第123話 聖女様は貫録を見せます
聖女の不可思議な指示に、教皇はじめ派閥の要人たちは頭に疑問符を浮かべた。
「変わったことはするなと……いつも通りにしていろと言うことか?」
「そうだ」
教皇の確認に、ココも首をこっくり縦に振る。
「いいか、最下層の庶民だって思うところはあるんだからな? 普段顔も見せないヤツが選挙になった途端に愛想を振りまいてきたら、逆に警戒されて距離を置かれるぞ。都合がいい時だけ友達ヅラするようなヤツを誰が信用するか」
その辺りはココの方がエリートたちよりよほど詳しい。
「では、こちらの選挙運動はどうする?」
「貴族や上流階級に、支持を取り付けに走るのは行っていい。それといつもやってる儀式や礼拝堂に顔を出すのはどんどんやれ! 下町は私が慰問にかこつけてほっつき歩くから、おまえはとにかくドシッと構えてメンツを安売りするな!」
「わ、わかった」
指示を飛ばすココの背中を見ながら、ナタリアは隣のウォーレスに囁いた。
「なんか、ココ様の方が教皇聖下より上役っぽいですよね」
「言わないでやってください……選挙の前に鬱になられちゃ困るんです」
◆
スカーレット大聖堂で“真の聖女”ではないかと期待されているフローラは、迷える人々を導かんと大恩あるヴァルケン大司教の応援演説に精を出していた……が、どうにも成果ははかばかしくない。
「なんなの……演説を聞く人間がほとんどいないじゃない!」
私が本当の聖女だと主張しても、街の人々は首を傾げて遠巻きにするだけなのだ。
どうもビネージュ王都の人々にとって、“聖女”が主義主張を叫ぶのは違和感があるらしい。
「ゴートランド大聖堂では、歴代の聖女はほぼお飾りだったようです。王侯貴族の姫が慈善活動に従事するのを“聖女”と呼んでいるみたいで……」
「そんなの、聖女である意味が無いじゃない……あの強欲女も?」
歴代聖女の事情なら分かる。
でも、今のココ・スパイスとか言うふざけた女はどうなのか?
「……偵察に行くわよ!」
「ははっ!」
いつもなら郊外や近隣の地方まで足を延ばすことも多いココの慰問だけど、“選挙”のおかげで二週間ほどは王都の施設を集中的に回っている。
「聖女様ぁ!」
有名人の慰問を嬉しそうに出迎える子供たちに、ココもはにかむように微笑んでそっと手を振り返した。
「こんにちわ、皆さん」
ベールに収まりきらない銀糸のようなさらさらの髪が風にたなびく。
楚々としたやや童顔の美貌は儚げで、ほっそりとした姿形と相まって……目を離せば何かの拍子に消えてなくなりそうなほどに、その幻想的な美しさを持つ少女は非現実的な存在に見えた。
そんな中でもアイスブルーの双眸は生き生きと輝き、この雪の精霊のような少女が確かに生きた人間なんだと主張している。
「お元気ですか?」
「素敵ですね」
「あなたに女神様の祝福を」
言葉は少ないながらも、思いやりの感じられる温かい言葉に慰問先の人々は感涙にむせび……。
眼を真ん丸にしたフローラはお供の襟首を捩じり上げた。
「あれは何!?」
「あれが、ゴートランド派が聖女と主張するココ・スパイスでして……」
「そんなのは大聖堂で会っているんだから知っているわよ! そうじゃなくて!?」
教皇庁で初対面からやりあったのだから見間違えようもないのだけど……顔かたちを知っていてなお、言わなければならない言葉がある。
“あれは……誰だ!?”
◆
「どう見ても詐欺じゃない!」
大聖堂に帰ってくるなり押しかけて来た“自称ライバル”を、一日外回りで疲れたココは胡散臭げに横目で眺めた。
「なんだ、いきなり挨拶もなく」
「なんだじゃないわよ!? あなた外だと別人じゃない!」
どうやら、ココが慰問先で猫をかぶっているのをどこかで見たらしい……つまらないことを気にするヤツだ。
「おまえな、これは仕事だぞ? 子供の遊びじゃないんだからさ……お客にはきちんと接客しろってスカーレット大聖堂じゃ教えてくれないのか?」
「あ、あなたね!? 大事な聖務を接客ですって!? なんて言いぐさで……」
どうもココの言葉選びが気に食わなかったらしく、また爆発しそうなフローラだったが……。
「できてからケチを付けろ、半人前が」
口だけは達者な新人に、ココは当代の聖女としてビシッと言ってやる。
ココとてこの道八年の先輩だ。年上だろうと生意気な新人には容赦しない。
「
「ぐっ……!」
そう。
ココはたとえ日給銅貨八枚でも、仕事はきちんとやる女なのだ。
(なんなの、コイツは!?)
金の亡者とフローラの聞いていた“偽聖女”は、実際に会って見たら想像の斜め上を行くとんでもない女だった。
金に汚いという話は聞いた通りだったが、おかしな言動はそれどころじゃない。自分の加護者でもあり、教団のトップでもある教皇を会議の席上で踏み潰したのを目撃した時の衝撃は筆舌に尽くしがたい。
一方で論戦を挑めば、どこか一本筋の通った理屈で痛いところを突いてくる……なぜか一々商売に絡めてくるのがまた腹立たしいのだが……。
「……気に食わないわね、あなた!」
何かの間違いで選ばれたくせに好き放題しまくり、女神様の教団を食い物にして横暴な真似を恥じない“偽聖女”。
このような神敵を何としてでも滅せねばと、フローラは意を強くした。
「そうか。お互い様だな」
アホの
◆
ブレマートン派の領袖、モンターノ大司教は意外な成り行きに唸った。
「うーむ、教皇選の争点が聖女勝負になるとは」
ビネージュ王国王太子を歓迎して各派の党首と四人のささやかな宴席に向かう途中、教皇庁の廊下でゴートランドとスカーレットの聖女が対峙していたのだ。
「いや、べつに聖女が喧嘩しとるだけでアレが争点では……」
ゴートランド派のトップ、教皇が慌てて訂正を入れたが……モンターノにはちょっと思うところがあるらしい。
「くぅぅ……こんな事ならうちも準備しておれば良かった。そうすればこの選挙、うちにもワンチャンあったのかのう」
おかしなことを言い出したライバルに、スカーレット派の頂点、ヴァルケン大司教は眉をしかめた。
「モンターノ、貴公……まさか、うちにも聖女がなどと言い出すんではあるまいな」
「いや、聖女ではないのだが……こういう勝負であれば、うちにも強力な手札があったのだ」
「?」
王子様も含め、他の三人はモンターノが何を言っているのかわからない。
胡乱げに見守る三人に、失策に唇をかむモンターノは無念の思いを吐露した。
「つい先日、我がブレマートン大聖堂ではな……“ミス・ブレマートン”コンテストを開催したところだったんじゃ!」
……“ミス・ブレマートン”コンテスト。
「……いや待て」
教皇ケイオス七世は額を押さえて待ったをかけた。
「それは何のコンテストなのだ?」
「何のって……」
おかしなことを聞かれたモンターノ大司教が首を傾げた。
「美人コンテストに決まっておろうが」
「大聖堂主催でか?」
「ワシは大聖堂の主じゃぞ? よそでやってどうする」
華々しいイベントの様子を思い出し、モンターノが顎を撫でながら悦に入る。
「実に盛大なイベントであったぞ……『修道女の部』『信徒の部』『総合』で我がゴートランド教団の華たちが一斉に美を競い合う……あのレベルの高さはもう、大陸ナンバーワンを決める大会と言っても過言ではなかったな!」
「いや、おぬし……美人コンテストで『修道女の部』?」
呆気にとられる教皇に、鼻息荒く目をキラキラさせた大司教はサムズアップをしてみせる。
「もちろん、水着審査ありじゃ!」
「大会委員長は僕が務めました!」
「あれは良かったのう! いや、眼福じゃった!」
「そうでしょ猊下! 僕も水着のデザインを頑張った甲斐がありました!」
鼻の下を伸ばして和気あいあいと語りあう
やっと我に返った
「き、貴公ら……修道女にそんな裸同然の恰好を強要したのか!? 恥を知れ!」
「やだなあ、ミスコンですよ? 希望者だけに決まってるじゃないですか」
「修道女で? 希望者などいるのか、そんなのに!?」
「え? みんなノリノリで希望者が多すぎて、急遽予選もしたんですけど?」
もう一度正気に戻ったヴァルケンが怒鳴りつけた。
「そ、そもそも! 貴公ら幹部が率先して修道女に水着など着せるとはどういうことか!」
「え? なんで?」
モンターノが真顔でヴァルケンにツッコんだ。
「
「うっ‼」
「今年のミス・ブレマートンに輝いたシスター・トレイシーの色っぽさときたら……あのボンッ・キュッ・ボンッのグラマラスバディーの前には、ゴートランドやスカーレットの鶏ガラ娘など鎧袖一触であったな!」
「全くですよ! 惜しい! 実に惜しい! ああ、シスターを大陸会議に連れて来ておけば……今頃大司教猊下が満場一致で教皇だったんですがねえ」
「いや、だから聖女対決が選挙のメインではなくてだな!?」
「モンターノ、貴公のところは上から下までどうなっておるのだ!?」
「さすがにココじゃ水着審査はな……ナッツならいいところまで行けそうな気がするな」
某大司教の余計な一言のおかげで廊下で引っかかっている重鎮たち。
その後ろで右往左往するお付きたちの中、一人スカーレット大聖堂宣教部長のネブガルドはココの背中を見つめていた。
「……やはりシスター・フローラではアレを潰すには経験が浅すぎるか……何らかの手が別に必要だな」
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