第163話 王子は魔王の情報を得ます
指揮官の魔族を潰したら、死霊兵は一気に消え失せた。
今まで戦っていた敵が急に崩れ落ちて土くれになり、討伐軍の将兵は半信半疑で激戦の後始末を始めている。
そこここで、事態の急変について行けない兵士たちが戸惑う様子が見られた。
「やれやれ、イタチごっこは免れたか」
ココも急に静かになった戦場を眺め、一安心した。
攻略法を見つけたと思って突っ走ったのだけど、実のところソレで本当に何とかなるかは五分五分の賭けだった。
ココとしては、術者がやられても解けないタイプのヤツだったらどうしようと思っていたのだ。
「……まあ、でもやることは変わらないか」
どっちにしてもココにできることは、このネブガルドだかブラパだか言うヤツを丁寧に説得するだけだ。
そしていまから、魔王軍の情報を聞き出すために……ココはこいつに、接待の限りを尽くさねばならない。
◆
縛り上げてバケツで水をかぶせたら、悪魔神官は目を覚ました。
「な、なんだ……!?」
「やあ、おはようブラパ君。お目覚めかね?」
もったいぶって挨拶をする王子に、ブラパと名乗る魔族も状況を飲み込めたようだった。
「くっ、非常識な聖女にまたしても……!」
ここで“勇者に”とならないのが、今回の特殊な事情を物語る。
戦いで活躍したココに代わり、尋問の方はセシルが引き受けた。
適材適所と言うヤツだ。
「わざわざ説明もいらないだろう? こちらとしてはキリキリ質問に答えてもらいたい」
尋問を始めた王子の言葉を、悪魔神官は鼻で笑う。
「ハッ! 何を言われてもしゃべりはせんぞ! 既に覚悟はできている!」
「おいおい、即答か?」
「当たり前だ。どうせおまえらとしては、我らを生かしておくわけにはいくまい?」
その通り。
実際その点は議論の余地もない。
「そう言われてしまえば、そうなんだよな」
捕虜の方から先に言われ、セシルも苦笑した。
魔王軍相手では見逃したり停戦交渉ができないのだ。“命を取らない”が交渉のカードにならない。
ブラパは拘束から逃れようと暴れながらも、セシルに向かってふてぶてしく言い放った。
「すでに処刑されることが決まっているこの身だ。いかに脅されようと、俺が情報を漏らすと思ってか!」
「ふむ」
さすがに幹部、覚悟は決まっているようだ。
もっともセシルとしては少しでも情報を取らないとならないので、あっぱれ等とは言ってもいられない。
だから。
「そう言われてしまうと身も蓋も無いのだが……しかし、苦痛を最小限にすることはできるぞ?」
一回言ってから王子はちょっと考え、言い直した。
「つまり逆に言ったら、サッサと吐かないといつまでもひどい苦痛に苛まれることになるぞ?」
「おまえ勇者で王子のくせに、性格が本当にゲスいよな」
「お褒め頂きありがとう。おかげさまで、それについては定評があるんだ」
セシルが指を鳴らす。
合図を受けて
「うん?」
ブラパが見ると、そっちにはゴブリンが固定されていた。
……そしてその後ろから、なぜかもう一匹のゴブリンがのこのこ付いて来る。
わけが判らない。
運ばれてきたもう一人の捕虜を見て、王子が説明を加えた。
「コイツはおまえが偵察に放ったゴブリンだ。先日捕らえたが、こういう時に役に立つかと思って生かしてあった」
ブラパの目の前で、別の捕虜を拷問にかけて怖気づかせようという手。
「ふん、そんな使い古されたやり方で、俺が怯えると思っているのか? 甘いな!」
「それはどうかな? ……おいゴブさん、好きにしていいぞ」
「ギャッ! (了解!)」
王子に声をかけられ、自由になっている方のゴブリンが嬉しそうに返事をする。
悪魔神官の見ている前で、ゴブリン同士の拷問が始まった。
「ギャッ! ギャギャ、ギャッ! (へっへっへ、天国に送られたくなければ、さっさと知っていることを全部話すんだ! でなければオレ様が、おまえを天国に送っちまうぜ!)」
ゴブリンの脅し文句、文法がおかしい。
それを受け、拘束されている方のゴブリンが怒鳴った。
「ギャッ! ギャッ! (貴様! 魔神に仕えるべき本分を忘れ、人間どもにしっぽを振るとは何事だ!? 誇り高きゴブリンとして、恥を知れ!)」
“仲間”に叱責され、ゴブリンが肩を落とした。
「ギャッ、ギャッギャ! ギャギャ! (それを言われるとつらいのだが……でも、こっちは凄い待遇が良いんだよ。
「ギャッ!? ギャッ! (なるほど! それは仕方ない)」
納得してもらえたようなので、ゴブリンは自らの興奮している様子を誇示した。
「ギャッ! ギャッ! ギャッ! (というわけで。素直にしゃべらないと、今からこいつでおまえを天国に送っちまうぜ!)」
「ギャッ!? ギャギャギャ! (なんだと!? 貴様、ゴブリンのクセにオスを欲情の吐け口にしようとは何事だ! ゴブリンの何たるかを忘れたのか!)」
「ギャッ! ギャッギャ! (でも俺、オスにしか興奮しないんだ)」
「ギャッ!? ギャッ! (なるほど! それは仕方ない)」
「ギャッ! (では、さっそく)」
「ギャー! (あ゛ーっ!?)」
ココは首を傾げてセシルに話しかけた。
「なんつーかさ。ゴブリンて、素直って言うか……物分かり良過ぎない?」
「ああ……斜め上に客観的だよな。ひどい目に遭うのは自分なのに」
横でごちゃごちゃ言うのを聞いて、ハッスル中のゴブリンが口を挟んだ。
「ギャッ! ギャギャッ! (俺たちゴブリンは理知的で、自分の欲望に正直なんだ)」
「理知的で、欲望に正直……?」
まあ、いいや。
セシルはより一層暴れている悪魔神官に、歓喜の雄叫びをあげているゴブリンを指し示した。
「こちら、先日グラーダとか言う魔族を捕らえた時は丸一昼夜頑張った経歴をお持ちでな? 魔族の尻は特にお気に入りなんだ」
そう言ってイケメン王子は黒い笑顔を見せ、必死に逃げようとしている魔族に笑いかけた。
「俺たちも悪魔じゃないので……素直にしゃべってくれると、いろいろ考慮してやってもいいぞ?」
◆
「やはりまだ魔王は復活していないのだな」
口を割ったブラパの情報を吟味し、セシルが唸った。
現在の魔王軍は、王都で捕らえた
今のところはまだ、魔王復活の下地を作っておこうと“魔王四将”を名乗る強力な魔族・魔物が自分の使役できる範囲の魔の者を駆り集めているだけ……これが魔王が復活したとなると、招集される魔物・魔獣は桁が違ってくるらしい。
「今のうちに、何とかしないと……魔王が復活してからでは、人間側の戦力では封じきれないかもしれない」
セシルが呻く。
きっと討伐軍本体では抑えきれない。後方から進撃してくるバックアップの軍団も頑張るだろうが、数十万の魔物に襲撃されるとなると……すくなくともビネージュ王国は壊滅するだろう。
そういう状態で戦った前回の時、勇者パーティが少数精鋭で魔王だけを狙ったのも無理はない。五百年前の国家レベルを考えると、真正面からぶつけられる戦力は今以上にいなかったはずだ。
「急がなくちゃならないな……まだ本調子でない魔王軍を叩き、何としても復活を阻止するぞ」
「そうだな。だけど、次の相手が……」
ココが相槌を打ちながらも先を言いよどんだ。
その魔王に手が届くまでに、まだ関門がある。
ブラパの口から、残りの魔王四将の情報も取れた。
一人は巨人族のタイタン。
本人も巨体で剛腕、相当な戦闘力のようだが本分は武将。
恐らく残りの魔王軍を指揮するのはコイツらしい。
もう一人は暗黒龍のライドン。
こちらは魔王城の守護者ともいうべき存在で、最終の防壁とも呼べる相手になる。
巨人族など比較にもならないほどさらに巨体で、集団戦ではなく単独で戦う……いや、戦わざるを得ないらしい。
と言うのも。
ドラゴンが暴れるのは単体で破壊力が凄まじく、周囲が巻き込まれれば敵味方関係なく潰されてしまうのだそうだ。
「ライドンを、そもそも人間ごときが駆除はできぬ」
ブラパはそう言い切った。
言いよどんだココの考えたことも分かるけど、それでもセシルは。
「そうだな。だけど……」
だけど、やるしかない。
たとえこの戦いで討伐軍を全て磨り潰してしまったとしても、魔王が復活してからの絶望的な抗戦に比べれば……。
決意を固めたセシルの横顔を、ココがニヤニヤ笑いながら覗き込んだ。
「なにしろ、今回は勇者が使い物にならないからな」
「それを言うなって」
消去法で選ばれたセシルは、他人が倒した魔将にとどめを刺す係でしかないけれど……。
「聖剣に認められちまった以上、できることをやるだけさ」
変に武芸に秀でていない分だけ、セシルは自分の実力が分かっている。
自分では伝説の勇者だなんて思っていない。
役割としての“勇者”でしかないのだから、できることをやるだけだ。
今のところ“勇者パーティ”はうまく機能している。このままの態勢で、何とか押し切る。
「ここからがきつくなるかもしれないが……それでも半分まで来たんだ。気合を入れ直して行こうじゃないか」
「特におまえがな。足を引っ張るなよ」
「勇者が聖女に言われる言葉じゃないなあ……」
「ところで、悪魔神官殿が早くとどめを刺して欲しそうなんだけど」
「今日はもうここでキャンプを張るし、ゴブさんが満足したらな」
『いろいろ考慮してやってもいい』
そうは約束したが……“やってもいい”と約束したのであって、“してやる”とは言っていない。
セシルは政治家。
文言の解釈は得意とするところだ。
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