第04話 教団と王国は馬車の両輪
近所のおばちゃんのように縁談を進めたがる教皇に、もうココはムカっ腹だ。
「ヤツと結婚したら、またもや宣伝係と変態王子のオモチャとして死ぬまで奴隷労働じゃないか! 絶対やらない!」
依怙地な十四歳児に、五十は年上の老人はお手上げという顔になった。
「まったく……まあ先の話はどうでもいいから、とにかく三日は王子の出迎えじゃからな」
「イーヤーだ!」
駄々をこねる聖女に、教団を束ねる老人は噛んで含めるように言い聞かせる。
「良いか聖女。婚約はともかく、公式訪問の出迎えは嫌で済む話ではないぞ。我がゴートランド大聖堂、ひいては教団は王国の加護下にあるわけじゃからな。王子に粗略な扱いをして、関係が悪化したらどうする」
教皇に諭され、ココは目をぱちくりさせた。
「そんなのジジイの都合だろ。私の知ったこっちゃない」
「おぬしは聖女じゃ! 当事者意識を持たんか、バカモン!」
「そんなこと言われたってなあ……」
ココは怒られても白けた顔をしている。
「私、信徒でもない雇われ聖女だし」
「女神様の神託で選ばれたんじゃぞ⁉ 臨時雇いみたいに言うな!」
何を言われてもどうでも良さそうな聖女に、頭痛を押さえている顔で教皇は念押しした。
「よいな、三日は王子の出迎えだからな」
「へいへい」
「おぬしはとにかく王子のご機嫌を取って」
「わかってるって」
「四年後にめでたく結婚、王妃として余生を過ごせ」
「ちょっと待った」
ふて腐れて話半分で生返事をしていた聖女は、教皇のお説教がおかしな方向へ突っ走ったことに気が付いてストップをかけた。
「私はあの変態とは顔も合わせたくないとさっきから散々言っているじゃないか」
「三日も眺めれば慣れるじゃろ」
「毎日眺めるような立場になってたまるか!」
「おいジジイ、おまえなんで私を王子とくっつけたがるんだ!」
「行儀が悪すぎるぞ」
「うるさい」
王子の話題で明らかに気が立っているココを前に、教皇はもう一度ため息をついた。
「……聖女よ、わが教団とビネージュの間柄は習ったであろう?」
「うん」
教皇の言葉にココが頷き、ナタリアを振り返った。
「ナッツ、ジジイに説明してやれ」
「ココ様……ホントに覚えてます?」
ココたちゴートランド教団は大陸全土に信徒がいる世界宗教だ。
にもかかわらず拠点を置いているビネージュ王国と特別な関係、具体的には癒着と言ってもいいほど緊密な関係なのには理由がある。
ゴートランド教団が聖女の活躍を中興のきっかけとしているように。ビネージュ王国の成り立ちにもまた、魔王討伐が関係している。
というのも、ビネージュ王国はかつて魔王を倒した勇者が褒賞としてもらった辺境領が国になったものなのだ。教団が本拠地を王都に構えるのも偶然ではなく、ゴートランド大聖堂は初代聖女が領主となった勇者を支えるために開いたささやかな教会が元になっている。
魔王が復活すると言われる広大な“死の森”に面し、異変があれば世界の防波堤となるべく勇者が守った土地。
五百年の歳月の間に辺境領は独立国となり、勇者の子孫である王室が世界でも指折りに豊かな国に発展させた。
聖女の小さな教会も領都の発展に伴って拡大を続ける。王都になった頃には他の土地にあった教団本体も移転してきて、ここが教団の中心となっていた。
元々の出発点から二人三脚の関係であった王国と教団は、一心同体の関係として世界から認められている……。
「……なーんて子守唄を根拠に“王子と聖女が結ばれて当たり前”とか寝言をほざく気じゃないだろうな? ジジイ」
「ココ様、やっぱり説明の時に寝てませんでした?」
詰め寄る聖女に、教皇は首を横に振った。
「そんなカビの生えた話はしておらんわ」
「じゃあなんだ?」
「うむ。それはな」
肘を突いて組んだ指先の上に顎を乗せ、
「おぬし、聖女の任期を終えた後は自由な生活だ、などとほざいているが……身を寄せる先などあるのか?」
教皇がそう言いながらチラリと眺めた壁には、歴代聖女の肖像画が飾られている。
「今さら説明の必要もあるまいが、ここ四百年近くの聖女は貴顕の家柄から生まれておった。つまり聖女を引退したとて、家に戻れば生活に困ることなどなかった。だがおぬしは違う」
ココは街角から拾われてきた孤児だ。聖女を引退したら帰る家なんか無いし、宗教的使命感も無いから修道女として残ることも考えられない。そもそも力を失った元聖女を、共に暮らす者はどう扱えばいいものか……。
「それを考えれば、引退するまで待つから嫁に欲しいなど渡りに船ではないか。しかも相手はビネージュ王国で一番条件のいい男だぞ? 何を嫌がることがある」
「ふむ」
ココも壁の肖像画を眺めた。さすがに初代からは残ってはいないが、三十余人の乙女たちの大半の絵姿がある。実に八割近くは何故か上流階級出身だったとは聞いている。
女神が地上の権力に忖度したとは考えられないけど、なぜ下層民からはあまり選ばれないのかは誰も理由はわからない。そして底辺オブ底辺のココがあえて選ばれた理由もわからない。
ココは肖像画を一通り見ると、視線を教皇に戻した。
「私は別に元の生活に戻っても構わないんだけど」
「戻られてたまるか! そうさせるわけにはいかないからワシも推しておるんじゃ!」
ジジイが激昂して机をバンバン叩く。
軽く煽っただけなのにこらえ性がないなあ、なんて他人事みたいにココは思った。そう、
「おぬし、ちゃんと考えておるのか⁉ 昨日までの聖女が市場でパンをかっぱらったり路上でゴミ箱を漁ったりしたりするのがどういう目で見られるか! そんなことを許したら、教会にどれだけ悪い評判が立つと思うとるんじゃ⁉」
「だから、
「ワシらはメチャクチャ構うわ!」
しかしココにしてみれば余計なお世話だ。
「そもそもジジイ。私は別に結婚して旦那に養ってもらおうなんて気もないんだ」
ココは小指で耳をほじりながら眉をしかめてみせた。
「ほら、私は元々一人で自立した生活をしていたし」
「窃盗で食っているのを自立した生活とは言わん」
「そいつは見解の相違だな」
「見解で済ますな。前は幼児だから捕まっても殴られるぐらいで済んだが……おぬし、大人がそれをやったらどうなると思う? リンチにかけられるか、警邏に引き渡されて縛り首になるかだからな」
「判ってるやい。それに引退して庶民に戻ったって、別に人のモノをくすねる生活に戻るとは言ってない。今度は貯めたお金があるもんね」
胸に手を当て、ちょっと自慢げに話すココ。
自信を主張するポーズに見えるけど、単純に手を当てている位置に金蔵の鍵があるだけだ。ペンダントに
「その金を元手に商売をするか、食いつぶしている間に手に職を付けて生活基盤をちゃんとする!」
「ふむ、一応考えてはおるようだの」
「一応は余計だ」
だが、と教皇は続けた。
「貯め込んだと言っても、おぬしの稼ぎではいくらにもなるまい。町で暮らすというのは思うておるより金がかかるものじゃぞ?」
教皇の指摘にココが黙る。
そして。
跳躍して飛び蹴りを食らわせたココは、その勢いで教皇の首を締めあげた。
「テメエが言うなジジイ! 私を日給銅貨八枚で働かせているのはおまえだろ!」
「そうじゃった」
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