【3年前 東京駅丸ノ内JR北口駅舎前】

 年明けの午後だった。ヒロシが靴磨き屋にくるのは久しぶりだった。その日も幸一が一人で露天営業をしていた。幸一はいつの間にか長い髪を切っていた。もうこの兄弟も50半ばを過ぎているはずだ。髪には随分と白いものが混じっている。ヒロシの方は、年初からお気に入りの革製のバッグを持って仕事に出かけていた。

「こんちはー、寒いねえー、お願いしていいかな。」

「はーい、どうぞ。」

「ちょっとサボっていたよ。暫く来れなかった。今日は1人?」

「今日は1人だ。弟は別用があってね。」

「オヤジさんは?」

「オヤジは引退してね・・、今は兄弟ふたりでやってるんだ。 」

「それは知らなかった。」

「ところでお兄さん、とても良い革のバッグをもっているね。」

「実は、年末のボーナスで奮発して買ったんだよ。」

「ちょっと見せてもらっていいかな。」


幸一は、バッグを手に取って革に手を滑らせ、まじまじと眺めた。

「こりゃいいカバンだ。そのまま使い続けても良いけど、ちゃんとオイルで磨いたらもっと格好よくなるよ。傷もつきずらくなる。俺に任して磨かせてくれないか。」

「カバンも磨いてくれるの? おじさんにだったら是非磨いて欲しい。」

「磨くのは靴だけじゃないよ。俺達は革のプロだからね。でもね、こういうカバンみたいな幅があるヤツを均一に磨くのはかなりの腕がないとね。」


普通、新品の革のバッグを磨いてもらうなんてリスクを感じてやらないものだが、ヒロシはこの靴磨き屋の腕をすっかり信用しているのだった。

「じゃぁ、カバンから片付けよう。これダレスバッグというね、別名医者カバン。でもね、実際は医者がこんなカバンもっているのは古いドラマの中だけだね。弁護士が良くもっているかな。外国人はロイヤーズバッグって言うね。お兄さんにも良く似合うよ。頭使う仕事する奴はこういうの持ち歩く。」


幸一はそれから手際よくカバンの手入れをし始めた。カバンはびっくりするぐらい上出来に仕上がったのは言うまでもない。


その後、ヒロシのオフィスが丸ノ内から移転をした。それもあって東京駅を使うことはそこそこあったが、丸ノ内北口前を通る機会がめっきり少なくなった。それもあって、靴磨き屋に行く機会もなくなってしまった。

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