第162話 聖女様は無敵モードで突っ走ります
たった一人になった
注視しているココたちの足元が、何か揺れたような気がした。
初めは気のせいかと思ったけれど、そうではない。何かの振動が響いている……そう思ったところで、それは姿を現した。
「……骸骨?」
ボロボロの鎧を着たスケルトンが、続々と地面の下から湧き出てこようとしていた。十や二十と言った数ではない。討伐軍の前面に、同じような数の動く死体が立ち上がりつつある。
「聖女はすでに王都で見た覚えがあるだろう。戦場で斃れた古の武人の死体に秘術をもって戦うことを命じた、死霊兵よ」
丘の上で得意げに
「おまえらをここで待ち受けたのは偶然ではない。この場所はかつての古戦場……大規模な会戦があった場所よ。
罠に嵌まった討伐軍を嘲笑するブラパ。
続々と武器を手に蘇るアンデッドたちを眼下に、悪魔神官は傲然と勇者一行へ言い放った。
「すでに死んでいる死霊兵は剣で斬ったくらいで倒すことなどできぬ。そして死霊兵は疲れることもない。不死の兵を相手に、生身のおまえたちが何処まで抵抗できるか……永遠に続く攻撃を何時間堪え忍ぶ事ができるのか、楽しみに見学させてもらおう!」
通常の
選ばれて王都に潜入していた
大抵の術者ならば、それが限界の死霊兵召喚を……ブラパは実に一万以上まで呼出し、使役することができる。
魔王四将に名を連ねるブラパの、驚異的な力であった。
そんな魔技を行使し、人間どもをせせら笑う闇の神官へ……怪訝そうな聖女が質問した。
「なあ、パンツマン?」
「なんだ、その呼び方は!?」
「だっておまえ、パンツ一丁で戦いたがるオムツ大好きっ子なんだろ?」
「あの変態と一緒にするなと何度言ったらわかるんだ、このポンコツ聖女!」
“おむつ太郎”の方は否定しない。
罵声にめげず、ココは首を捻った。
「魔の森までショートカットしようとせずに迂回するルートを取ってたとしたら、私たちここ通らなかったぞ? その場合はどうしてたの?」
「……」
返事がない。
ココは重ねて聞く。
「他にも何か所かめぼし付けてたの? 昔大規模な戦闘があった場所なんて、そんなにないよな? もしかしてかなり行き当たりばったり?」
「……ううう、うるさいっ! 結果としておまえたちは、見事に我が策に嵌まったであろうが!」
「策って言うなら、途中何か誘導してないとダメなんじゃない?」
「いいから、さっさと死ね!」
まだココは答えを返してもらっていないのだけど……悪魔神官は都合が悪いのか、勝手に話を打ち切って開戦を宣言してしまった。
◆
「さて、参ったな」
セシルがぼやいた。
討伐軍は正面からヤツらとぶつかり合ったが……正直言えば、押されている。
何しろ相手は怖れも疲れも知らない。
武器を振り回すスケルトンの攻撃は直線的で技巧も何もないが、とにかくしつこい。そしてこちらがいくら致命傷になるような一撃を加えても、全く効果はない。
受けて立つ討伐軍の将兵は、何度も剣を交えればどうしても疲弊してくる。だが向こうはそうではない。
単純な人数で比べれば死霊兵どもの倍以上いると言えど、少しでも油断すれば戦線が突き崩されるのは確実だった。
「死霊兵か……厄介だな。確実に葬り去れるのはゴートランド教団から派遣された折伏司祭だけか」
さすが邪法で蘇った死体らしく、聖心力を込めた攻撃ではダメージを与えられるようだが……その聖心力を駆使できる神官の数が絶対的に少ない。
ココも嘆く。
「騎士団長が百人いればなあ……」
聖堂騎士団長が最前列で
「むうん!」
聖心力で青白く光る
「あれじゃ、向こうが死に切っていなくても起き上がって来れないよな」
「粉砕骨折だもんな。人型が維持できない」
とはいえ、万を超えそうなアンデッドを前には騎士団長一人ではとても間に合わない。聖堂騎士でも神官の資格を持つ者、聖心力を持つ者など何人もいない。
ちなみに
ブラパがその気になれば、魔王軍は何日でもぶっ通しで戦うことができるだろう。
何か逆転の一手が無ければ、このままずるずると消耗戦になって……。
セシルをナバロたちに護衛させ、ココも騎士団長とともに前に出ている。
面で掃討するのに便利な”聖なる物干し竿”を顕現させ、左右に振りかぶって横なぎに十体ほどを次々ぶった切っていく。
だけど膨大な聖心力を持つココでも、手が届く距離はそれが限度だ。そして身体の小さいココでは、オーバーアクションな動きを続ければ消耗するのも早い。
丸一日“聖なるバールのようなもの”を振り回し続けたのは、セシルがやられた怒りによる“
「何とかしないと……ヤツの術を考えたら、あっちはどんどん追加も可能だよな」
過去の戦いでどれだけ死んだか知らないが、向こうは欠員が出れば戦力の補充ができる。下手したら今死んだ戦友が向こうに召喚されるかもしれない。
何か一手打つ必要がある。
こちらも戦術を変えないと、そのままジリ貧になってしまう。
「……まてよ?」
思いついたココはいったん“聖なる武器”を消し、全身に聖心力を行き渡らせて……敢えてスケルトンに近寄った。
敵が振りかぶった剣はかわし、体勢を崩した死霊兵に直接タックルをかます。
やはり聖女の膨大な聖心力は、ここでもモノを言った。
ココの小さい身体でも、ぶつかったスケルトンは抵抗もできずにバラバラになる。巨大な力に衝突され、あっという間に粉々に砕け散った死霊兵は戦場の土へ沈んでいった。
「ふむ」
予想通りだ。
「これならいけそうだな」
考え付いた手が使えそうな手ごたえを感じ……ココは丘の上で指揮を執るブラパを振り返った。
◆
「おかしいな……ヤツが暴れれば、目立たぬ筈は無いのだが」
ブラパは戦場の異変を察知し、顔をしかめた。
聖女が見当たらない。
今までの経緯から聖女は特に注意して見るようにしていたのだが、気が付いたら存在が消えていた。
さっきまで槍のようなものを振り回して派手に死霊兵を消していたのを確認していた。敵の本陣から抜けることは無いだろうと思っていたのだが……。
「ん?」
よく見たら、戦場の一部で変な混乱が起きている。
敵兵と死霊兵が揉み合っている最前線ではなく、前へ出ようとする死霊兵たちが渋滞を起こしている後方。
トラブルがあるようで、思考能力ももたない死霊兵たちが、まるで人間みたいなパニックを起こして何かを捕まえようとしている……ように見える。
「なにごとだ?」
こういう時、死霊兵は不便だ。
考えることも無くただ剣を振るうだけなので、緊急事態が起きても上官へ報告するということができない。
だが、ブラパは最上位の悪魔神官。
並みの術者とは違い、報告する部下がいなくても確認する手段がある。
「気になるな……面倒だが、“死者の目”を使うか」
ブラパはいったん死霊兵の再生産を止めると、己の術を死霊兵のコントロールへと向けた。
“死者の目”は死霊兵の目を奪い、その視界を見ることができる術だ。
悪魔神官はその辺りの死霊兵に己の視界を繋いでみた。
……何かで大混乱なのはわかった。
「何が起きているんだ!?」
その辺りにいた死霊兵一人が見たものだけでは、既に原因が通り過ぎた後の光景しか見られない。“何が”が重要なのに、これでは意味がない。
「ええい、仕方ない」
どうしても気になるので……ブラパはあまり気が進まなかったが、借りる“死者の目”を数百に増やした。
彼ほどの高位術者になれば、一度にそれだけの事をして見せるのも可能……なのだけど。
この技術、どうにもならない欠点があった。
「うぉぉぉ……目が回る!」
視野がおかしなことになって、猛烈に気持ち悪い。
これ、付近一帯の死霊兵が何を見ているのかを同時に見るので……全然バラバラの数百人が見ているものを、同時に見てしまう事になる。
そんなふうに情報処理能力の限界を超えているのを、ブラパは練達のノウハウでなんとか制御しながらサーチしていくのだけど……どうも“原因”が凄いすばしっこいみたいで、なかなか視界に捉えられない。
少しずつ場所を絞って行って、ブラパはやっとパニックの原因を突き止めることができた。
「聖女か……!」
なぜか聖女が一人最前線を離れ、死霊兵の真っただ中へ突入していた。
しかも全身が強烈に輝くほどに聖心力で身を包み、武器も構えずに突っ走っている。
「何をしているのだ、あのバカは? 足で逃げ回っても、そのうちに……て、ええええっ!?」
聖女は武器ももたずに疾走して、死霊兵の群れの中に突っ込んで行って……そのまま通り抜けた!
そしてその後で、通過した場所に立っていた死霊兵が一斉に崩れ落ちる。
聖心力でくるまれた聖女自身がぶつかることで、死霊兵に大穴が開いてそのまま消し飛んでいる。
「なんだアレ!? どういう無敵モードだ!?」
剣士が構えている所へ、身長よりデカい巨大な石が転がってきたようなものだ。
あんな事をやられては、悪霊側には止める手段がない……。
「何考えているんだ、あの野郎……」
セオリーってものが分かっていない!
いくら何でも反則だろうと思いながら、ブラパが走り回る聖女をなんとか視界に捕捉すると……。
とうとう死霊兵の群れを通過したらしい聖女は、緑の丘に立つ魔族に向かって青白く光る棍棒を振り上げていた。
魔族は他の事に気を取られていて、後ろから殴りかかって来る聖女に気が付いていない。
「あーあ、何をやっているのだ、アイツは……まてよ?」
さっき役立たずの部下どもはまとめて処刑した。
この場所に、もう魔族など残っていないはずだが……周囲の警戒を怠っているあのバカは、何者だ?
そう思ったブラパの“視界”の中で、聖女が飛び上がって棍棒を振りかぶり……。
後頭部に衝撃を受け、ブラパの視界は暗転した。
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