第164話 王子様は準備を急ぎます
“魔王城”と彼らが呼ぶ洞窟の最奥部で。
「どうやらブラパもやられたらしい」
魔将タイタンが歯ぎしりをしながら僚友に告げた。
……傍目にはとんでもなく怒っているように見えるが、彼には普通にため息をついた程度の感情表現だ。もとよりいかつい種族である彼の挙動は、脆弱な人間とはちょっと違う。
言われた方は言われた方で、こちらは更に見た目が分からない。
そもそも感情が表情に出ない暗黒龍ライドンは、ただ平板な声で相槌を打った。
『魔族と言うヤツは人間に近いせいか、色々余計なことを考えすぎるな。人間など、ただ押しつぶしてしまえばよいものを』
「しかり」
タイタンもその考えを肯定した。
「“効率的”なんてことを考えるから面倒ごとばかり増える。作戦や謀略を練り過ぎれば逆に博打になってしまう。単純でいいのだ。ただ数と力で圧倒すれば良い」
『その通りだ』
黒曜石か何かでできたような黒光りする鱗を持つ巨大な龍は、首をもたげてタイタンを眺めやった。
『行くのか?』
「うむ」
龍の目の前に座っていた巨人も立ち上がった。
“将軍”が動いたことで振動が起こり、バラバラと天井から小石が降ってくる。
その“小石”で付近にはべっていたオークが一頭、ペシャンコに押しつぶされて死んだ。
同輩が大きすぎ、またそんな龍が自由に動ける洞窟が巨大なためにタイタンは普通の人間程度にしか見えないが……彼の身長は実際は十五メートルほどある。
よく見ればその他の魔物が、彼の膝下で右往左往しているのが見える。それほどにサイズ感が違う二人が残った魔王四将だ。
彼らにしてみれば、文字通り踏み潰せる程度の生物でしかない人間に策を講じる方がバカらしい。
「今回、奴らは万を超える数を用意したらしい。こちらもいるだけ連れて行く。どれだけ残せばいい?」
『おぬしも知っているだろう。我に戦力は不要だ。全部連れて行け』
「承知した」
淡々と事務的に打ち合わせを済ませると、巨人は周囲にいる魔物たちへ向かって吠えた。
「全軍を上げて人間どもを叩く。出るぞ!」
魔王軍は将軍の指令を受け、一斉に走った。
……正確にはタイタンの場所を考えない怒鳴り声で天井が一斉に崩落を始めた為、我勝ちに外へと避難した。
一連の流れを見ていれば分かるが、この二人。
『大男 総身に知恵が 廻りかね』の言葉通りで……頭の回転はちょっと、よろしくない。
◆
悪魔神官を尋問した結果を受け、魔王討伐軍は足を速めて行軍を急いでいた。
進路は魔の森からわずかにルートをはずし、森に最も近い町を目指している。
ブラパのもたらした情報から、次に出てくる魔将は
そしてコイツの気性から言って、次が魔王軍との総力を挙げた正面衝突になるだろうということも。
ポニーの足を速めて付いて行くココは、背の高い軍馬に乗るセシルを見上げた。
「今度は街に籠って戦うのか? 野戦でなくて」
「ああ。敵の戦いかたが情報の通りだとすると、おそらくその方がいいだろう」
ブラパが「魔王軍を実質的に指揮するのはタイタンだ」と言っていた。
それを真に受けると、力任せに当たるのはかなり、良くない。
まともに指揮官がいなかったオーク・ミノタウルス連合軍や、弱点を突かれたグラーダやブラパといった魔族の将軍は、まだセシルやココとは相性が良かった。
タイタンという巨人族は単純な力押しを最上としているらしい。そうなると個体の戦闘力で人間を凌駕する魔王軍を相手に、小手先の奇策は通じない。
そして魔王軍が作戦に投入した種族の特性上、今までは中程度の大きさまでしか魔物が出てこなかったが……次は総力戦となると、当然温存されていたサイクロプスなどの大型の魔物も残らず出てくる。
「そんな連中と、行動を阻害できる物が無い平原で会敵するなんて自殺行為だ」
ミノタウルスを足止めし、囲んで叩くのに数十人の騎士が必要と言われている。
その倍の体格を持つサイクロプスなど、そもそも一人を倒すのだけでも吟遊詩人が冒険譚に一曲作っちゃうほどの相手になる。槍や剣を構えて突っ込んで行ったって、百人単位で犠牲者が出るだけだ。
「だから防衛陣地を使って、奴らに踏み潰されないように戦うしかない」
討伐軍一行が向かっているのは、魔の森の監視拠点として森の最も近くに作られた街・ザイオン。
元々魔王復活の際には真っ先に攻撃を受けることが想定されている為、ビネージュ王国で王都に次ぎもっとも堅固な備えを持つ地方都市だ。
……という説明を聞いて、ココは呆れ果てていた。
「どこのバカがそんな場所に街なんか作ったんだよ」
「初代勇者って言われる、うちの御先祖様だ」
元々は大きめの監視拠点と言うことで、砦が一個あっただけらしい。
「それが、魔王が五百年も復活しなかったものだから……」
魔物が襲来しなければ、魔の森付近もただの原野だ。
辺境領の中の辺境として、手つかずの平野が多いこの辺りにまで開拓民が進出し……そして人口が多くなってくると、それなりに交通の便が図られている砦の周辺に地域の中心になる街が形成され始めた。
「でも場所柄、魔王が復活したら真っ先に攻撃される場所と分かっていて街を守らないわけにもいかず……」
自然発生の街だけど、国も城壁を作るなどの安全策を講じないわけにいかなくなったと。
「なんだよ、その鶏が先か、卵が先かみたいな街は」
「平和が長く続いたって事だなあ」
王子様、呑気に総括しているけれど。
気になった聖女は、魔王軍の企みが露見してからの足取りを指折り数え始めた。幽霊屋敷に始まり、同盟の呼びかけ、軍の集合……。
「……私たちが遠征に出てからだけでも、もう直ぐ一か月以上だぞ? その街もう、陥落してるんじゃないのかぁ?」
普通に考えればそうなる。
むしろ、なんでまだ残っていると思うのか。
その点はセシルも同意見らしく、ニヒルに笑って肩を竦めた。
「それが驚いたことに、まだ陥落して無いんだな、これが」
勇者で防衛責任者で国王の名代がそんなことを口走ってはいけない。
ココが首を傾げた。
「我々はもっと王都に近いところで何度も襲撃を受けているんだぞ? なんでそんな瀬戸際の街が血祭りにあげられてないの?」
そんなことを堂々口走っちゃう聖女様は
王子もある意味想定外な現実に、苦笑いしている。
「セオリーで言ったら、もう潰されているはずなんだけどな。今回は我々の動きが早かったおかげで、魔王軍の奴らは周辺地域の制圧にも手を付けていないらしい。守備隊からは奇跡的にも、『まだ無事だ』と連絡があった」
だから、勇者で(以下略)。
とにかく、街が使えるというのは討伐軍にとっては良い材料だ。
街の城壁があれば、いかにサイクロプスとて足を止めざるを得ない。乗り越えようとするところを集中的に攻撃することもできる。
作戦会議を聞いていて、そこまではココも理解していた。
「それは分かったけどさ。じゃあ街の城壁を利用して籠城戦をするとして……そうしたら、何か勝機はあるのか?」
ただ立てこもったところで、相手は城壁を殴って壊せるようなバケモノばかりだ。時間が経てば有利になるというものでもない。
「こちらが受けとなれば、大型兵器も設置ができる。野原を走り回る巨人に当てるのは至難の業だが、あらかじめ準備していたところへノコノコ来てくれるのなら話は別だ」
「あー……」
巨人がいかに鈍重でも、走り回っている所へ投石器で石を投げても当たる筈がない。
「それに実はこの街、一つ仕掛けがあってな」
「仕掛け?」
◆
セシル達がザイオンの郊外に着いてみると、確かにまだ街は無傷だった。
五百ほどと聞いていた守備隊が歓呼して出迎えてくれる。
監視のための兵と考えれば多過ぎるぐらいだが、真っ先に襲撃に会うこと必至の街の守備隊としては少な過ぎる。さぞ心細かっただろうとココにも想像がついた。
到着した王子の元へ、直ちに緊張した顔の守備隊長がやってきた。
「よくぞ来てくださいました!」
「出迎え御苦労。そして無事で何よりだ……すまないがここで魔王軍と決戦となる。よろしく頼むぞ」
頼みの綱となる思った以上に立派な城壁を見ながらセシルがそうねぎらうと、守備隊長は感謝の言葉を述べた後……意外な事を言い出した。
「……住民が避難しない?」
セシルとココは、思わずお互い顔を見合わせた。
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