第82話 聖女様はプロが相手でも一歩も引きません
いきなり現れた二人に周囲が動揺する中、首謀者である公爵はさすがに肝の太さの違いを見せた。
「自らこちらの陣中に飛び込んで来るとはな。だが、意表を突いたところでいまさら恐れ入って降伏するとでも思うたか? 二人だけでノコノコやってくるなど、蛮勇もいいところであったな」
覚悟を決めた様子の叔父へ、セシルが問う。
「事ここに至って、まだなんとかなるとお思いですか? 私を殺して王位継承権を奪取する、それが通るようなご時世と思っているようでしたら甘いですよ。今は乱世ではありません。諸外国も貴族も教会も、クーデターで王位についたあなたを支持することはありませんよ?」
「ああ、クーデターを起こせばな。だが、何も起きなければ誰も口出しなどせぬよ」
妙に落ち着いた様子で、しかし奇妙な笑みを浮かべた公爵が悠然と答えた。
公爵にはなにか、事態を軟着陸させる手立てがある。
余裕ある表情が、逆に公爵が心理的に一線をすでに超えてしまったことを感じさせる。
「ほう……私を殺して隠す手があると? そんな方法があるのなら後学のためにご教授願いたいですね」
セシルも興味津々といった風に尋ねる。両者とも笑っているけど、空気はかなりギリギリのせめぎあいだ。ここにナッツがいたら胃痛がひどいだろうなあ……とココは呑気に考えた。
叔父公爵が手を振った。
「なに、簡単なことだよ。セシルが死ななければ良い」
続いて起きた靴音に、そちらを見たココは思わず固まった。
そこにはもう一人、セシルがいた。
ココに続いて見たらしいセシルが、さすがに驚きを隠せない声でつぶやいた。
「ホバート……」
どこかで聞き覚えがある。
説明を求めるココの視線を頬に感じて、幾分悄然としているセシルが解説してくれた。
「俺の影武者だ」
「……ああ! おまえが公式訪問中に私の部屋に忍び込んできた時、身代わりに
確かにそんなことを聞いた気がする。ココは土産のピロシキに意識を持って行かれていたので聞き流していたが。
つまり。
「おまえがお忍びで出かけて殺されかけたとき、情報を漏らしていたのは……」
「コイツだったということだな」
不在のセシルに代わり表で存在感をアピールするのが影武者の役目だ。セシルが行方をくらますタイミングを知っているのは当然だ。ある意味では
「……セシル、おまえ臣下の労働条件見直した方がいいぞ? 側近中の側近に見限って寝返られるなんて、まさにバカ殿そのものじゃないか」
「ご忠告いたみ入るよ。この一件が無事に済んだらさっそく取り掛かろう」
セシルは己と瓜二つの青年に呼び掛けた。
「ホバート、おまえが裏切るとはな。どうしたわけだ?」
「それはもちろん」
王子様の問いかけに、もう一人の「セシル」はキザったらしく前髪を掻き上げて優雅にほほ笑んだ。
「俺が本物のセシル王子になる為ですよ」
「おまえが俺になりおおせても、叔父上に操られている限りしょせんお飾りだぞ?」
「そんなことはどうでもいいんです」
心外だ、というようにそっくりさんは大仰に肩を竦めた……どうもいちいち、動きがオーバーな気がする。
「王子がいらっしゃっては、俺はただ一人の“セシル王子”になれないんです。だから俺は考えたんですよ……」
ある意味本物より本物っぽい「王子様」は、胸に手を当て最高のキメ顔で叫んだ。
「女の子にキャーキャー言われるのは、俺一人で良いってね!」
……。
しばしの沈黙ののち、ココは横のセシルに顔を向けた。
「この間のナバロといい、おまえの部下……ていうかビネージュ王家の臣下って、バカしかなれないのか?」
「そんなことはない……と、思う」
公爵がせせら笑いながら剣を抜いた。
「というわけで後の心配はいらないぞ、セシル」
「逆に心配が増えましたがね」
王太子も剣を抜いた。
周囲の公爵側近たちも抜刀する。
執務室の空気が、一気に硬質な物に変わった。
両者の構え方をココは見比べた。
「セシル、おまえ剣の腕は?」
「騎士団の教官には、“筋はよろしい”って褒められた」
「まるでダメだってことか」
「接待用語はむしろ人を傷つけるって、なんで皆学ばないのかなあ」
それでも剣は剣だ。素人だろうと腕が悪かろうと、むやみに振り回せばそれだけで危ない。
だが相手は皆、騎士団の関係者。しかもベテランばかりだ。セシルを取り押さえるのは難しくとも、セシルの反撃を封じて切り殺すのは簡単だろう。
しかも十人以上いる。配下の騎士たちも次々駆けつけて来つつある。
「……セシルに任せておいたら、殺されるまで三分と持たなさそうだな」
「あ、ひどいな」
助太刀するしかない。ココも聖心力を放出した。
青白い光が手の中で固まり、一つの細長いものへと変貌する。
「よし!」
ココも準備オーケーだ。
あらわれた光の武具を両手で掴み、ココも自信満々に腰だめで構えた。
「さあ、私の方はいつでもいいぞ。腕に自信のあるやつからかかって来い!」
やる気を見せる聖女様……なのだけど。
セシルが周りを警戒しつつ、ちらりとココの構えるモノを見た。
「なあココ。一ついいか?」
「なんだ? 今それどころじゃないんだから、手短にな」
「おまえの構えるソレは何だ? 槍にしちゃあ穂先が無いんだが?」
それはたぶん、周りの武人たちも同じことを考えていただろう。
ココが構えるソレは先端から尻まで全部同じ太さ。どう見てもタダの棒に見える。
周囲は専門家だけに、そこのディティールが気になるようだ。
「槍なんか間近で見たことないから、出せるわけがないだろう」
ココも違うと認めた。
じゃあ何なのか。
そんな周りの目に、ココは鼻息荒く前後にシュッシュッと動かして見せた。
「これは私が追手と戦う時に使ったことがある武器でな?」
片手でグルンと一回転させて見せ、得意げにポーズを決めた。
「“聖なる物干し竿”だ」
一触即発のピリピリした場面だったのに、どこか圧が下がったような気がするのはなぜだろう。
「さあ、どうした! 怖気づいたか?」
棒を構えて一人気を吐く少女の周りに、白けた雰囲気が漂う大人たち。
同好の士が集まってせっかく場が盛り上がっているのに、初心者が空気も読まずにしゃしゃり出て興醒めした時の、アレだ。
(おい、コレどうするよ?)
(無視するわけにもいかないけどさ……)
そんな囁きが聞こえてきそうな雰囲気の中、このままでは埒があかないとみた一人が進み出た。
「俺が相手をしてやろう」
そっちを向いたココが“物干し竿”を構え直した。
「む、名を名乗れ!」
「威勢だけは良い女だな、全く……俺は四番隊きっての剛腕で知られたラシュワンだ。貴様ごときが刃を交えるなど、望外の相手と知れ」
名乗りにたがわぬ身幅の広い大剣を、これ見よがしに構える騎士ラシュワン。確かに素人のココが戦うには強すぎる相手と見える、が……。
ココが首をかしげた。
「“知られた”って……自称だろ? 一番隊に入れないどころか、隊長にもなれてない程度のヤツが偉そうに?」
場がシンと静まる中、少女が先を続ける声だけが響く。
「しかも“四番隊きっての”? なあおい、それって“ベンチにも入れない補欠だけど、道具磨きの腕前じゃ知られた名前なんです”ってことか? その程度の評価で豪傑ぶるって、自分で言ってて恥ずかしくない?」
いつだって、ココはココ。
自信を見せて出て来て素人に足をすくわれ、ラシュワン氏は激発した。
「き、さぁまぁぁぁぁああああ!」
相手がまた荒事に向いてなさそうな華奢な女の子だけに、そんなのにバカにされるのは我慢できないのだろう。
もう手加減とか一思いにとかいった配慮も消し飛び、ラシュワンは剣を大上段に構え、ココに向けて突進する。
一方の“ついうっかり”挑発してしまった聖女様は、牡牛のように一直線に突っ込んでくる大男を見て……慌てず騒がず、腰に構えた“物干し竿”を微調整。そして突き出す。
「えいっ!」
がら空きだったラシュワンの腹に、ココの突き出した物干し竿がめり込んだ。
「ぐはっ!」
思わず吐いたうめき声に続き、大柄な彼の身体が宙に浮き……衝撃で彼は壁際まで弾き飛ばされた。
「なんだと!?」
思いがけない展開に、すぐにでも王太子に切りかかろうとしていた者たちが足を止めて騒めいた。
「ラシュワンが!?」
「まだ距離があったのに、一瞬で間合いを詰めた!?」
開けた場所なら剣より槍(この場合は物干し竿)の方が、長さがある分有利ではある。攻撃範囲が広く面で薙ぐこともできる為に、アウトレンジで攻撃できる利点があるからだ。
とはいえ両方とも歩兵の携帯武器であるから、走ればかいくぐって数歩で届く程度の間合いの差ではある。槍は持ち手で長さを調整して変幻自在に打ち込むこともできるが……まだ近寄ってもいない段階でココが有効打を与えたことに、騎士たちはココの足さばきの速さに震撼した。
……そう、まだ近寄ってもいない筈だったのに。
「あれだけの間合いを……間合いを?」
よく見たら、ココの立っている位置が動いていない。
かといって不幸なラシュワンも、まだ槍の攻撃範囲に入るほどは近寄っていなかった。
そこに気がついた騎士たちがよくよく見たら……。
ココの構えている“物干し竿”が三倍ぐらいの長さに伸びている。
ココがニッと笑って歯を見せた。
「前に言わなかったか? 私が聖心力で顕現させる聖なる武器は、寸法も自由自在なんだ」
一瞬黙った観戦者たちが、種明かしの内容を理解した途端。
「ず、ずるいっ!?」
「卑怯だぞ!」
「世界の因果律が乱れる!」
一斉に上がる非難の声。
だがココは、そんな周囲の反応をせせら笑った。
「やかましい! おまえらこそ、素人相手に集団で寄ってたかって嬲り殺しにしようってんじゃないか。卑怯を非難するとか片腹痛いわ!」
物干し竿を構えなおしたココは、不敵な笑いを浮かべて周りを見回した。
「さあ、次はどいつだ!」
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