第07話 勇者様は自然界の厳しさを知ります

 勝負は決まった。

 ダンシングベアはきちんと手を合わせて“いただきます”をしてから、大きく口を開けてナバロを頭から……。

「おい、ナバロが食われたぞ⁉ おまえの攻撃魔法ならなんとかならないか⁉」

 ココが慌ててウォーレスの袖を引っ張るが、ウォーレスその他は沈痛な面持ちで首を横に振る。

「悲しい話ですが、これが自然界の弱肉強食の掟なんです」

「ダンスバトルで決まる自然の掟ってなんだよ」

「さあ、ナバロさんの尊い犠牲を無駄にしてはいけません!」

「まさか喰われるのを計算に入れてなかっただろうな?」

「さすがのダンシングベアも、鎧まで消化するには時間がかかるはず! 今ならダンシングベアも満腹しているので見逃してもらえます。先を急ぎましょう!」

「そういやあのクマ、丸ごと喰ってたな」


 胃薬を飲んでる熊を横目に、急いで進もうとした一行だったが……。

「待て、見ろ!」

 ダニエルジャッカルが指さす方を見ると、草むらから……小熊がぞろぞろと。

「なんてこった、ダンシングベアは子連れだったのか⁉」

「しかもあの子熊ども、生意気にもやる気だぜ!」

 小熊の集団は揃って身体をスイングさせている。見た感じかわいいけど、あれが捕食行動だと思うと呑気に愛でているわけにもいかない。

「勝負を避けて通る、てわけにはいかないか」

「あの様子だと無理でしょうねえ。しかし、相手をしようにも……」

 となると、こちらはナタリアたちひもビキニ三人娘ブレマートン教団の修道女たちぐらいだけど……。

「ダンスバトルなんて無理ですよ⁉」

「ポールダンスの練習はしてても、ああいうダンスはしてないですよう」

「呑み較べに~ならない~かしら~」

「こいつらに任せるぐらいなら、無理でも剣で戦った方が良さそうだぞ」

「いっそ足が遅そうなダンチョーさんを囮にして、全力で逃走しましょうか」

「なんか酷いことを言ってませんかの!?」

 戦いを回避する、うまい知恵が出て来ない。だがココたちがそんな不毛な相談をしているところへ、思いがけない人間から提案が出てきた。

「ふっ……ここは俺たちに任せな、勇者様!」

「え?」

 ココが半信半疑で振り返ると、なぜか善良な村人たち『明るい農村』山賊団がドヤ顔で決めポーズをとっている。

「…………一応聞くけど、なんか勝算があるの?」

「へへっ、俺たちも万一ダンシングベアに遭遇した時に備えて特訓してたんでさ」

 自信ありげな彼らの言葉に、思わず親熊のポッコリお腹をチラ見してしまうココ。


 誰かさんも、そんなこと言ってたんだけどな……。


「おおっと、あの剣士の兄ちゃんと違って俺たちはきちんと考えてるんですぜ?」

「本当か?」

 不信感たっぷりのココに、ダニエルは自信たっぷりに胸を叩いた。

「まあ見てて下せえ勇者様。行くぜ、野郎ども!」

「了解っす、お頭!」

「なあ、おまえらやっぱり山賊やってるだろ」

 飛び出したダニエル(とお仲間たち)が気取ったポーズで指を鳴らすと、これまたハイテンションな甲高い音楽が流れ始める。そして山賊団村人たちは。

「ウェーイ!」

 全員で一斉に同じ動きで腰を振りながら、腕をやたらと動かすポージングを始める。キレのいい陽気な踊りだけど、無精ひげで垢抜けない男たちが不景気なツラを並べてやるようなダンスではない。

「……なに、あれ?」

「さあ?」

「ん~? なんだろ~」

 ソレが何だか分からないココとナタリア、ドロテアの横で、アデリアとウォーレスが興奮して叫ぶ。

「あれはパラパラ!? うっそ、冴えないオッサンがやっていいダンスじゃないよ!?」

「ビックリですよね! まさか最果ての村の田舎者が、クラブダンスなんて都会の文化を知っているとは!?」

「……アデルもウォーレスも初対面のヤツら相手に凄い毒舌だな。まあ確かに、むさくてうさん臭いダニエルたちが踊るのって違和感ヒドイけど」

「ウォーレスさん、やっぱり褒めてるようでバカにしてますよね」

「違うの~! 分からないのは~修道院に~いるからなの~! 若者文化が~分からないわけじゃ~ないのよ~!?」 

 味方の低評価も知らず、イケイケでステップを踏むダニエルが勝ち誇って叫んだ。

「ハーッハッハッハ、どうだクマ公! 絶対王者の親熊は無理でも、あれだけ小さい子熊相手なら俺たちでもイケると踏んだんだぜ!」

「ヒュー! さすがジャッカルダニエル親分!」

「なあダニエル、なんでそんな情けないことをでっかい声で自慢できるわけ?」

 山賊に舐められている子熊たちは、首を伸ばしてダニエルたちのダンスをじーっと見ていたが……。


 一匹が代表して指を鳴らす。

 どこからか聞こえてくる音楽が、哀切で扇情的なスローテンポに切り替わった。

「何、このムーディーな曲は?」

 怪訝な顔で見回すココの横で、ウォーレスがハッとする。

「この音楽は……!」

「だからおまえはなんで、どうでもいい雑学ばっかり知ってるんだ」

 子熊たちは一斉に、妙に身体全体をくねらせた振り付けを踊り始めた。

「この悩まし気な腰使い! やはりランバダ動きがエロい踊りでしたか! あの歳でこれをマスターしているとは、ヤツらとんだエロガキどもですよ!」

「聖職者のくせに、一目でわかるお前もなかなかだな」

「私は悪の魔法使いでございます」


 動きがいまいちギクシャクしているダニエルたちと、妙に慣れている子熊たちではやっぱり勝負にならず……。

『ヴィィクトリィィィィィー!』

「やっぱりダニエル負けたか。あいつが調子に乗ってるとだいたい穴があるんだ」

「見た感じ、踏んでる場数が違いますねえ」

「ギャッ! ギャギャッ!(時間がもったいないから早く行こうぜ)」

 ココたちは熊親子の楽しいランチタイムを邪魔しないように、先を急ぐことにした。


   ◆


「私たちもだいぶ人数が減っちゃいましたね……」

「無理もありません。過酷な旅でしたからね」

「王宮出てからまだ一時間も経ってないし、人数が減ったのはクマ公にやられただけだぞ」

 でもサクサク進むのは良いことだ。ココもこんな茶番劇はさっさと終わらせて、早いところ一度起きて二度寝したい。

 ところがそんなココの思いと裏腹に、先頭を行くゴブリンがまた警戒を強め始めた。

「どうしたゴブさん。何か怪しい兆候があるのか?」

「ギャッ! ギャーギャッ!(そろそろ魔王城も近いからな。残りのヤバい魔物が現れても良い頃だ)」

「そんなヤツがまだいるのかよ……」

 どうせ夢の中なんだから、サクサクとスピーディに進んで欲しい。

 ココがそんな事を一瞬考えたせいか。

「ギャッ!? ギャギャギャッ!(やばい、ヤツらだ!)」

「…………うん、アレだな。余計なことは考えちゃいけないな、本当に」

「ギャッ?(何の話だ?)」

 話しているうちに何やら飛び跳ねるような音が近づいて来る。そしてその音からするに、どうやら相手は集団のようだ。

「まさか!?」

 顔を強張らせるウォーレスにゴブリンが頷いて見せた。

「ギャッ!(おそらく、そのまさかだ)」


 緊迫したやり取りをしている愛の狩人ゴブリン悪の魔王使いウォーレス。さすがのココもその様子に、聖剣すりこぎの柄を握りしめた。

「ウォーレス、何が近づいて来ているんだ?」

「死の森でも、もっとも凶悪な魔獣……ボーパルバニーだと思われます」

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