兵を中心に、オヤジを三十人ぐらい)」


   ◆


「これでかなり希望が見えてきましたね!」

 喜ぶナタリアには悪いが、ココはまったく展望が見えない。

「まあ、ゴブさんが凄腕なら魔物は回避できるかもしれないけど……ゴブさん、魔王城までのルートは分かる?」

「ギャッ!(心配ない!)」

 ゴブリンは森の奥へと続いて行く一本道を指した。

「ギャギャ、ギャッ!(この道の突き当りが魔王城だから! 一番近道!)」

「隠れて進むって発想は無いのかよ……」

「ギャッ!(迷子にならないぞ)」


「よし、いよいよ出発ですね!」

 キャラに無くハイなウォーレスが叫ぶ。出発が嬉しいのか、縄を解かれたのが嬉しいのか。その横でココは、どんよりした目で森の入口に立つ門を眺めた。

 そっとドロテアがココの肩をつつく。

「ココ様も~やっぱりこの門が~気になります~?」

「ああ、うん……」

「不気味ですものね~」

 二人が見上げる古ぼけた小さな門は、パッと見にはどこかの屋敷にありそうな瀟洒しょうしゃな門だった。しかし、その上部には不気味な言葉が彫られている。


なんじ、この門をくぐるならば以後一切の希望を捨てよ”


「なんでこんな~警告が~? 怖い~ですよね~」

「あー、まあ……そっちはどうでも良いんだけどさ」

 上を見上げてガタガタ震えるドロテアと別方向、横の門柱をココは眺めている。そちらにも一言書かれた看板が下がっている。


“あつまれ! ヘンタイ魔獣の森へ!”


「どっちかって言うと、私はこっちのメッセージの方が怖いわ」

「そうですか~?」


   ◆


 ココたちが踏み込んだ森は意外なことに、明るくきれいで遊歩道もきちんと整備されていた。“魔王城はあちら”と書いた真新しい道案内のプラカードには、かわいいの絵まで描いてある。

「バカにしてんのか」

「しっ! 警戒を緩めないで下さい。すでに死の森の中なんですよ!」

「て言ったってナッツ、このどこかの公園みたいな環境で気を抜くなって言われたって……」

ヒーラー癒し系・ナタリアとお呼び下さい」

「そう言うところだけは現実と変わってないな……」


 皆がキョロキョロ警戒しながら進むけど、ココは特に気にせずスタスタ歩いて行く。見通しが悪い以外はのどかな環境で、ちょっと緊張感を維持できない。

「いったいどこが死の森だよ……こんなところで本当に魔物が出て来るのか?」

「ココ様も油断しないで下さい。いつどこで出て来るか分からないのが」

「まあ、魔物だよな」

「変質者ですから」

「そっちかい」

 そんな問答をしているところへ。

「ギャッ!(クソッ、出やがった!)」

「ん?」

 ゴブリンの警告に、ナバロと騎士団長が武器を構える。ココも一応勇者なので、まったく自信はないけど一応聖剣(?)を抜いた。

「ゴブさん、どこ!?」

「ギャッ! ギャッ!(右の木立だ! すぐに来るぞ!)」

 待つほどもなく、木の影から人影が飛び出してくる。あれは……。


 目深にかぶった帽子で顔を隠し、合わせを手で握って前を閉じている丈の長いコート。あの姿は……。

 もう泣きたくなってココは絶叫した。


「なんで変質者の方が出てくるかなあ⁉」

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