第84話 司祭はパーティに急ぎます

 出かけたと思ったらすぐに戻って来た主人に、ブルックス侯爵邸は大騒ぎになった。

 慌てて駆け寄る使用人が何事かと尋ねるのに直接返さず、侯爵は警備についていた自家の騎士たちに向かって怒鳴る。

「今すぐ動ける者を武装させて搔き集めろ! 人数が必要だ、ブルックス一門を……他の家へも儂の依頼だと言って応援を求める使者を出せ! 我が家に集まっている時間の猶予はない。王宮の門前で現地集合、詳細はその場で話す!」

 平和なご時世に、まるで反乱を起こすと宣言しているような主の言葉。

 家臣たちの顔色が蒼白になったのを見て、侯爵も話を端折り過ぎたと柔らかく言い直した。

「宮中で政変が起きた。ゴートランド教団へ王太子殿下から援兵要請が出ておる。教皇庁から助力を頼まれたのでな。自国のことを我らビネージュ貴族が傍観しているわけにもいかないので、合力して事に当たることになった」

 政権側だと言われ、あからさまにホッとした家臣たちが役割を果たすために散っていく。それを眺めながら侯爵は、先ほど大聖堂を辞去してくる際に見た光景を思い返していた。



   ◆



 侯爵が急ぎ大聖堂を出てくるとき、門からは逆に続々とゴートランド教団の兵が入ってくるところだった。

 大聖堂の守備の為に王国から許された私兵とはいえ、街中の一等地に広い設備が必要な兵舎は作れない。当直に当たる一隊以外は郊外に幾つかある「修道院」という名の基地に分散して配置されている。

 今それらの部隊がバラバラに、本来の拠点である大聖堂に集結しつつあった。


(これは……戦争だ!)

 その様子を車窓から眺めた侯爵は思わず呻く。

 通常の当直交代に見せる為か、普段の軽武装のままで教団兵は少人数ずつバラバラの方向からやって来た。そして門内で備蓄倉庫から出した本格的な装備を装着していく。


 いきなり呼び出されたのに続々と増えていく人数。

 その全員に配れるだけの事前集積された装備一式。

 その人材と資金力による質の良さを考えれば、教団の軍事力は一貴族家の私兵などとは比べ物にならない。


 ゴートランド教の兵は要人警護の比重が大きいため、一般的な国の軍隊より騎士の数が多い。確か王国へ提出されている資料では騎士だけで百騎を超えていたはず……そう思った侯爵の目に、さらに衝撃的な物が飛び込んできた。

 奥の方から、銀色に煌めく一団が出てきた。

(フルアーマーの騎兵だと!?)

 頭からつま先まで全身鎧を着こんだ騎士が、同じく馬鎧をかぶせられた馬体の大きい軍馬にまたがっている。それが十騎。

 歩兵の戦列を蹴散らすための突破戦力まで準備が進んでいるのを見て、侯爵は教団が聖女救出にかける本気の度合いを思い知った。彼らは衛兵が立ちふさがったら騎兵で突破してまで王宮へ突入するつもりだ。


 走り出した馬車の中で侯爵は今見たものについて考えるうちに、自家の兵だけでも急ぎ参戦しなくてはと急な焦燥感にかられた。

(教会がここまで本気だとは……)

 王宮にいる兵を公爵が掌握しているとはいえ、王太子を包囲して捕縛する程度の覚悟だろう。外から戦争をするつもりで殴り込んでくる完全装備の軍隊に、平時のつもりの警備兵が対応できると思えない。

 だからゴートランド教団は公爵側を打ち破り、間に合えば聖女や王太子を救出できるだろう……それをやられたら、大国のはずのビネージュ王国は立つ瀬がない。

「……ったく、公爵のバカめが!」

 車内に一人なのをいいことに、侯爵は面倒ごとを引き起こした王族筆頭を思わず罵倒してしまった。


 もっと静かにやってくれれば良かったのだ。

 王太子だけを宮中でこっそり押し込めるなどしてくれれば。

 教会という外部勢力を格下と侮って公然と侵害しなければ。

 貧民の出身だからと聖女を軽く見て手出しなどしなければ。

 事がこうなった以上、もう王族側か貴族側かなんて言っていられない。

 “叛乱を起こした公爵を、王国貴族援軍のゴートランド教団が打倒した”という形にしないと……。


 侯爵は揺れる馬車の中で、邸宅に着いた後の手順を考え始めた。



   ◆ 



 慌ただしく家臣たちが走り回る中、胸甲の着付けを手伝う家令が侯爵に敢えて尋ねた。

「旦那様。それでは、当家は……?」

 政情についても知識がある上級使用人に聞かれ、侯爵は剣を帯に取り付けながら頷いた。

「そうだ。ブルックス一門は王太子の側に付く!」



   ◆



 赤ちゃんがいて急げない家族を後に残して、ひとまず単独で帰る侯爵の馬車が門を出て行く。こっそり先回りしていたウォーレスはそれを門衛所から見送った。

「侯爵様、ちゃんと見てくれましたかね」

「大丈夫じゃないですか。車窓に張り付いているのが見えましたよ」

 準備を指揮するウォルサムが後ろから司祭の肩越しに外を眺めた。街路に出た侯爵の馬車が派手に揺れながら疾走していくのが見える。危機感は持ってくれたようだ。

「騎兵隊をいったん馬から降ろしていいですか? あの恰好、体力を消耗するもので」

「馬が?」

「馬が」

 乗ってる騎士部下はどうでもいい。

「まあ着せている馬鎧は、パレード用のほぼお飾りなんですけどね」

 見た目は重厚に作られているけど、金属板は爪で押せば曲がって跡がつくような代物だ。それでも今どき滅多に見ない物だけに、あんなのが不意に現れれば王宮の警備も肝をつぶすだろう。

「侯爵と打ち合わせた集合時間まで間があります。馬鎧も脱がせてあげなさい。王宮へ突入する前に疲れてしまったら大変だ」

「馬が?」

「馬が」

 ココが時間を稼ぐとは言っていたが、王子様からの急報から公爵との立ち合いまでどれだけ時間があるものか……焦る気持ちはウォーレスにもあるけれど、同時に足並みを揃える準備の大切さも知っている。

「出撃を下令してから王宮まで、どのぐらいですかね?」

「走らせれば十分ぐらいかと。我々の行動で街が大騒ぎになっても、王宮へ伝わる前に到達できます」

「わかりました」

 司祭は頷いた。兵士でない彼にできるのは、待つことだけだ。

 何が見えるわけでもないけれど、ウォーレスは後ろ手に拳を握って遥かに見える王宮を眺めた。




「ウォーレス様、あと何か私がやることありますかね? そのまま待機だと、どうにも気持ちが落ち着かなくて」

 聞いて来たウォルサムに、今回の作戦指揮官は肩越しに背後を指し示した。

「あなたには大事な仕事があるでしょう。血気にはやってる騎士団長を落ち着かせるクールダウンするという重要な仕事が。できれば無血で終わらせたいんです。相手を説得する前に斬り込まれちゃたまりません」

騎士団長おやっさんを、私が止めるんですか……」

 


   ◆



 そして侯爵がキャンセルを言われて驚いてから、二時間ほど後。

 王宮の門前は騒然となっていた。


 準備ができた者から家を飛び出して来たので、次々と門前の広場に集まり始めた武装した貴族たち。何があるのかと王宮の門番も数を増し、異常なことが起きているのを公爵へ報告した方が良いのか指揮を執る騎士が悩み始めたところへ……騒ぎの大元が到着した。

「なんだ、あれは!?」

 どう見ても“軍勢”としか表現しようがない、戦場へ赴く準備が万端なゴートランド教団兵が隊列を組んで到着……着陣する。

 彼らから立ち昇る本気の戦意に、王宮の警備兵は見ただけで腰砕けになっていた。

 何が起こっているかを知らない彼らは、いきなり平和な日常の中に戦場を持ち込まれて動転していた。事情を知る騎士にしても末端の兵にそんな話はできないし、彼自身ゴートランド教団がここまでの強硬策を取ってくるなんて夢にも思っていなかったのだ。


 さらにブルックス侯爵が近親者を揃えて到着した。最初に号令をかけただけあって人数も装備も十分に揃っている。遅れたと思われない程度に最後に登場し、本命ラスボスに見せる辺りが侯爵の政治感覚の巧さだろう。

 ただ。

 カッコよく最後に登場した侯爵をジト目で眺め、ウォーレスはこめかみを掻きながらつぶやいた。

「無いと思いますけど……ラグロス公爵が勝っちゃったら首謀者扱いされると思うんですが、侯爵はその辺りをわかっているんですかねえ」

 ま、知ったこっちゃないか。

 ウォーレスはそれ以上考えないことにして、パニックを起こしている王宮の門番詰所へと歩いて行った。



   ◆



 ウォーレスとブルックス侯爵は門番の指揮を執る騎士と対峙した。

「貴公らの言うような事件など起きてはおらぬ! それにたとえなにがしかのトラブルが発生していようと、王宮内の治安は当然我ら王家直轄の兵が守っている! 許可なく貴族家や教会が武装して侵入するなど反逆罪であるぞ! 控えろ!」

 王宮の警護は王家の兵。当然の理屈だ。

 話の筋は確かに通っている。

 しかし、正論を持ち出す騎士にウォーレスは平然と反論した。

「その王家の兵が、こともあろうに叛乱勢力に握られている可能性があります。我々は王太子殿下より直に制圧を要請されてここに来ました」

「なんだと!? 我らを反逆者扱いするとは……!?」

 ウォーレスの指摘に逆上する騎士が腰の剣に手をかけるが、ギリギリの交渉に場慣れしている司祭は視線さえも向けなかった。

「事実です。そうでなければ、なぜ教皇庁に救援要請が来るのでしょうか? 王宮の兵権を王太子殿下が握っているのならば、殿下が自ら動かれているはず。我々に声などかけないでしょう」

 建前の正論に、現実の正論で返す。

 正しさは一つではないのだ。


 相手は一瞬詰まった後、さらに居丈高に怒鳴ってきた。

「王宮の兵は今もラグロス公爵殿下が陛下の名代として統率されている!」

「公爵殿下が率いていることと王太子殿下の身の安全は比例しておりません」

「なっ……!」

 ウォーレスがあからさまに「反乱起こしたの公爵だろ」と言ってやったら騎士が完全に激昂した。

「貴様あああ!?」

 怒りのあまり剣を抜きかけている。煽り耐性の無いヤツだ。


 それを見ても司祭は焦らない。

 煽ったところで、すぐ鎮火。ウォーレスがこっそり指先で指示を出す。

 ハンドサインを見た聖堂騎士団長が、広場に響く野太い声で叫んだ。

全軍抜刀オール・ハンドゥ!」

 騎士が一斉に剣を抜き、教団兵が槍を構えなおす。

 一つに音が重なる見事な動きに、半分まで剣を抜いていた警備の騎士はそのままの姿で硬直してしまう。

(やれやれ、やり返されると考えてない辺りが情けないですねえ)

 ウォーレスはそんなことを考えながら、次の動きを考えた。


 この騎士は知らないのではなく、間違いなく公爵の意向を受けている。

 分かってやっているヤツと押し問答をしていて時間を浪費するのは最悪だが、突入を強行して最初から戦闘になるのも回避したい。

 どうしようかなとウォーレスが考えていると……鎮圧軍が埋める広場を突っ切って、一台の馬車が無理やり門前まで押し通ってきた。

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