第29話 聖女様はしっぺ返しをします
ココは基本的には人当たりは良いほうだ。
教皇とか王子とか、社会的身分が高い人間にタメ口をきくので礼儀をわきまえていないと見なされがちだけど……逆に言えば誰に対しても態度が変わらない。
自分自身が強い(主に暴力で)ので、誰とのトラブルも恐れない。だから臆することなく踏み込んでいく。
そんな彼女が嫌いなのは、
“他人の権威をかさに着るヤツ”
“自分だけが偉いと思っているヤツ”
“自分の都合だけ押し付けてくるヤツ”
そんな連中だ。
要するに他人と目線を合わせる事が出来ない人間と反りが合わない。向こうに嫌われることも厭わないけれど、ココも会話が成立しない相手に一発かますことを躊躇したりはしない。
「そんなココ様の嫌いな条件を網羅した得難い人材が、よりによって
アデリアの緊急報告に、ナタリアは額を押さえて呻き声を上げた。横でドロテアも両手で頬を押さえている。
「彼女のことはココ様にも耳打ちしておこうと思ったんだけど……まさか、初日からやらかしてくれるなんて……」
「そんな呑気に構えているから~、間に合わないのよ~」
ドロテアに追い打ちをかけられるまでもなく、すでにナタリアはげっそりしている。すでに起きてしまったことは今さら仕方ないけど、泥縄でも対策を取らないと……ナタリアは現場を目撃したアデリアに、肝心の事を尋ねてみた。
「それで? ココ様の様子はどうだったの?」
「そりゃあ、もちろん」
イイ笑顔のアデリアが立てた親指で喉を掻き切るジェスチャーをするのを見て、ナタリアが絶望的な表情でうなだれた。これは、うまい落としどころを探すのなんて無理そうだ。
「そのシスター・テレジアって子、なんでそんな僅かな時間でこんな大ごとにできるのかしら……ココ様じゃあるまいし」
「あれだけ怒ってるココ様を見たの、初めてだったよ」
「摘んできたベリーを~踏み潰されたのが~、一番の~原因じゃないかしら~」
呑気に感想を言い合う同僚を恨めし気に見ていたナタリアが、ハッと周りを見回した。
「どしたの?」
「いや……」
ナタリアの顔が引きつっている。
「急に気になったんだけど……ココ様、今どちらにいるのかしら?」
言われた二人も、さっきから聖女様の姿を見ていないことを思い出した。
「……早速動いたわね~」
「即断即決だね。この判断力の速さは見習いたいねえ」
「なんでそんなに悠長に構えていられるの!? ココ様が何をやらかすか……」
ココの動きに気付いて焦っているナタリアに聞かれ、呑気に感想を言い合っていたドロテアとアデリアは首をかしげた。
「う~ん……他人事だから?」
「シスター・ドロテア……」
「そうだねえ。私たち、ココ様のお付きでもシスター・テレジアの指導係でもないし」
「アデリア!?」
関与する気ゼロの同輩たち。
苦戦が予想されるナタリアに、頼みの援軍は来なかった。
「……友情って、なんなのかしら」
「利害に関係ないから友達というのよ~」
「そうそう。ましてココ様が絡んでいるのが最初から判っているからねえ」
ガックリ来ているナタリアの肩を二人はイイ笑顔で叩いた。
「猛獣使いナタリアのお手並み拝見ね~」
「笑えるやつ頼みます」
「どんな流れになっても、笑える流れが想像できないわよ!」
◆
探している相手が全然見つからないので、テレジアはたまたま見つけた談話室でいったん座って休むことにした。
居合わせた周りの同僚が楽しくおしゃべりしている中、テレジアは隅の椅子で一人で呪詛のように修道院への不満をぐちぐち呟いていたが……そのうちに睡魔に襲われうたたねしてしまった。やはり初日で緊張していたのと、人を探して慣れない距離を歩き回った疲れが溜まっていたようだ。
そんな彼女が他の修道女の視界から外れているのを確認し、ヒョコッと椅子の陰から聖女様が顔を出した。
聖女様はテレジアが肘をかけているテーブルの上に、そっと蓋を開けた薬の容器を置いた。そして部屋の中にいる人間が見ていないのをもう一度確認し、影になるように椅子の脇にしゃがみ込む。
静かにテレジアの脛を掴んで靴を脱がす。彼女のショートブーツを音がしないように床に置くと、ココはそのまま静かにフェードアウトした。
「シスター・テレジア。シスター・テレジア?」
呼びかける声にテレジアが目を覚ますと、指導係のなんだか言う名前の修道女が目の前にいた。何故か周りに人垣ができている。
「もう自由時間が終わりますよ。そろそろ自室へ」
「……あっ。私、寝ていましたの?」
さすがに誰が来るか判らない談話室なんかで昼寝するのははしたないくらいの常識はある。慌てて身を起こしたテレジアに、どこか気を使った様子の指導係がもう一つ注意をした。
「それとね……足のお手入れは自室でこっそりやったほうが良いですわよ?」
「足? お手入れ?」
コイツは何を言っているの?
おかしな忠告に首を捻りながらテレジアが横を見たら、自分が肘をかけているテーブルの上に王都では誰でも知ってる有名な薬が置いてあった。
水虫によく効くという軟膏が。
「……わ、私のではありませんわ!?」
驚いたテレジアが慌てて否定するけど……。
「ええ、ええ。気にすることはありませんわ」
「そうですわよね。よくあることでしょうから」
信じてない。
周りは全然信じてない。
口では同意するようなことを言いつつも、周囲は全くテレジアを信じていない顔で生暖かい目で見ている。
「本当よ!? 私は水虫なんかかかってないの!」
「そうでしょうとも」
「判っておりますわ。でもせっかくマルグレードは全員個室がもらえるのだから……内緒のことは自分の部屋で、ね?」
「違うって言ってるじゃない! どうしたら信じるのよ!?」
◆
消耗したテレジアはよたよた自分の部屋に戻って来ると、そのままベッドに突っ伏した。
「誰よ、あんなところに水虫の薬なんか置き忘れたバカは……おかげで私に不名誉な噂が……ああもう、今すぐ殺してやりたい……!」
初日に誰かのドジでとんでもない事に巻き込まれた。
侯爵家の娘として、テレジアはこんな恥ずかしい目に遭った事なんて今までにない。
「絶対に間抜けを探し出してやる……見つけたらどうしてやろうかしら!」
歯噛みして悔しがるが、今はもう消灯時間だ。今日はもう寝るしかない。
しぶしぶベッドに入るが、テレジアの心中は“理不尽な出来事の連続”で燃え上がりっぱなし。誰かを怒鳴りつけたい気持ちは一向に収まらない。
とはいえ、立て続けのトラブルで疲労は確実に溜まっていた。寝れない思いと裏腹に、疲れ切っていたテレジアはすぐに寝入ってしまった。
消し忘れた蝋燭が半分になった頃。
窓の外に影が浮いた。
外壁の出っ張りを伝って来たココは、中の様子をしばらく観察してテレジアが熟睡しているのを確かめた。
しかるのち、食堂でちょろまかしてきたナイフを取り出す。そっと両開きの窓の合わせ目から刃を差し込み、掛け金を静かに外した。聖女様はなぜかこういう事が得意なのだ。
音も無く窓を開くと窓枠を乗り越え部屋の中にお邪魔する聖女様。良く寝ているようなので声はかけない。
(ヨイショっと)
グースカ寝ている
ココは窓の戸締りをして扉から廊下へ出ると、閉めた扉に手をついて聖心力を込めた。
一瞬真っ暗な廊下を青白い光が走る。
掌の感覚から予定通りに聖心力が行き渡ったのを確認すると、ココもベッドに入るために自分の部屋へ戻っていった。
「ん……んん?」
テレジアは夜中になんとなく目を覚ました。暗闇に一瞬何処にいるのか判らなくなったけど、よく考えたら修道院の自分に割り当てられた部屋だ。
「……そうだったわね。ここは家ではないんでしたわ……ん?」
ホッとしかけたテレジアは、何かおかしな気配を感じた。
どこがどうとはよく説明できないのだけど……真っ暗な中でなにか、異様な存在感を肌に感じる。
「なんですの!?」
場所が修道院と言うこともあり、どうにも気味が悪い。わずかな月明かりに浮かび上がるテーブルに灯の消えた燭台があるのを見て、テレジアは灯りをともすことを思いついた。
ベッドを降りて急いで駆け寄り、予備の蝋燭を立てて火を点け直す。
薄気味悪い闇に閉ざされた部屋の中に、ポワッと浮かび上がる小さな暖かい色の灯火。そのわずかな明るさにホッとしたテレジアは心の安定を取り戻し、落ち着いて室内を見回してみた。
そして魂消るような絶叫を張り上げた。
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