第142話 悪魔神官は歯ぎしりします

 思いがけない事を言われて間抜けヅラを晒す修道女に、ココは裏の事情を教えてやる。

「わざとグダグダにしたんだよ。あの中で作戦を知らなかったのは魔族とナッツ、ゴブさんだけだ」

 ナタリアさん、魔物枠。


「えっ⁉ ど、どういうことですか⁉」

 余計に混乱するナタリアに、ココは何があったのかを話して聞かせた。

「あの尋問の本命はナバロだ。ナバロがヤツの頭にゆっくり打撃を与え、脳震盪でまともな判断力を奪ってしゃべらせる計画だったんだ」


 他の人間のとち狂ったとしか思えない行動の数々は、訳の分からないことをして魔族を余計にパニックに陥らせるためのダミーだった。

「魔族がどの程度耐性があるか、分からなかったから計画したんだ。ナバロのやることの意味を悟られないように、イカレた責め苦の中に本命を混ぜ込んだんだよ」

「そ、そうだったんですか……」

 ナタリアはへたへたと床に座り込んだ。

「私、本当に怖かったのに……それを先に教えてくださいよ!」

「教えたらナッツ、顔に出ちゃうだろ」

「そんなあ……みんなとうとう、って心配してたんでですよ!?」

「おまえがいつも私たちをどんな目で見てたのか、良くわかった」


 裏事情を教えてもらって。

 上司の薄情な扱いに、ぶちぶち文句を言いながら茶葉を取り換えていたナタリアだったが……。

「ココ様、今思ったんですが……あの場に私、必要でした?」

「当たり前じゃないか」

 至極真面目な顔の聖女様。

「みんなでノッちゃうと何が普通か分からなくなるだろ? おまえが泣き叫ぶことで、ヤツも『あ、これはやっぱり非常識なんだ』って思って現実から逃げられなくなるわけだな」

 生贄役とは言わないココだった。




 諸外国への通報と協力の要請を分担することを取り決めて、会議が解散しかけたところへ……。

 激しく扉が叩かれ、司祭が顔を出した。

「先ほど王宮へ送り出した魔族が、護送の馬車を破って逃げ出しました!」



   ◆



 馬車の揺れる振動で目を覚ましたダーマは、ぼんやりした頭で考えているうちに段々今あったことを思い出し始めた。

(クソッ!)

 あまりにおかしな状況で正気を失い、色々しゃべってしまった気がする。

 何がどうだったか、記憶があいまいなのだが……魔王軍の計画について口を割ってしまえば、細かいことまで言ったかどうかは些細な話だ。


(急ぎ知らせねば!)

 幸い、今いる場所は他に誰もいない。

 狭さとガタゴトいう音から考えるに、どうやら馬車のようだ。窓を隠され、扉に内側の取っ手が無いから囚人護送用なのだろう。

(ふっ、魔族を甘く見たな)

 こんな人間用の対応で、我が逃げられないと思うなどとは……。

 不十分な仕事ぶりをあざ笑いながらダーマは指先で魔法陣を空中に描き……描こうとして、できない事に気が付いた。

「?」

 手を見れば、げんこつ状態から指を開けないように指無しのミトンがかぶせられている……いや、大きさから見てドアノブカバーか?

 あまりに粗雑すぎる魔法封じだが。

(くっ……アイツら……!)

 手首は自由だが、指は全く開かない。

 指が動かないと魔法陣が描けない。

 ついでに詠唱もできないように猿轡も噛まされていた。


 この二つ、意外と効果的。

(くっそおおお!?)

 拘束を外そうにも、指が使えないと猿轡をはずせない。

 噛みつけないと、指先を自由にできない。

 この二つができないだけで、他は自由なのだから余計にたちが悪い。

(絶対にアイツらだ……!)

 嬉々として考案・実行している少年少女の姿が浮かぶ。

 こういう意地の悪いことをするのはあの聖女と王子に違いない。

(絶対に逃亡してやる……)

 ヤツラに吠えヅラをかかせるためにも、ダーマは必ず脱獄しなければと決意を固める。

(見てろよ、あやつら!)

 手負いの魔族はミトン? の端を歯と猿轡の隙間に押し込もうと、必死に悪戦苦闘し始めた。



   ◆



 司祭から急報を聞き……帰りかけていた王子様は会心の笑みを浮かべた。

「のってくれたか」

 ウォーレスも指示を出しながら、相好を崩す。

「色々小細工をしたかいがありましたね」

 ココと教皇は急いで部屋を飛び出していく。尖塔の上で「聖心力」を受信する為だ。

「各方面へ連絡は行っているな?」

「早馬が間に合っている範囲だけですが、多少は役に立つと思われます」

 セシルとウォーレスが何やら打ち合わせをしているけど、ナタリアには何だか分からない。

「え? 魔族が逃げ出して……聖心力って?」

 謀略が絡んでいるからか、スゴい活き活きした顔の二人が振り向いた。

「あの魔族が逃げやすいようにな、わざと警戒を軽くして護送したんだ」

「へっ?」



   ◆



 ダーマが何とかミトンをはずして馬車の扉を蹴破った時、護送の役人たちは全く反応できなかった。

 いきなり飛び出して逃げていく魔族を、ぽかんとした顔で見送っている。

(よし!)

 ダーマは必死に走りながら、逃走の成功を確信した。


 長距離の帰還魔法は、さすがに宙に描く程度では使用できない。

 だから魔法陣は緊急事態に備えて、潜伏していた廃屋敷に用意してある。

 ダーマは脚力に身体強化の魔法をかけて、役人がおたおたしているあいだに走り去った。




「よし、気取られた様子はないな」

 護送の指揮を取っていたナバロ配下の騎士がホッとした顔で振り返った。

 馬車の周りの役人や御者に扮した教会の折伏司祭たちも、とりあえずの任務を果たしたので肩の荷が下りた顔をしている。

 もし魔族が現場で暴れた場合に備えて、実は馬車の周りは全て退魔師で固めてあった。

「上手くいってくれればいいが……」

「王太子殿下の策が当たればいいですね」

 念のために距離を置いて追跡しつつ、囮部隊は囁き合う。


 ただ……彼らも、その後の混乱は予測できなかった。



   ◆



「なんなんだ!?」

 逃走するダーマは石を投げられていた。

 無関係なはずの民衆に。

 ついでに、棒を担いだ自警団にも追いかけられている。 


「またストリーキングが出たぞ!」

「くそっ、模倣犯か!?」


 そこで初めて、ダーマは尋問中に服を剥ぎ取られていたのを思い出した。

 真っ裸で街に出るのがどれほどおかしいか、そんなことは魔族にもわかる。まさかこんな逃亡防止策を考えていたとは……。

 かといって、ここまで来て逃げないなんて手はない。

「あの陰険王子どもがぁ!?」

 イモやら卵やらを投げつけられながら、ダーマは怨嗟の唸り声を上げた。




 まさか神官? と間違えられて石を投げられているのだとは、魔族の想像力の外にある。

 ……これに関してはセシルも想定外。



   ◆



「逃げやすいように?」

 ナタリアには王子の言う意味が分からない。

 ウォーレスが後を引き取る。

「ヤツが逃げ込んだ場所が魔王軍の拠点ということになります。で逃がして、巣穴まで案内してもらおうってわけですよ。その為にもヤツがパニックになるような尋問をして、頭がぼんやりしたままで逃げてもらう必要がありました」

 ウォーレスが布を見せる。一見するとただの布だけど……。

「身につけた物に染み込んだ聖心力に気が付かないように、馬車の中にも聖水をぶちまけるとか細工をしてあったんです。ヤツは今頃半減した思考能力のままで必死に逃げているはずです」

 セシルも楽しそうに指先で上を指す。

「そしてヤツの身に着けている物から発信される聖心力を、特に強い力を持つココと教皇が追跡する。だけでなく、近隣地区の教会に幹部級の神官を待機させるように早馬を回した。ヤツの逃げた方向がこれで一致すれば、討伐軍の派遣がやりやすくなる」

「ふわー……」

 ナタリアが感嘆して頷いた。

やってるんですね」

「おいウォーレス、この底抜け修道女を何とかしろ」

「うちはお預かりしているだけですからねえ。基礎教育は王国でやっていただきませんと」



   ◆



「と、言うわけでして。なんとか脱出し、戻ってまいりました!」

 巨大な洞穴の中に設けられた魔王軍の本営で、ダーマは上官である悪魔神官ネブガルドに一部始終を語った。


 黙って聞いていたネブガルドはしばらく無言のまま考え……。

「で、その格好のまま王都からここまで直行して来たわけか」

「ははっ!」

 決死の脱出行をしてきた部下に対するにしては冷ややかな態度で……ネブガルドはダーマを指し示した。

「己の姿を見て見ろ」

「は?」

 わけが判らないながらも、ダーマは魔力で空中に鏡面を浮かび上がらせて覗いてみる。

 そこには……。


 変態がいた。


 青い肌に引き締まった体つきの魔族がそこに映っている。

 経緯から、ある程度裸なのは自分でもわかっていたが……全く気が付かなかったが、余計な物が足されていた。


 頭に猫耳。

 首にはよだれかけ。

 脱がされたパンツの代わりに、モコモコおむつ。


「ヘンタイだ!」

「おまえだ!」


 まるで気が付いていなかった、そしていまだに気が付いていない無能な部下に向かって、ネブガルドは指先を振り……首を飛ばした。

「この、バカ者め……!」

 アホが恥をさらしながら逃げ回ったのはどうでもいい。

 そんな事よりも……。

「魔族の端くれでありながら、聖心力が込められている物を身に着けていることに気が付かないとは!?」


 ダーマに装着されていた物は、全て強い聖心力でされていた。

 こんなものをわざわざ用意したのだから、逃げ出させることが前提だったのだろう。

「追跡する為か……こちらの位置がバレたな」

 元から前倒しにした計画だったが……それどころではない早回しが必要になった。

 ネブガルドは激しく舌打ちをすると、他の幹部たちに相談する為に洞窟の奥へと歩み去った。

 



 ネブガルドは気が付かなかった。


 そのまま打ち捨てられたよだれかけの裏に、メッセージが記されていたことに。


 そこには文字とも言えないたどたどしい象形文字で、こう書かれていた。


『なかなか良かった。そのうち行くから、魔王にもよろしく』

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