第124話 宣教部長は画策します
選挙戦で邪魔なゴートランド派の聖女を排除したい。
スカーレット大聖堂・宣教部長のネブガルド司教はそう考えた。
教団全体の公式な聖女(と言うことになっている)、ココ・スパイス。
この女の存在はスカーレット派にとり、教皇選において非常に目障りだ。
外ヅラが非常に良いため王都周辺では非常に人気があって、こちら側の聖女フローラの知名度が全く上がらない。しかもか弱い少女を演じている裏では後ろ暗い手段に平気で手を染め、あらゆる手でカネを稼ぐとんでもない闇落ち聖女らしい。
裏から手を回し、“不幸な事故”で聖女が表に出られないように工作……したいのだが、本拠地を遠く離れていてネブガルドの手元には駒が無い。
「参ったな……」
聖女が下町で慰問中に流血沙汰のトラブルに巻き込まれるとか、あるいは暴漢に襲われるのが良いのだが。
聖女が怪我をして遊説をリタイヤせざるを得ないのが一番だが、恐怖体験でトラウマを負って町へ出られなくなるのがちょうどいい。
「裏の者は先日の一斉摘発で酷いことになったからな……補充した者どもをこういう任務で使い潰してしまうと、猊下支持の世論形成のほうが困る」
かといってこの町では、ネブガルドが使い捨ての無法者を現地調達と言う手が取れない。
にわかには信じられない話だが、生まれが卑しい聖女はなんとビネージュ王都の暗黒街に顔が利くらしい。ならず者に仕事を頼んだ途端に聖女へ全てタレ込まれては、こちらの目論見が逆効果になってしまう。
結局、自前で用意するしかない。
「…………しかたない、か……」
ネブガルドは色々諦めた顔になると、手を叩いて部下を呼んだ。
「と、いうわけで……おまえたちは謎の暴漢に偽装して、下町で隙を見てココ・スパイスを誘拐せよ。それが出来ないようなら強襲し、痛めつけてヤツがしばらく表に出て来れなくなるようにしろ」
ネブガルドの指示を受け、スキンヘッドの男は眉をひそめた。
「これは宣教部長どの、異なことを申される」
肉体で神を賛美する男、僧兵団長ダマラムは筋骨隆々の身体を誇るように胸を張った。
「我ら僧兵団、女神の為にただ一心に鍛錬に励む集団なれば……闇討ちなど、神に恥じいる事などできませぬ!」
思った通りの反応に、ネブガルドは内心でやっぱりな……と思った。
協調性と言うか、阿吽の呼吸と言うか、上司への忖度と言ったものがこいつら僧兵団にはない。
ないというか、頭がおめでた過ぎてそういうことができない。
(まったくめんどくさい連中だ)
正直まともに任務を全うできるとも思えないが……今、潰してしまっても構わない戦力はこいつらぐらいだ。ダメ元でぶつけて嫌がらせぐらいにはなるだろう。
「よいか、ダマラム。よく聞け」
「はっ!」
ネブガルドはダマラムに声を潜めて耳打ちした。
「いいか、聖女を襲撃するのは謎の暴漢だ」
「はあ?」
「そしておまえたちは僧兵団だ」
「はっ、その通りであります!」
「謎の暴漢と僧兵団はイコールではない」
「はあ、そうですな」
「つまり僧兵団が聖女を襲撃するわけではない」
「えーと、あー……なるほど?」
「うむ。だから僧兵団は関係ないから早く聖女を襲いに行け」
「ははっ! 何だかよくわかりませぬが、よくわかりました!」
胸を張ってニカッと笑った筋肉男は、小難しいことばかり言うインテリの上司に姿勢を正して敬礼した。
「では、ただちに聖女を襲ってまいります! このダマラム、必ずやご期待に沿って見せましょうぞ!」
「うむ、期待しているからさっさと行け」
意気揚々と僧兵団が出て行くと、今の会話だけで疲れたネブガルドは……背もたれにもたれ掛かり、長く長く息を吐いた。
◆
(うーん、つけられているな)
下町の教会や養護施設を
十中八九、選挙戦がらみだろう。
(この状況だとスカーレット派だろうな。断言はできないけど……)
そこしか係争中の相手がいないから自然とそう結論付けられる。
一応、もしかしたら別の組織かも……という可能性も考えはした。
ただ……。
視界の端をウロチョロする、フード付きのマント男。
……が、何人も。
しかも全員やたら体格がデカい。マント越しにも盛り上がった筋肉が分かる。
さらには。
「うおっ!」
通路の端の空樽を蹴り倒し、
「しまった!」
洗濯物に引っかかり、
「ほーら、オジちゃん怖くないよお?」
「ギャーッ!」
子供に泣かれる。
(忍ぶ気、あるのかなー……)
全然隠れられていない尾行者に、ココの方の緊張感が維持できない。
挙句の果てには、
「ココ様。あの人たち、集会に参加しないのに一件目からついてきてますよね……熱心な信徒さんにしては変な気がするんですけど、気持ち悪くないですか?」
「……どんくさいナッツに最初から感づかれているとかさ……」
ナタリアに袖を引かれながら、ココはがっくり首を傾けてため息をついた。
間違いなくスカーレット派のアイツらだろう。
見え見えの尾行をしている辺り、嫌がらせか警告のつもりかもしれないが……延々付いて来るということは、手出しをしてくるつもりがあると見た。
「少なくとも証拠に二、三人捕まえとかないと、問い質したってしらばっくれるだろうな」
そもそもヤツら自体が生き餌かも知れないが、それならそれで真の戦力が出てくればありがたい。
ココは乗ってやることにした。
◆
さりげなくナタリアを横からはずしてウォーレスへ通報しに行かせ、ココ自身は一人でふらふら裏路地へ入っていく。ヤツらが仕掛けやすいように一人になり、敢えて隙を見せた。
(さあ、舞台は作ってやったぞ?)
ちょっとあからさまだっただろうか。
(あの僧兵団の連中だったら、コレで引っかかりそうだけど……)
やや広くなった倉庫街の真ん中で、一人待つ。
人数を頼みに袋叩きにするつもりだろうか。
それともアイツらは実は飾りで、ココの慢心を突いて本命の実力者が出てくるとかなら大したものだ。
どっちかなーとワクワクしながら待っていたら……。
一斉に無人の広場に踊り込んでくるマント男たち。グルっとココの周りを取り囲む。
「フハハハハハ、一人になるとは油断だぞ!」
「あー……なんだ、前者かぁ」
「む? なんだ?」
「いや、こっちの話」
囲んだ男たちの一人で、なんだか聞き覚えのある声の男が勝ち誇る。
「一対多数のこの状態、おまけに応援など来ようもないこの場所……聖女殿、怪我したくなければおとなしくするのですな!」
「このあいだはこの人数差で、おまえらぼろ負けだったよな?」
男は虚を突かれたように黙り込み、無言の時間がしばし過ぎ去る。
「な、何をおっしゃっておるのか判りませぬな! 我らは謎の暴漢ですぞ!」
再起動した狼狽する団長(多分)に、ジト目のココが重ねてツッコむ。
「いや、僧兵団だよな?」
「僧兵団などというイカした団体の事は聞いたこともない!」
「聞いたことも無くって、イカした団体って……」
「むう、誘導尋問かっ!? さすがは聖女殿、大した知恵者よ!」
「……なんだか、マジメに生きてるのがバカらしくなってくるな……」
どう考えても観念して正体を白状する場面だと思うんだけど、向こうはそうは考えていないようだった。
「フフフ、聖女殿も諦めが悪い。仕方がない、実力行使で行くぞ!」
「おうっ!」
まだ初対面の暴漢を装うつもりらしい。
「諦めが悪いのはおまえらだろ……」
ココはいいかげんバカの相手をしているのが面倒になってきた。
うん、もう片付けてしまおう。
「あー……いいよ、それで。さっさとやろうぜ」
(とにかく僧兵団の連中なら、まとめて叩いてふん縛ってしまえばいいか)
強さのレベルも分かっているから、生け捕りもやりやすいと言えばやりやすい。
ココは手を合わせ、“聖なる物干し竿”を出す。軽く振るって顔をあげた。
「こっちはいつでもいいぞ?」
むこうも武器は用意して来たらしく、
……あからさまに聖職者の武器なんだけど、そういうところをごまかす発想もないらしい。
団長? がなぜか自信満々に上から目線で褒めてくれる。
「この段階に至ってまだ逃げぬとは、覚悟が良いのは褒めて差し上げましょうぞ!」
「いや、それを言ったらおまえらの往生際が……もういいや」
これ以上ツッコんでも気力の無駄な気がする。
もうとっとと片付けて、ウォーレスが捕り方を連れてくるのを待っていよう。
ココはそう考えて、“聖なる物干し竿”を腰だめに構えた。
「ククク……われら謎の暴漢団の実力は先日の比ではございませぬぞ!」
「おい、初対面じゃなかったのか?」
ダマラムだかダグラスだか言う男、どこまでツッコミどころを残しているのか。
ブレまくりの設定に何度目かわからないため息をついたココだったが……。
「ささ、我らの真の姿、とくと見よ!」
「もうお腹いっぱいなんだ、けど……」
謎の暴漢団(笑)がマントを脱ぎ捨てた途端……ココは武器を構えたまま、硬直してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます