第139話 聖女様は未知との遭遇をします

 警戒したのか、悪霊はたった二回で出て来なくなった。

 だけど壁の向こうには、まだ悪霊が騒めく気配がある。

 ならば。


「出てこないなら、こっちから行くか」

 シロアリを駆除する時は壁を剥がして何処まで広がっているか、確認するのが確実だって信徒の爺さんに聞いたことがある(気がする)。

 だったら悪霊の場合は……。


「どっせい!」

 

 ココは“聖なる杭打ちハンマー”を壁に叩きつける。

 廊下と部屋の間の壁に、どでかい穴がぶち抜かれた。くぐって部屋に入り込んでみると、こっちの方が音が大きい気がする。

「ふふん、やっぱりな!」

 道に沿って歩いて行くから捕捉しきれないのだ。音が大きい方へ“直行”すれば、きっと湧いて出てくる現場を押さえられるだろう。


 聖女様は自分のナイスなアイデアに満足した。

「よーし、発生源を突き止めるとするかあ!」

 ココは腕まくりをすると更に奥の壁へと向かい、“聖なるハンマー”を大きく振り上げた。



   ◆



 ぷるぷる震えながらもやっと起き上がった死霊使いダーマは、床に血の混じった唾を吐くと涙目で叫んだ。

「なんなんだ、あいつは!?」

 意識体を殴られたところで身体にまで影響は無いのだが、受ける痛みは肉体に直で損傷を受けたに等しい。しかも相手の攻撃があまりにダイレクト過ぎて、精神がそのまま反応してしまったから身体も一緒に吹き飛んでしまった。

 つまりダーマ自身が転げまわったのは、あの女に殴られた衝撃というより自分の身体の筋肉が反射的に突っ張ってしまったから……その理屈が分かるだけに余計悔しい。

「これ、ほどの恥辱ぅ……生まれて初めてだっ! あいつめ、発狂ごときでは済まさない! 恐怖の中で細かく刻んで、魂は冥界の底に沈めてやる!」


 許さぬ。

 絶対許さぬ。


 死霊使いとして腕前もプライドも高いダーマは、ひ弱な人間ごときに恥をかかされたのを放置などできない。

 特にこの、いまだに顎の感覚が無いのはタダじゃ済まさない。殴られた衝撃で舌を噛んじゃったのは最悪だ! めっちゃ痛い!

「我の最高奥義で生きたまま捕まえ、あいつも同じ目に遭わせてやる! 野郎、顎が砕けるまで殴ってやるからな!」

 死霊使いの腕より拳闘で決着をつけたい、ハードパンチャー・ダーマは両腕を高くかざすと、うまく回らぬ舌で召喚の呪文を唱え始めた。



   ◆



 壁を何枚か突き破り、ついでにあちこち崩してみて……ココは首を傾げた。

「探すとなると、なかなか居ないな……」

 せっかくこちらから出向いてやったのに、悪霊レイスはどこかに行ってしまった。

「なんだ、二体で終わりか? 他にもいたよな?」

 楽しくなってきたのに、お試しで終わりとか。悪質な体験版にココは唇を尖らせる。

「このさい悪霊じゃなくてもいいぞ? 隣近所から噂になってるくらいなんだから、もっといるだろ? 他にさあ」

 この際、出てきてくれるならモンスターでもお化けでもいい。

 ココちゃんゴートランド教の聖女として、女神の名のもとに殴り足りない。

「うーん……んん?」

 静かに辺りを見回し、気配を探っていたココの肌に……さっきとは違うけど、何か別の邪悪な気配が伝わってきた。

「……うむ。こいつは……発生源のヤツかな?」

 微弱でしか感じられないのでまだ分からないが、どうもコレはボスのお出ましじゃないだろうか?

「絶対野良の悪霊じゃないと思ったんだ。よしよし、待ってろよ……」

 ココは感じられる“何か”の方向へ向け、再びハンマーを振り上げた。



   ◆



「ふ……ふふふ……やり過ぎか? いや、最大戦力で押しつぶしてやる……!」

 ダーマは目の前に並んだ己の精兵に、満足げな含み笑いを漏らした。


 狂霊法師アンデッド・ネクロマンサー

 悪魔祓いなどに失敗し、自分の方が取り殺された高僧たちの成れの果てだ。

 当然ながら霊力は高い。それぞれが魔術を使い、自らも死霊ながら死霊を呼出し使役する。彼ら一人一人が生きた人間の高位魔術師に匹敵する。

 ダーマは数百年の間にコレクションした、十体の狂霊法師をすべて呼び出してやった。

 顔が見えないほどに深くフードをかぶり、ぼろ布のようなガウンを着た姿の死霊たちは……黙って立っているだけで、背筋が凍るほどの威圧感を醸し出している。こいつらの姿を見るだけで、並みの退魔師は耐えられるものじゃない。


 我が手駒ながら素晴らしい。

 どんな術を使っても歯が立たない絶望感に泣き叫びながら、あの暴力女は死んでいくのだ。

 その様子を思い浮かべると……。


「ククク……ハハハハハッ! アーハッハッハ! こいつらに囲まれた、あの女の怯えるさまが見ものだな!」

 ダーマは約束された完全勝利に笑いが止まらない。



 さっき確認したら、あの退魔師は既に場所を移動しているようだ。

「ヒャハハハハ、逆に好都合よ! より奥に踏み込んでいるうちに、あちこちから湧いて出てくる狂霊法師に段々囲まれていく……どんな焦ろうと逃げられない恐怖に息を詰まらせろ! ワハハハハハ!」

 主の指令があるまで黙って立っている手兵の前で、死霊使いが高笑いを続けていると……不意に視界の端がチカッと青白く光った。

「ん?」

 明るい必要が無いので、この屋敷に光源など無い。

 ダーマがそちらを見ようとしたら、それより先に蒼白色に輝く棒がいきなり湧いて出てきて……目の前の全てを薙ぎ払った。


 全てを。


「え?」

 ダーマの大事な狂霊法師は横殴りに飛来した光る棒で全員まとめて、面白いほどにくの字に曲がって壁に叩きつけられた。

『オオオォォォォォォォォォッ!?』

「ええ?」

 一体を片付けるにも相当な数の退魔師が必要と自負していた狂霊法師が、断末魔の悲鳴を上げて消え去っていく。

 ダーマがコレクションしてきた闇堕ち高僧たちは、一瞬でとどめを刺された。


「……ちょっと待って?」

 こいつらに物理攻撃は効かないし、指示者である自分の命令を完了させない限り冥府にも帰らないはずだが。

 ダーマはもう一回腕を振り上げ、狂霊法師を呼び出してみる。

 一体も出てこない。

 どころか呼び出しに応じる手ごたえもない。

「完全に消滅した、だと……?」

 そんなバカな。


 ダーマが腕を力無く垂らし、茫然としていると……。


 壁の大破孔から、さっき死霊の視覚越しに見た顔がひょこっと顔を出した。

「おっ、やっぱりいた!」



   ◆



 ココが次々壁を破壊していくと、どんどん気配も強くなる。

 ついでにどんどん家もグラグラしてくるけど、そちらはなぜなのかまったく理由が分からない。




 ある程度進むと、急に不快な空気が強くなった。まるで不意に人数が増えたような……。

「なーんて、そんなわけ無いよな。たぶん今の壁が分厚かったからだな」

 壁一枚挟んだだけで気配は感じにくくなるものだ。きっとそのせいだ。

 でも……。

「逆に言ったら、それだけ近くなったって事かな……?」

 実際、今は凄く近くに嫌な気配を感じる。問題のボスはたぶん、この壁の向こうにいるんじゃないか……?

 ココはそんな気がする。

「よーし! 軽く様子見に、一発ツッコんでみようか」

 ココは武器を“聖なる杭打ちハンマー”から“聖なる物干し竿”に持ち替える。壁ごとやっちゃって反応を見るから、思いっきり聖心力を込めてみた。


 角度を見定めて“物干し竿”を両手で振りかぶり、片足をあげる。一本足打法ってヤツだ。棒球にハマってる信徒のおじちゃんに「威力が出るんだよ」って教えてもらった。

 あげた足を半歩前に踏み下ろしながら、それに合わせて竿をフルスイング!


 ココが振り抜いた後には、壁の腰高辺りに一直線に切れ目が入った。

「うしっ! 良く分からないが確かに手ごたえがあった!」

 悪霊だか生身だか分からないが、何匹か殺った手ごたえを感じる……もしただのホームレスだったらごめんなさい。

 ココは壁を蹴破り、その向こうの部屋をのぞいてみた。



   ◆



 破壊された壁を踏み越え入ってくる女は、肉眼で見てもやっぱり子供にしか見えなかった。


 いや、そんなことは今はどうでもいい。

「お、おま……どうするんだ、この惨状!?」

 ダーマは思わず除霊屋の女を怒鳴りつけた。


 今、ダーマの立っている場所から見るだけでも……。

 はるか先まで、何枚もの壁に大穴が開いている。

 この女を元々死霊で襲った場所から考えると、被害が見える範囲だけで済んでいるはずがない。

 元々老朽化が進んでいた邸宅だったが……これだけ壁や柱を破壊してあると、どう考えても修理するより立て直した方が早い。




 たまたまアジトに使った屋敷のことなど、魔族のダーマが気にする必要はない。

 必要はないが……あまりの破壊振りに、これを見た家主のショックに同情してしまう。

「どうするんだ、おい!? 直しようがないぞ!?」

 ボスらしいヤツにいきなり怒鳴られ、ココも半壊した屋敷を見回す。

「どうするんだよ、おまえ。こんなにしちゃって」

「我が聞かれるの!? やったのはおまえだろう!?」

「勝手に住み着いて原因を作ったのはおまえだ」


 平然と責任転嫁してくるココに、ダーマは開いた口が塞がらない。

(こいつ……ヤバい!) 

 退魔の能力がどうとかじゃなくて、人間として頭の作りがヤバい。


 ココは通ってきた道を見て、頭を掻いた。

 正直こうやって見てみるとやりすぎたかな……って気もするけど、既にやっちゃった事をいまからアレコレ言っても始まらない。

「うーん、まあ、アレだ。どうせもう手直しで済まないぐらいぼろかったんだ。立て替えるのに壊す手間を省いてやったって事で、持ち主には納得してもらおう」

「いや、納得しないだろ、こんなの!」

 ココは独り言で言ったのに、横からお化けのボスがつべこべ言ってくる。

 まったく、これだから半端者は……。

「おまえは馬鹿だなあ」

 ココは変なヤツを見据えて、ニタリと笑った。

「納得するかどうかじゃない。させるんだよ」

「おまえ、悪魔だっ!?」

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