9章 誰が為に振るう力
夢を見た。真っ白な空、真っ白な体、真っ白な心…。私はただその感覚に溶けるだけ…。だけど、溶けないものもあった。心に感じる微かな温もり…、愛情や想いだけは心の存在を伝え続けている。だから私たちは…。
これは遠い昔の孤独(きおく)だった。
朝、私たちは今日この街を出る予定だった。
“今の夢、どうして私が…?”
あの夢は無の私たちがみるものではない。でも、なぜか懐かしい。しかし、それは私たちにとっての異常…、だって、私たちは偽者なんだから。
「テラさん!起きてください!」
「えっ!……………私いつの間に。」
私は夢から覚めたはずなのにいつの間にか眠っていた。
「ご、ごめん!」
「…………何か悩み事があるなら言ってよ。僕がテラさんを支えたいから。」
イル君の言葉に私の胸はもどかしい程ほんのりと暖かくなった。
そしていよいよ旅を再会する時が来た。しかし、いつか聞き覚えのある声が聞こえた。
「我は地獄の炎を飲み勇者に復讐をする。さぁ、勇者よ。」
あのドラゴンが飛んできた。そして、街を焼き尽くしていった。
ドラゴンはエクステラを見つけた。
「勇者よ、我はお前に苦しみを与えに来た。まずは、あの小僧を苦しめてやろうか。」
ドラゴンの吐いた炎がイルマを襲う瞬間、炎は何かしらの力でかき消された。イルマの前には魔導士が立っていた。
「貴様、勇者に肩入れするとは裏切る気か。」
「いいや、私はこの少年を護っているだけ。勇者に復讐したいなら勇者を襲えばいいじゃないか。」
「ほぅ、だが…」
ドラゴンの手が魔導士を薙ぎ払った。
「その小僧にも痛い目を見てもらわねば気が済まぬ。」
ドラゴンは今までと違う青色の炎を吐いた。
そして、エクステラはイルマをかばった。
エクステラは悶え苦しんでいた。
「勇者よ、その炎は魂を燃料に燃える炎だ。その魂が燃え尽きるまで苦しみ続けるがいい。」
その光景に誰もが絶望していた。
「そうだ、小僧も同じ場所へ追わせてやる。」
また青い炎がイルマに向かい飛んでいく。その時、声が聞こえた。
「お兄さんは私が守る!」
イルマの前に氷の壁が現れ、青い炎からイルマを護った。
そこにいたのはレイだった。
…………
真っ白な場所。気がつけば私は在った。最初は何もない、空っぽな人形のようだった。私の意志が強くなる。大切な人の幸せなひととき、それは少女にとって喜びだった。私に有るのは兄との幸せ、自分の幸せ……ただそれだけだった。
ある時、エクスバースちゃんから聞いた。私たちは人形、彼が逢うことを願っているミリではない。誰にも求められない空っぽの存在。でも、私たちは彼に求められたい。だって、それだけが私たちの存在意義。
私が見た孤独、あれは私たちの元々在った場所。全てが…白く染まった…すべての始まり。偽物が本物の夢を見る、まるで私が元々そうであったように、物語の主人公のように…。
真っ白な空間に浮かんでいた私の心に言葉が紡がれる。
“しろい しょうじょ おもい わずらい きえる こころ それは むのげんてん
はずれし おもいの きょぞう あらたな むのげんてん となる”
「だれ、どうして、私は…。」
“きょぞうは あらたなかたちを かたどる それはもう きょぞう ではない
あらたな しろを きざんだ しょうじょ すでに ひとりの じつぞう”
「…………そっか、わたしはもう…。」
私はもうミリとしての存在を外れてしまった。その証明に今の私には、あんなに大切だったお兄ちゃんを思い出せない。
「ハハハ、もうどうでもいいや。わたしが在る意味が無いからね。もうこのまま消えてしまえば…」
「それは違うぞ、エクステラ。」
目の前に現れたのは、エクスバースちゃんだった。
「今の話をちゃんと聞かないからこう思いこむんだ、お前は。」
「エクスバースちゃん…、どうしてここに。」
「おっと、今の私はお前と過ごしていたエクスバースではない。お前と私は双子のようなものだ。お互いの心の中にお互いがいる。似通った感情から生まれたから。」
「…、でももう私は…。」
「さっきの話、お前は確かに私のような造り物ではなくなった。でもな、お前はお前として独立したんだ、何にも縛られない。」
「…?」
話の意味を汲み取れないエクステラにエクスバースはため息をついて説明する。
「要するに『ミリ』の感情としての存在から外れたってことだ。お前はもう人形じゃない、一人の人として存在している。お前は心も存在もただ一人の『エクステラ』としてこれからも存在し続ける。原因は兄だけを愛し続ける螺旋ともいえる無限の遺志を外れた、つまりお前は兄への執着の存在意義を失ったということ。つまりだな…お前は兄以外の人物、あの少年のことを好きになったからだ。」
私はいつから“定め”から外れた、それは私の中で疑問になっていた。私の心は今『喜び』に縛られていない。それは異世界へ来たからではない。イル君を好きになってしまったからだ。
「お前は新たな虚無の力を手にしようとしている。元々私たちは愛に溺れた少女が後悔と希望の果てに造った存在。少女は果てしない愛の先にその愛の無意味を感じてしまった。彼女が虚無に消えた原因。お前も今同じ状況にある。その力をどう使うかだな。」
エクステラはとあることを疑問に思った。
「ねぇ、あなたエクスバースちゃんじゃないでしょ。」
「言っただろ、お前の知っているエクスバースではないって。私はお前が生まれるとき、『喜び』に混ざった『楽しい』という感情だ。それだけで構成されているお前の知っているエクスバースとは違う人物であり同じ存在だ。薄い存在故に虚無に近しいが儚い。」
「分かった。私、イル君のために頑張るよ。私は信じ過ぎないから。」
「ふっ、そうだな。私の方が心配のし過ぎか。」
「ねぇ、私たちが生まれた意味って何なのかな。」
「そうだな、『哀』は後悔、『怒』は欲望、『楽』は自由、…そして『喜』は幸福だな。」
「そっか、でもね、私は幸せじゃなくてもいい。幸せなんて自分で決めること。幸せになろうとするなんてそれこそ幸せだと思うよ。私たちはみんなお兄ちゃんとの幸せの理想の具現だと思うの。彼女は幸せだと思ってたけど幸せではなかったから。」
「…お前はどっちに決めるんだ。幸せな世界と無意味な世界、どちらに残る…。」
「ん~、まだ分かんない。でも、やるべきことがあるから。どっちにも私を必要としてくれる人がいる。」
エクスバースは笑った。
「フフ、お前が一番幸せ者だよ。」
「うん、だからみんなにもこの幸せを感じてもらいたい。それが今の私が在る意味。」
「そうか、行ってきなよ、お前を待っている人がいる。」
エクステラは向こう側にクロステラが手を振っているのが見えた。そして歩みだした。
「おっと、忘れていた。これを」
エクステラが受け取ったのは一つの日記だった。
「それは私たちの理念の核みたいなものだ。少女が思い描いた過去の記憶。私たちにはこれが全てだ。」
その日記にはたくさんのページが破り取られていた。残っているページにはお兄ちゃんと遊んだり話したり過去の私が思い描いた理想が綴られていた。
「ありがとう。私は外れてしまったけど、それでも『ミリ』だから。私向こうに戻る、だって、お兄ちゃんもエクスバースちゃんも幸せじゃないから。」
「そういってくれると嬉しいよ。それはお前の感情の中で見つけた一部、他のページはいつかそっちの私たちにも必要になる。私はもう消えてしまうが、お前がその想いを伝えてほしい。」
「…分かった。それじゃあ行くね。」
エクステラはクロステラのもとへ駆け足で向かった。それを見ていたエクスバースの体は白い景色に溶けていった。
「幸せは自分では気づけない…。ああ、私はこんなにも幸せだ。向こうの私にもこの幸せを…きっと…」
クロステラは走ってくるエクステラの手をつかみ一緒に走った。
「アハ、どう?自分のこと分かった?」
エクステラはそんなクロステラの笑顔を見て気づいた。彼女は縛られている、もともと私は一人だ。私が縛られていないのは、彼女がそれを背負ったからだ。
「いつか…、クロステラちゃんも幸せにしてあげるからね。」
クロステラの笑顔は優しくなった。
「エクステラが幸せならあたしも幸せだよ。心の温もりも全部伝わっているから。」
「そっか、ならいっそ頑張らないとね…。」
その発言に不安になったクロステラは走るのを止め、エクステラを抱きしめた。
「自分だけで不幸を背負うなんて、バカ!あたしたちは不幸を背負うために産まれたんじゃない!幸せになるために生まれたんだから。自分が幸せでもないのに他人の不幸ばかり背負って…それこそ見てる相手も不幸だよ。」
その言葉を聞いたエクステラは上を向いて聞いた。
「ねぇ…幸せってさ、何なんだろうね…。幸せは共通には訪れない。何かを犠牲にして得る。みんな一斉に幸せになれないのかな?」
それを聞いて、クロステラもいつもの雰囲気で答えた。
「アハ、そんなの決まってるじゃない。誰かの不幸が幸せに感じる人がいるから。意識しなくたってそうなの。何かを犠牲にして幸せを得ている。それにみんな気づかないだけ。えっとね、例えば二人の男性どちらかと同居することになって、一方は愛してくれるけど貧乏で他社から邪険に扱われる、もう一方は愛してくれないけど裕福で羨ましがられる。どっちを選ぶ?」
「どっちかなんて選べない。どっちも誰かが不幸になるから。」
「どっちも選べるなんて幸せ者はいないよ。自分の幸せは自分にしか分からない。だってさ、幸せかどうかなんて自分自身で決めることだから。」
「私にとっての幸せ…」
「“私”が守ってきた他人の幸せって、“私”が決めてただけ。それが“私”の幸せなら相手の幸せはいったいどうなんだろうね?アハハ♪もしかしたらぁ…」
「うるさい!私は私だから!ただ…誰かが喜ぶ姿が見たいだけだから…。」
「それが偽りの幸せでも構わないの?作り笑い、愛想笑い、笑顔なんて幸せじゃなくてもいくらでも作れる。それでもかまわないの?」
「私は自分勝手かもしれない…。でも!私は自分がどれだけ不幸を背負っても満足できるから!そのために犠牲になるなら…」
「アハ、よろこびなんて感じないくせに。でも、それくらいの自覚がないと偽りの優しさに押しつぶされてしまうからね。」
「ごめん、でもよろこびを感じられないのはお互い様でしょ。」
「わかる?そっか、あたしも分からなくなってきたんだ。徐々に薄れていくから。」
「私たち、どうなっちゃったんだろ?」
「アハハ、もしかしたら兄ちゃんに一番必要な存在なのかもね。」
「でも!」
今度はエクステラがクロステラの手を引っ張って笑顔で言った。
「私たちは私たち!私たちが『ミリ』でなくなっても、私たちらしく在ればいいだけだからね。」
クロステラが見たエクステラの笑顔は今までよりずっと輝いていた。
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