第141話 聖女様は魔族から情報を得ます

 魔族の男はゴブリンを胡散臭そうに見た。

「なんだ? ゴブリンを人質に取ったところで、我には痛くもかゆくもないぞ?」

「それはどうかな?」

 ココはゴブリンの手枷をはずさせた。

「おいゴブさん。こいつが今日の獲物だ」

「ギャ!?」

 ゴブリンが驚いてココと魔族を見比べる。

 それを見て男は冷笑を浮かべた……が、自分のパンツに手をかけて固まっている修道女ナタリアのことは頑なに見ないようにしているみたいだ。虚勢を張っているようである。

「ゴブリンに命を助ける代わりにと我を同士討ちにしろとでも言うつもりか? 甘いな。魔の者には逆らえぬ身分クラスがある。我が制止すれば、ゴブリンごときでは己が死んでも逆らうことなどできぬ!」

 そう断言した魔族だったが……。


 ココにそんなつもりはない。

「べつにゴブさんとおまえとを争わせようってわけじゃないぞ」

 ココが親し気にゴブリンの肩を叩く。

「ゴブさん、コイツを好きにしていいぞ」

「ゴギャ!?(マジで!?)」

 妙にいそいそと身支度をし始めるゴブリンに、魔族は眉をしかめた。

「なんだ? おまえ、コイツに何を指示した」

「大したことは言ってないぞ」

 ココはウキウキしているゴブリンを見る。

「ゴブさんはおまえみたいなのが大好きだから、好きにいいぞと言っただけだ」

「はっ!?」

「えーと、どういうことかと言うとですね……」


 ウォーレスの補足説明を聞いて、魔族の蒼い顔が青くなった。

「なっ、おいゴブリン! 我に手を出すつもりか!? 魔神への叛逆になるぞ!」

「グギャ……」

 魔族にきつく言われたゴブさんは、複雑な様子でしょげ返る。

「ギャッ! ギャギャ、ギャ! (それがまずいのは知ってる。けれど、俺にもやむにやまれぬ事情があるのだ……)」

 そこまで言うと、ゴブさんは悲壮な決意を込めた顔でグッとこぶしを握った。

「ギャ! ギャッギャ! (俺、まだ魔族の尻は試してないんだよ!)」

「それがやむにやまれぬ事情になるかぁっ!?」

「ギャギャ。ギャッギャッ!(悦楽の探究者に、希少な機会を見過ごすなどという怠惰は許されぬ!)」

「それはおまえ個人の事情だろうが!?」

「ギャーッ、ギャギャギャ!(全ては文化の発展の為! 究理の果てに深淵を垣間見るのを悪と言うならば……俺は喜んで魔神にも叛逆しよう!)」

「何カッコよく言ってるの⁉ この国はゴブリンさえおかしいのか!?」

 絶叫する魔族に、セシルが冷静にツッコミを入れた。

「ゴブリンはおまえのところの管轄だろ? 王国うちに責任転嫁するなよ」

その女ナタリアを泣かした責任を我になすり付けているのは、何処のどいつだ!?」

 速攻で言い返された。



   ◆



 ダーマが王子と言い合っていると、さっきから黙っていた聖女が戻ってきた。

「よし、できたぞ!」

 見れば青い色の人形を即席でこしらえていたらしい。

「どうだ、似てるかな?」

「ああ、上出来だろう」

 王子と話し合っているが、手元の人形はどう見てもダーマを模した物。

 聖女が寄ってきて、ダーマの髪を引っこ抜いた。

「えいっ」

「痛っ! ……おまえ、まさか?」

 ダーマの髪を聖女が人形の中に押し込んでいる。

「よし!」

 自分の仕事に満足げな聖女に、ダーマは怒鳴るのを止められない。

「ゴートランド教の聖女が民間信仰の呪いの人形って、おまえはいったい何やってるのだ!?」

「私の流儀に口を出すな。おまえには関係ない話だろう」

「関係ないわけないだろう!? 呪いの相手は我だよな!?」

 しばし、聖女とダーマは見つめ合う。

 そのまま目をそらして聖女はぶつぶつ呟き始めた。

「……で、たしか『君にもできる! 簡単呪い術』に寄れば……」

 ダーマのツッコミは無かったことにするつもりらしい。

 もう少し話そうじゃないか。

 できればダーマとしては、大まじめな聖女の元ネタが“一般人向けこどもだまし”という辺りもツッコミたい。


「うりゃ!」

 聖女は人形に針を刺す。刺した本人の中指より長い、太いヤツ。

 ぐりぐりやって、そして呑気に結果を聞いてきた。

「どう?」

「そんなので本当の呪いなど、かかるか!」

「うーむ……祈りが足りないのかな」

 頭のおかしな女の理屈が、さらに迷走をし始めた。

 聖女は木の棒の先に紐で輪を作ってダーマ人形の首を引っかける。

 腹に刃物が刺さった上に絞首刑になった“ダーマ”を振りかざし、聖女はむにゃむにゃ呪文を唱えながら“本人ダーマ”の周りをぐるぐる回り始めた。

「おい、コイツは本当に正気なのか?」

 見守る王子に思わずダーマが声を掛けたら、王子は王子で何処からかバイオリンを取り出して構えようとしている。

「……おい? 王子?」

 嫌な気がしたダーマが慌てて止めようと声を張り上げたが……。


 耳をつんざく高音域。


 王子の腕前は控えめに言って……錆びた鉄鋸か、絞め殺される羊の断末魔。

 控えめに言って。

 大事な事なので、二回言いました。


「ぎゃああああああ!」

 それを耳元で演奏してくれる。腕を動かせないダーマは耳もふさげない。

「おい、神官! こいつら何とかしろ!? おまえはうるさくないのか!?」

 ダーマに言われ、澄まして立っていた神官ウォーレスが王子を見た。

「そうですねえ……せっかく演奏を披露してくれているんですから、私が歌でもつけましょうか」

「そうじゃないだろ⁉」

 聖女がおかしいだけあって、ゴートランド教は神官もおかしい。

 神官は歌劇歌手の独唱のように腰のあたりに腕を構えると……。


『俺は麦を撒き キャサリンは昼食を鍋で煮る

 トーリャはどこだい? あの放蕩息子 

 ああ、納屋の陰で 隣のスザンナに種を撒いていたのかい

 ちょっと父さんと替わらないか? キャサリンには内緒だよ』


 わりと美声で朗々と歌い上げている、けれど。

「神官が歌うのが、なんで農民の種まき歌なのだ! しかも下ネタ系⁉」

 ダーマがもう何度目か分からないツッコミを入れると、逆に神官にダメだしされた。

「ちょっと、サビの部分に差し掛かったら『はー、どっこいしょ』って合の手を入れるのは常識でしょうが! 何やってるんですか!」

「おまえの村の習慣なんか知るか!?」

「失礼な、うちの村はこんなお下品じゃありません! 隣の下品なミンチン地方の歌ですよ!」

「じゃあおまえ、何で歌った!?」


 王子がお付きの騎士らしいのが突っ立っているのを見咎めた。

「おいナバロ、おまえもぼーっとしているんじゃない! ちょっとリズムを取ってくれ」

「どうしたらいいんですかね?」

「コレを一定のリズムでどこかにぶつけてろ」

 騎士は王子から、長い紐のついた小袋を渡された。ジャリジャリ音がするので、砂か小石が入っているらしい。

「はあ……わかりました」

 騎士が頷き、それをこっつんこっつん……ダーマのこめかみにぶつけ始める。

「おい、待てよ⁉」

「なんだ魔族?」

「それをぶつけるのが、なぜ我の頭なんだ⁉」

 この国、上から下まで訳の分からないヤツしかいない……。

「いや、だって……一応、拷問するからって呼ばれたんだし」

「くっ……なんで変な所だけ正論なんだ⁉」




 ダーマはされるがままの状態で、部屋の中を見回した。


 聖女が訳の分からない呪文を吐きながら呪いの人形を振り回して、おかしな踊りを踊っている。

 王子は楽器が自殺しそうな最低の演奏で悦に入っているし、神官は忘我の境地で下ネタたっぷりの労働歌を十五番まで熱唱中。

 騎士は死んだ魚のような目で相変わらず振り子をダーマにぶつけ、修道女はヒイヒイ言いながらパンツにいつまでも手をかけている……。


「なんなんだ、これは……」

 わけが判らない。

 気が狂いそう……とはよく聞くが、こいつら既に狂っているとしか思えない。

 ダーマが茫然としていると、一番視界に入れたくないのが鼻息荒く話しかけてきた。

「グゲッゲ、ギャギャ!? (体は正直だな。興奮してきているじゃないか)」

「興奮の種類が違う! ツッコミで血圧が上がっているんだ! ……この魔神の摂理に反したゴブリンめ! ロクな死に方をしないぞ!」

 ダーマに怒鳴られ、よだれを垂らしているゴブリンがハッとした顔をする。

「グギャ? ギャッ……ギャギャギャ!?(待てよ? マイナスの存在である魔物が魔神の摂理に反する……もしかして、マイナスにマイナスをかけた俺はプラスの存在に? つまり、衆道を求めし俺は人間神の摂理の体現者! ゴブリン×魔族は神の意思なのか⁉)」

「バカに知恵がついたらおかしな理屈をこね始めた!? とにかく俺の下着に手をかけるな!」


 狂乱の空間で一人、めそめそ泣いている修道女が鼻をすすりながら呟いた。

「これが悪魔の儀式サバト?」

「こんな無秩序で訳の分からないサバトがあるか⁉ 悪魔舐めるな!」

 泣きたいのはこっちだ。

 ダーマは修道女に向かって怒鳴りながら……いつまで正気を保っていられるだろうかと不安になった。


 

   ◆



 拷問じんもんを終えて、別室で教皇も交えてココたちは魔族の自白した内容を吟味していた。

「本当に魔王が復活するのか……!?」

 教皇が目を見張って呟いた。声には隠しようもない緊張がある。

「まさか下準備で、王国と教団を先に無力化しようと画策するとは……」

 教皇の知恵袋であるウォーレスも、額に拳を当てて深刻そうに床を見ている。

「すでに伝承でしかない存在になっていたので、正直魔王の再来をマジメに考えていませんでした。奴らが事前に謀略や偵察をするほどの知能と組織力を持っていたとは……」

 司祭の述懐ももっともだ。

 いくらビネージュ王国やゴートランド教団が魔王復活に備えた存在だとしても、四百年の年月は関係者の現実感を奪う。


「だが、手をこまねいているわけにも行くまい。むしろ魔王自体が復活する前に、奴らが拙速に動いてくれて良かったというべきかもしれん」

 セシルはある程度腹を括ったのか、冷静にチャンスであると指摘した。

 王子に言われ、一同が一斉に唸り声を上げる。

 その通りなのだ。

 敵が態勢を整える前に反撃を始めれば、その分こちらも楽になる。


 国際的にもどのように対策を取るか、王国と教団の首脳部はさらに突っ込んだ討論を始めた。




 そんな中で。

 お茶くみをやっているナタリアが、ちょっとホッとした顔でココに話しかけた。

「それにしても、これだけの情報を聞き出せてよかったですね……さっきの魔族の尋問、グダグダになって全く進まないものかと……」

「ああ、ナッツには説明して無かったな」

 ココがナタリアに顔を向けた。


「あれはわざとだ」


「…………はい?」

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