第143話 聖女様はおかしなことを言われます
ビネージュ王国とゴートランド教団は魔王復活を既定路線と見て動き始めた。
それぞれが外交ルートを通じて援軍を要請し、共同して同盟軍の結成を呼び掛ける。
特にゴートランド教は魔王の復権を防ぐのが存在意義でもあるし、大同盟の結成を提唱するのにふさわしい発案者と言える。
ビネージュ王国も元々が勇者の子孫。自ら矢面に立つことを宣言して、周辺諸国の取りまとめに入った。
「こうなると、大陸会議でブレマートン派に情けをかけたのが役に立つかもしれませんね」
ウォーレスの言葉にココは首を傾げた。
「ヘロイストスの痴漢を不起訴にしたことか?」
「それはどうでもいいやつです」
今回の大陸会議で早々に脱落せざるを得なかったブレマートン派は、当然ながら目立った活躍を見せられなかった。
教団の方針策定において、そもそも超世俗派のブレマートンは主導権を握ることはできない。
ただ、いくらかでも有利な条件を引っ張って帰らないと……時の大司教は地元に帰ってから、「押しが弱い」として苦しい立場に置かれることになる。
その点で言えば今回は最悪だった。
自らの主張を、モンターノ大司教は全く呑ませることが出来なかった(それ以前に教皇選のおかげで時間が無くなり、どの派も教皇庁の素案を丸のみにせざるを得なかったのだけど)。
その原因はモンターノ本人の落ち度というより、代表団に参加したライバルたちの失態なので非難はされなかったものの……ブレマートン大聖堂に帰れば、参加しなかった「無傷の」ライバルがまだ手ぐすね引いて待っている。モンターノ政権の寿命は予断を許さなかった。
そこへ、教皇ケイオス七世が美味しい話を持ち掛けた。
◆
「大陸主要部をつなぐ物流網ですと!?」
「そうじゃ。ビネージュ王国のセシル王太子が企図しておるんじゃがの」
数十か国が割拠している大陸において、貿易または交易は基本的に隣国と行うものだ。
統一した貿易ルールやしきたりが無いので、やり取りはどうしても顔見知りとしかできない。商品自体は広い大陸の端から端まで流れるものもあるけれど、それはタスキを渡すように次々引き渡していった結果だ。
通商同盟を作って加盟国内ならどこまでも行けるようにすれば、広範囲に輸出したり産地直送で安く仕入れたりもできる。
「それは……大それたことを考えるものですな」
利に聡いブレマートンの長として、モンターノはすぐに利点は理解した。
ただ……。
「しかしそれを持ち掛けるのはいいとして……いかに大国ビネージュと言えど、直接外交関係のない国も多いでしょう? セシル様が国王の間に交渉が終わりますかな?」
ある種専門家なだけに、問題点もすぐに考え付いた。
初対面の相手との外交交渉は時間がかかるものだ。
セシルがこれから国王になって実権を握り、そして数十年後に没するまで……その程度の時間では、同盟樹立まで終わらないのじゃないかとモンターノは指摘した。
「さすがじゃの」
それは(王子に言われていたので)ケイオス七世も分かっている。
「で……王子は実利を取って、王国主導ではなく我がゴートランド教団で音頭を取ってくれないかと言って来たんじゃ」
「それは……!」
セシルが提唱して完成にこぎつければ、ビネージュ王国は大陸の盟主になったと言っても過言ではない。
しかしそれを諦め、早期に成立させるためにゴートランド教団へ名誉を譲るという。
教団は既に連絡網と各国へのつてを持っている。ほぼすべての国と同時に交渉を始められるし、進行役として中立を信じてもらえる立場でもある。
教皇は身を乗り出した。
「それで、どうじゃ? おぬしが旗振り役をやってみんか?」
「ワシが!?」
利益至上の体質上、こんなビッグチャンスをものにできればお膝元の貿易都市・エバーレーンでモンターノの地位は盤石になるが……。
「トニオ、大陸の交易をエバーレーンの商人が独占することになるぞ?」
思わずタメ口になった大司教の懸念を教皇は認めた。
「どちらにしても初期に体力のある商人が乗り出さねば、システムは安定して稼働せん」
そのうえで。
「但し! 閉鎖的なギルドを作って、よその参入者を締め出すような独占は許さん。それをコントロールして、押さえつけるのをブレマートンにやってもらいたい」
「……
利益の独占にまい進するのは商人の
それに歯止めをかけ、あくまで仕組みがうまく動くのを優先するには教団がイニシアティブを握ってコントロールする必要がある。
それをブレマートン大聖堂が主体となって行うには、城下町の意向最優先の今のままではうまくない。
「当然、過度に商人の御用聞きになっておる神官の粛清も……やることは山積みじゃぞ?」
「難しいことをおっしゃる……」
額に手を当て、モンターノは呻いたが……。
「……ワシの首というより、ブレマートンの浮沈がかかっておるというわけですな?」
スカーレット大聖堂の自滅で
もとから宗教人として信用されていないブレマートン。
大陸交通の要衝として大聖堂を置かれたエバーレーンは、教団的にはずせない聖地ではない。ブレマートンが大聖堂から格下げ、または大聖堂の数を増やして役職無しのヒラ大聖堂にしてしまうことも、今の教皇権なら可能。
リストラを突きつけるというより、長年の政敵に温情をかける顔でケイオス七世はモンターノに告げた。
「おぬしの所の今回の代表団。前回より更に腐っておったんじゃないかの」
「はっきりおっしゃる」
言われたモンターノも苦笑いするしかない。
もはや、神官ではない。
そう言っていいほど、生臭坊主が揃っていた。いや、そういうのしかいなかった。
「あの有り様では、ブレマートンに自浄作用を期待できるのは……おぬしがおる今回が最後かもしれん。ブレマートンの幹部で泥沼から首が出ておるのはおぬしとルブランぐらいではないか?」
「そうかも……しれんのう」
羽目を外すにしても、健全な店で遊ぶくらいならココに足を引っかけられることも無かった。実際、何人かは無事に帰還している。後のはあまりにアンダーグラウンドな所まで行き過ぎた。
この話を飲めばとんでもない苦労はするが……モンターノは
一方で代表団に参加したライバルたちは、大陸会議での利益誘導失敗の過失責任でまな板に載った状態だ。
「……わかった」
どちらを選んでも大変な苦痛を伴う二者択一を迫られた大司教だが……いっそ晴れ晴れしく笑うモンターノは、腹を括った顔になっていた。
「身に余るエサを、食わせてもらおう」
◆
「さすがに三大聖堂で一番政争が厳しいブレマートンで大司教まで上がった方ですよ。エバーレーンを牛耳る大商人たちをエサで釣り上げつつ、彼らの手先となっていた各級の神官たちに大ナタを振るいました。その上で並行して、もう主だった交易路沿いの各国と交渉に入っていますからね」
「へー……あの
ココはちょっと見直した。
ただ、長生きしたければダイエットはしたほうが良いと思う。
「平和なご時世に、各国とも国境の警戒より貿易の実利が欲しくて乗り気だったみたいなんですが……この交易網のプランが、対魔王同盟軍の動員に役立ちそうです」
「なるほど。兵と補給物資の輸送が一番の問題だものな」
話にちゃんとついてきて、ふんふん頷いているココ。
「……聖女様、そういう知識はどこから覚えてくるんですか?」
教義は全く覚えないくせに。
「セシルが時々きっつい条件のボードゲーム持ってくるんだ。過去の戦史とか模したヤツでな? 予備戦力とか兵站とか気にしてないと、あっという間に干上がるの」
「なるほど」
ココの説明に、事情が理解できたウォーレスも頷いた。
「殿下の女王教育も上手くいっているようですね」
「アレはそういう意図か!? 子供の遊びにしてはおかしいと思った!」
「どう考えてもそれ、軍部のちゃんとした
「だいたい、あいつ嫁に欲しいとか言ってたけど……お妃教育すっ飛ばして、女王教育って何!? どういうこと!?」
ココの悲鳴ももっともだが……。
「まあ、聖女様ですからねえ……」
「り・ゆ・う・に・なるかっ!」
「失礼。天下のココ・スパイスですから」
「どういう意味だ!? 私はなんだと思われているんだよ!?」
王都の闇を支配して王弟を失脚させて反体制派を軒並み突き落とした聖女様は、王子の過大評価に地団駄を踏む。
ウォーレスには、なんとなくセシルの想いも分かる。
「自分に万一の時は後を頼むつもりじゃないですか?」
「最悪だ! 私はそんなものになるつもりはないぞ!」
「殿下は一人っ子ですからね。陛下も回復してきているとはいえ、お体は弱いですし……万一のことも考えてしまうんでしょう」
「それを赤の他人の元ストリートチルドレンに期待するか!?」
「嫁になれば一番の身内ですから」
「あああああ!?」
もっとも、セシルの考えがどこにあるにしても……もしかしたら。
「……王子の手配りも、最悪無駄になる可能性も……あるわけですが」
「どういう意味?」
なにやら意味深なウォーレスの言葉にココが見上げると、教皇秘書もマジメな顔で見返してきた。
「いま王国が行っている勇者召喚の儀が終われば、同盟軍の招集に先駆けて勇者パーティの準備が始まります。そうなれば、王子より先に聖女様が出征になりますから……」
聖女は勇者について魔王討伐に行く。
そうなれば聖女の方が先に死ぬかもしれない。
ウォーレスがマジメな顔になるのも、もっともな話。
ただ。
「………………えっ?」
思いっきり驚いた顔で、ココが恐る恐る自分を指した。
「もしかして……私が魔王退治に行くのか?」
「……聖女って、なんだと思いました?」
ココは言いたい。
「……本人、承知してないんですけど?」
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