第140話 聖女様は魔族を尋問にかけます

「さて」

 ココは屋敷の奥深くにいた男に注目した。 

 どう見ても魔術師系。使役していたのが悪霊レイスであることを考えると、おそらくは死霊使いだ。

 ただ、気になるのは……。

「おまえ、顔色が酷いぞ。もしかして肝臓悪い? 酒を毎日飲むのは身体に良くないからな?」

「内臓疾患でこんな顔色になるかぁっ!?」

 違ったらしい。心配してやったのに。


 死霊使いは両腕をあげた。杖は使わない流派らしい。

「まったく、なんてヤツだ……ええい、今後の事を考えるとこいつはこの場で始末したほうが良いな」

 何やら物騒な事を言っているが、ココとて腕には自信がある。体格は確かにだいぶ劣るが、そう簡単にやられるようなスパイシー・ココ様ではない。

「ふっ、出来るモノならやって見ろ!」

 ココの方からも挑発する。やたら顔色が青い男は忌々し気に舌打ちをした。

「人間ごときが……良い。地獄の底で後悔しろ!」

 男の腕が動く。

 何か魔法の攻撃が来るか? と身構えたココの周りで……いきなり床が腐ったように黒くドロドロした状態に変色し、魔術で作られた沼から次々と白骨死体が湧き出し始めた。




 生意気な退魔師の周りをぐるりと冥界につながる腐肉の泥沼が囲み、現世に呼び出された武装した白骨……死霊兵が包囲を始める。

 強さで言えば死霊兵は狂霊法師にかなうものではないが、切られても死なぬ白骨たちが無限に溢れ出てくるのにいつまでも耐えきれる戦士などいない。

 ダーマなら、その気になれば平原を埋め尽くすほどの死霊兵を召喚することも可能だ。屋敷を半壊させるような暴力に訴える女とはいえ、数限りない死霊兵相手にどこまで粘れるのか……。

「ハハハハハ、どうせ最後は冥界に引きずり込まれるのだ。見苦しくジタバタあがかずに、さっさとくたばるのが苦痛を長引かせぬ方法だぞ?」

 ビックリした様子で自分の周りをキョロキョロ見回している少女退魔師。今初めて、自分がとんでもない事態に足を突っ込んだのに気が付いたのだろう。

 そのみじめな様子がまた、ダーマの笑いを誘う。優越感に浸りながら、魔族の死霊使いは人間の小娘に嘲弄の言葉を投げつけた。

「ワハハハハハ! どうした? 今更逃げる方法を考えているのか? 無駄だ!」

 先ほど殴られた仕返しが出来てダーマは留飲を下げる。

(後はこの女が泣き叫びながら、死霊兵たちに死者の沼に引きずり込まれるのを見届けてやろう……)

 そんな光景を楽しみにダーマが眺めていると……。


 こんな状況なのに何故か落ち着いている女は両手を床に向けると、爪先で床をタンッ! と軽くタップした。

 目の前が青白い光の奔流に包まれる。

「なんだっ!?」

 網膜を焼く猛烈な光で一瞬目がくらみ、ダーマが瞬きすると……そのわずかな時間のあいだに、死霊兵も霊的な沼も消え失せていた。

「あれ?」

 よく見ると、元の沼? らしいものがプスプス焦げて煙を上げ、急速に消え失せようとしていた。


 何度瞬きして目をこすっても、見える光景は変わらない。

「……死霊兵、どこ行った?」

「今の骸骨か?」

 ダーマの呟きに女が返してきた。

「私が軽ーく聖心力を込めたら、吹き飛んだ」


 ……そう言えばこの女、最初に聖魔法が漏れていた気がする。


 忘れていた。

 その後ずっと暴力に訴えていたから、ダーマもこいつは“なんでも腕力で解決する女”とだと思い込んでいた。


 無言で立ち尽くすダーマの元へ、女がのこのこ近寄ってきた。

「そういえば、私としたことが挨拶をするのを忘れていたな。こんにちは」

 女が呑気ににっこり笑って挨拶をしてきた。

 続いてどこからか取り出した、聖魔法で作られた棍棒を振りかぶった。

「そして、さようなら」



   ◆



 車寄せに乗り付けた馬車から王太子が降り立ち、待機していたウォーレスが駆け寄った。

「殿下、ご足労頂きありがとうございます」

「気にするな。緊急事態だ」

 その先はあまり人目のあるところで話題にするわけにいかず、速足で教皇庁を歩きながら小声で話を続ける。

「ココが魔族を捕まえただと?」

「はい。実に数百年ぶりに実在が確認されたことになります」

「とんでもないことになったな……」

 

 世界に魔物は溢れているが、魔族はいない。

 というのも、四百年前に大魔王が世界を征服しようとした時に知性のある魔人・魔物はおおかた魔王軍に所属していたため、魔王とともに滅ぼされたからだ。

「魔物も今ではオークやミノタウルス辺りのミドルクラスまでしか存在しない。伝承に残る大型で知性のある者が全く消え去ったのがおかしいとは言われていたんだ……やはり、魔王の復活に備えて隠れていたか」

 それが王都にまで偵察の手を伸ばしてきた。これが意味するところは……。

「……いや、憶測は止めよう。まずは魔族を尋問だ」

 セシルは頭を振って、広がる嫌な想像を打ち切った。




 聖堂騎士団が重装備で物々しく警備する大聖堂最奥部の一室に、聖女が捕獲した魔族が運び込まれていた。

 本当は王宮の地下牢で尋問したかったのだが、拘束から逃れて暴れ出した場合に備えて対魔物に強い教皇庁に捕えておくことになった。その為にセシルの方が出向いて来たのである。


 石造りの部屋に入って見ると、ココとナタリアが四肢を拘束された魔族の前で待っていた。

「おうセシル」

「どうだ、何か口を割ったか?」

 挑戦的な顔つきを見るに、どうもまだ何も吐いていないようだ。男が見下した顔でセシルを見る。

「ハッ! 貴様が王子とやらか? 我を甘く見ているようだな。にんげ」

「おまえを待ってて、まだ何もやっていないんだ」

 死霊使いがカッコつけるのを最後まで聞かず、ココが簡単に事情を説明した。

 一旦黙った魔族がココを見る。

「おい待て。さっきからやっていた生ぬるい拷問は?」

「待ってるあいだの暇つぶし」

「アジトの時から思っていたが! おまえ頭の中身がヤバいんだよ! 人間じゃないぞ、おまえ!」

「おいおい、何を言ってるんだよ……」

 分かってないクンに呆れたココが、ヤレヤレと首を振って顔を寄せた。

「一番怖いのは、生きた人間だぞ?」

「……おまえが言うと、言い古された言葉なのに別物に聞こえるわ」

「ちなみに好きな言葉は“有言実行”だ」


 ココは顔が引きつっている魔族から視線を転じ、周りの顔ぶれを眺めた。

「これでメンバー揃ったかな? じゃあ、“お楽しみ会”を始めるか」

「その表現がおかしい! おまえどんな育ち方したの!?」

「うるさいなあ」

 ココがウォーレスに顎をしゃくった。

「それじゃ、まずは自白をお勧めしてくれ」

「はあ」

 ウォーレスが魔族に歩み寄った。

「キミ、素直に何故王都に潜伏していたのか、何を企んでいるのか吐いたほうが良いですよ」

「そんな決まり文句で俺を脅しているつもりか? バカだな、ハハハッ!」

「そうですか」

 ウォーレスは強気な男に後ろの二人を指し示した。

「先ほど聖女様の頭がおかしいと言ってましたが」

「聖女!? コイツが⁉」

 信じられないという顔の魔族に、ウォーレスがセシルを紹介する。

「こちらの王子様も引けを取りません。おまけに」

 ココとセシルの年少美形コンビが可愛らしく首を傾げている。

「この二人が揃うと二掛ける二で四倍タチが悪くなります」




「やめろ!? おまえ、何だこの拷問は!?」

「なんだも何も」

 ナタリアが半べそをかきながら、ハサミで囚人の服を切っている。もちろん着たままのヤツ。

「純真無垢な修道女に、無理やり男の服を脱がさせるという拷問だ」

「それ、一番酷い目に遭っているのは我じゃないよな⁉」

 ココがナタリアを見る。目に涙を浮かべたナタリアが訴える。

「ココ様あ……私、私、こんな事もう無理です……」

「ダメだ! 人類のためだぞ? ほら、続けろ!」

 ココに代わってセシルが、めっちゃ人の悪い笑顔で魔族の顔を覗き込んだ。

「どうだ? 男の裸なんて家族の物さえ見たことが無い清らかな乙女に、自分の裸を見せつけるというのは?」

 正確には先日、僧兵団の裸を見ちゃっているのだが。

「しかもそんな加虐趣味をもたない女にむりやり自らの手でやらさせているんだぞ? おまえ、これだけの迷惑をかけておいて心が痛まないのか?」

「それを自分の部下に強制するおまえたちの頭のぐあいが信じられん!」

「強情だな」

 セシルが振り向いて指示を出す。

「おいナッツ、最後の一枚パンツはハサミで切らずに足首までめくって差し上げろ」

「ひいいいい!」

 蒼白な顔でおそるおそるパンツに手をかけ、しかし動かせずに悲壮な嗚咽を漏らしているナタリア……。

「あーあぁ、かわいそうにぃ。おまえが白状しないばかりにぃ、こんな迷惑が掛かっているんだぞぉ?」

 あてこするように大げさに嘆くココに魔族が怒鳴り返す。

「止めてやれ!? おまえらどこまで性根が腐っているんだ⁉」 

「コレは一生、ナッツの心に傷が残るかもしれないな……あーあーぁ、おまえのせいでぇ」

 セシルも聞こえよがしに悲しげな声で責任転嫁する。

「だから、何故人質がおまえたちの部下なのだ⁉ どういう理屈でやってるのだ⁉」

 喚く男の声に、絶望を含んだナタリアのすすり泣きが被さり……。

「あああああ……どうでもいい人間のはずなのに、この外道どもの卑怯な物言いのおかげでこっちがいたたまれない⁉」

「凄いでしょう? この二人の腐り方」

「分かっているならおまえが止めろ、神官!」


「ふーむ。これだけじゃ、まだダメか」

 ココが唸った。魔族の男はまだ頑強に抵抗している。そしてナタリアはまだ五センチしかめくれていない。

「しかたない、次の手だ」

 セシルが合図すると、ナバロたちがココの頼んだものを運んでくる。


「ウギャ?」

 

 それは物珍しそうに辺りを見ている、手枷をかけられたゴブリンだった。

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