第125話 聖女様はいいかげんにして欲しいです

 なんとなくだけど、マントの下はきっとあの特別製の法衣ビキニパンツだろうなあ……とココは思っていた。


 “僧兵団”改め“謎の暴漢団”がマントを脱いだら、やっぱりほとんど肌色だった。

 そこまでは覚悟していた。

 良くは無いけど覚悟はしていた。

 ただ……。

「フハハハハハ! 我らが雄姿、とくと見よ!」




 やたらとごつい筋肉だらけの身体。


 この前よりも小さい気がする法衣パンツ


 筋肉にテンション掛ける為のよくわからないポーズ。


 薄暗がりでも良く光るスキンヘッド。


 満面の笑みを浮かべる顔の下半分。


 ……プラス、目元を隠すバタフライマスク。




 ココの周りを素敵な笑顔でおかしなポージングをしながら囲んでいる、怪しいマスクとパンツ以外はほぼ全裸のムキムキマッチョマンズ。


「……こいつら、いらない方向にパワーアップしてやがるっ……!」


 ココちゃん、これでも十四歳の可憐な女の子なのだ。

 何の因果が祟って、人気の無い裏路地で想像できる限界の斜め上をぶっちぎる変態集団に笑顔で囲まれないとならないのだ……。



(これ、かっぱらいで生きてきた私への天罰かなあ……)

 薄々罪悪感を感じてはいたんだけど、今ほど自分の人生を後悔したことは無い。



 

 あのココに贖罪意識を芽生えさせるという偉業を達成したことも知らず、“謎の暴漢団長”は能天気にフロント・ラット・スプレットを決めながらはしゃいでいる。

「フフフ、さすが聖女殿! 我らの装備の違いに気が付かれたな?」

「いや、そんなこと考えてないけど……てか、そのくそ恥ずかしいマスクを“装備”って……」

「そう、聖女殿の睨んだとおり! このは戦訓を入れた最新型よ!」

「あ、そっち?」

 得意げに“謎の団長”が号令をかける。

「皆の者、見せてやれい!」

「おうっ!」

 男たちが一斉に後ろを向いてポーズを取った。

「どうだ、聖女殿よ! 空気抵抗に配慮して流線形を取り入れ、更に大臀筋の美しさまでも主張する新バージョンだ! その名も……」

 団長の叫びに合わせ、ココを取り囲む変態たちが嬉しそうに唱和した。

 

「Tバック!」


 そんなもの、説明はいらない。

 ついでに言えば、わざわざ見せなくていい。


(帰りたい……もう、帰ってすべて忘れて泥のように眠りたい……)

 ココの罪は、こんなものを延々見せられるほど重かったのだろうか……。

 もう辛くて悲しくて血涙が出てきそう。


「さすがの聖女殿も、我らの新装備の恐ろしさに声も出ないようだな!」

 いったいどういう勘違いをしているのか……聖女様は涙目で叫んだ。

「パンツと空気抵抗に何の関係があるんだよっ!?」

 ダマラムは聞いちゃいない。

「はーははは! 女神ライラに捧げる我らが肉体美、天上できっと女神様もお喜びに違いない!」

「あー……ヤツの本気の悲鳴が聞こえそうだわー……」

 いつもはうっとうしい女神ライラの顔を、今だけは見たくなったココだった。

 



「もういい! とにかくおまえら全員ぶちのめす!」

 ココは“聖なる物干し竿”を構えた。

 なんでもいいから、この狂った空間にいるのを一刻も早く終わりにしたい。このビジュアルをさっさと記憶から消去したい。もうすでに今晩の夢に出てきそうだ。

 “謎の暴漢団”も一斉に散らばり、武器を振るってかかってこようとする。

「くっくっく、あの時の我らとは一味違うぞ! 倒せるものなら倒してみるがいい!」

「だからおまえら、謎の暴漢って設定はどうした……」

 お互いに激しく立ち位置を変えながら、一撃を叩きつける隙をうかがう。

 触りたくもないけど、一発かます隙をうかがう。


 先攻したのはココだった。

「もらった!」

 僅かに足が止まった瞬間を見逃さず、ココはダマラムのへ伸縮自在の物干し竿を打ち込んだ。


 ……が。


「あれ!?」

 手ごたえがおかしい。

 まるで金属の板でも叩いたみたいな硬質の跳ね返りを感じる。生き物を叩いたような柔らかく重い感触じゃない。

 戸惑うココを見て、ダマラムが得意満面に笑った。

 ……いや、ずっと笑っているけど。

「ワーハッハッハ! 一味違うと言ったであろう!」

「どういうことだ?」

「我らも負けた原因を研究し、対抗策を編み出したということよ!」

 そう言いながらダマラム氏はビキニパンツに手を突っ込み、ゴソゴソし始めた。

「見せてやろう。我が新兵器、プロテクターをな!」

「そんな物を出すな! 見せるな! ポロリをしたらどうする!? 死ぬぞ!?」

 ココが。


 理由は分かった。

 向こうも全くのバカではなかったらしい。

「これでもう危険な箇所に、聖女殿が禁じられた遊びを仕掛ける心配は無くなったというわけよ!」

 高笑いのダマラムと反対に、ココは悔し気に唇を噛む。

「くっ!」

 そこを狙えれば一撃だったのに……。

 気を取り直してココはもう一度“聖なる物干し竿”を構えた。

「良し分かった。だったら、何回打ち込めば粉砕できるかやってやる!」

「いや待て、聖女殿よ。年頃の乙女が男の股間にばかり興味津々と言うのは、ちょ~っとはしたないんじゃないかとオジサン思ってしまうぞ?」




「くそっ!」

 どうせ僧兵団だと思ったのが裏目に出てしまった。

 決定打をあげられない長丁場になってしまい、計算違いのココは内心ほぞを噛んだ。

 さっきから敵の隙をみて、何度もいいヤツを叩きこんでいるのだが……。


 物干し竿を打ち込んでも、急所の頭はガードされる。

 男性の大事なところはプロテクターが入ってる。

 その他の場所は分厚い筋肉でカバーされている。


「……なあ。いくら筋肉が凄いって言ったって、これだけの物を叩きつけられたら痛くないのか?」

 ココの疑問を“謎の暴漢団”は笑い飛ばした。

「フハハハハ、何をお可愛いことを! 良いか? こういうのは痛いと思うから痛いのだ。痛くないと思えば痛くない!」

「この理屈に気が付かぬとは、聖女殿もまだまだだな!」

「我らほどの戦闘巧者になれば、この程度の事は常識よ!」

「そっかー、すまんな……私、常識人なものでな……」


 もちろんココがやれば、僧兵団ぐらい全滅させられると思うんだけど……人間、それも一応は同僚を全力で狩るのも気が引ける。

 かといってこのままなんかしていたって、不利になるのは体力のないココの方だ。

(仕方ない。今回は取り押さえるのは諦めるか)

 らちが明かない。仕切り直そう。

 ココは腹を決め、一旦周りを囲む“謎の暴漢団”から距離を取った。




「ホントはこの技を使いたくなかったんだけどな……」

 物干し竿を八双に構えて威嚇しながら、ココは息を整えるために何度か深呼吸する。

 身体を落ち着かせると同時に、ひと呼吸ごとに吸い込む空気の量を大きくしていく。息のコントロールが何より大事だ。

 数度の深呼吸でリズムと勢いをつけ、肺活量いっぱいまで吸い込んだココは……吐く息に合わせ、大声を出した。


「助けてぇぇぇぇぇ! 痴漢よぉぉぉぉぉぉ!」


「な、いきなり何を!?」

「聖女殿がどうかしたぞ!?」

 急にココが可愛い声で悲鳴を上げたので僧兵団がまごついているが、こちらとしては知ったこっちゃない。

 今ここは人気の無い裏路地だけど、ちょっと歩いた表通りにはたくさんの人が歩いている。しかも今は昼間、僧兵団の事だから通行人が入らないように見張りを付けるのもやっていないだろう。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ! 近寄らないでぇぇぇぇぇぇぇ!」

 ココはヤツらの戸惑いなんか気にしないで叫んでやる。

 表の人間に見つかったらまずいのはヤツらの方で、ココじゃない。

「やりたくもない聖歌隊の練習に突っ込まれたのが、こんなところで生きて来るとはなあ……」




 効果はすぐに現れた。

「こっちの方から声がしたぞ!」

 市場の自警団を先頭に血気盛んな若者が、ココと僧兵団が対峙している広場に集団で走り込んできた。

 手に手に棍棒や武器になる道具を持った男たちは、きょとんとしている僧兵団と

はち合わせ。

「む?」

「お?」

 お互い虚を突かれた集団同士、呆気に取られて見つめ合い……真っ先に我に返った自警団の青年が、血相を変えて絶叫した。

「変態だァァァァァァァァ‼」

 僧兵団もあわてて周りを見回す。

「なぬ!? 変態とな!?」

「どこだ!?」

「おまえらだ! おまえらっ!」

 

“見たこともないド変態が大量発生!”

 滅多に聞かない緊急事態に、その周辺の街区は大騒ぎになった。

 下町の治安は基本的に住民が守る。

 だから市場には自警団が雇われているのだし、そこそこ普通の庶民が住んでいる辺りなら住民が交代でパトロールしている。

 つまり国の警邏が来てくれるとは限らない地区では、自分たちで身を守らないとならない。


 そんな防犯意識が高い土地に響いた、超特殊な犯罪者(?)出現の報……。


「どこだ!」

「急げ! 叩きのめせ!」

 住民たちが一斉に飛び出してきた。 

 



「どうします団長! 我らが変態呼ばわり……」

「うーむ、これはいったいどうしたことだ?」

 事情を知っているっぽい聖女に話を聞こうと思ったら、いつの間にか聖女がいなくなっている。

「む? 聖女殿がおらんぞ?」

「これは誘拐もできないのでは?」

「おお、確かに!」

 周囲を見回しても、武器を持った一般人はどんどん増えているが女の子の姿が無い。

 ダマラムは顎をつまんで唸り声を上げた。

「これはいかんな……聖女殿を取り逃がした上に変態ので捕まっては、我ら司教猊下に申し訳が立たぬ」

「いかがします?」

「仕方がない、一旦撤退だ! 最短距離で突っ切るぞ!」

「おうっ!」

 目的達成が不可能になっては現場にいても意味がない。

 ダマラムは“謎の暴漢団”を引かせることにし、自ら先頭切って逃走を始めた。




 ……買い物客でにぎわう市場を突っ切って。

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