8章 それぞれの夢と虚無に染まる希望
イルマは一人で魔導の森の出口にいた。
「テラさん…。やっぱり戻って探しに行こうかな…。」
イルマが迷っていると森の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「イル君~!」
それに気づいてイルマが振り向くとエクステラが飛びついてきた。
「ちょ、ちょっと!テラさん!」
「イル君!寂しかった?」
「そ、それは……って、は、離れてください!恥ずかしいです!」
エクステラが顔をあげるとそこはコロシアムのような建物を囲むような街並みが広がっていた。やはり、ここは人通りが多く、イルマが恥ずかしがっているのも分かる。
「ご、ごめん…。」
エクステラはイルマの上から降りた。
「い、いや、そんな悪い気もしなかったなぁって!」
イルマはすごく慌てていて、それを見たエクステラは笑った。
そこで懐かしい声が聞こえた。
「ふぉっふぉっふぉ。カップルでイチャイチャしよって。いいのぉ、羨ましいのぉ。」
そこにいたのはブライト山で修業させてもらったお爺さんがいた。
「お爺さん!お久しぶりです!」
お爺さんはエクステラを凝視した後に驚きながら言った。
「おぬし、少し見ないうちにかなり力をつけたようじゃのぉ。」
エクステラは笑って答えた。
「分かりました?私たち、強くなったんですよ!」
お爺さんはイルマの方を向いて言った。
「それに比べて、おぬしの方は…成長したのは下心だけかのぉ。」
「うるさいよ、爺さん…。」
「ふぉっふぉっふぉ。ところでおぬしら、これに出てみてはどうかのぉ。」
お爺さんはあるポスターを出した。イルマがそれを受け取って読んだ。
「どれどれ、
“ グラウ主催
闘技大会
コロシアムにて参加者募集”
だって…。」
エクステラは目を輝かせて言った。
「何それ?面白そうだね。ね、早く行こう!」
「ちょっとテラさん!」
エクステラはイルマの手を握って走り出した。それを見送るお爺さんは真剣な顔でつぶやいた。
「ラウドよ…、おぬしに足りないものを勇者は持っている…。」
お爺さんは2人を追いかける存在に気づいていたが、見て見ぬふりをした。
コロシアムにたどり着いた2人は参加登録をした。
「予選がいくつかあって、最後に残った8人でトーナメント戦らしいですね。」
「イル君!そんな堅苦しくならないでもっと笑っていこうよ♪」
笑いながら控え場入ったエクステラの前に女性が立ちはだかった。
「ここはそんな軽い気持ちで立ち入っていい場所ではないですよ!ここは戦場です!もっと気を引き締めなさい!」
エクステラはその女性の警告を言い返した。
「戦場では笑っちゃだめだなんて誰が決めたの?笑うことは頭の回転を速くしたり、モチベーションを高めたりする効果もあるし、何よりネガティブな兵士なんて使えると思う?ふふっ、ごめんね。あなたはあなたの“本当に”やりたいことをするといいよ♪」
その時の声色はいつもと違ってイルマは少し恐怖を覚えた。
「て、テラさん…?」
エクステラは振り向いて笑いながら言った。
「イル君……ごめんね。」
エクステラは奥へ走って行った。エクステラの笑顔が明らかに曇っていたのをイルマは不安に感じた。
エクステラは控え場の隅で泣いていた。
「どうして…?何かおかしい気がする。」
(アハ、あたしにもよく分かんないけど、強い力があたしたちの存在に反応しているみたいだね♪)
「そう…なのかな?」
(あたしの勘が信じられないの?)
「そうじゃないけど…。」
(私は私のやりたいことをするといいよ。あたしはそれを全力で笑ってあげる♪)
「ふふっ。ありがとう、クロステラちゃん。」
集合の号令が聞こえたので集合場所へ向かった。
“始まりました!今日の大会は特別中の特別!この町の英雄グラウ主催の大会だぁ!”
歓声が沸く中たくさんの出場者が広いコロシアムの中にいた。
“さて!早速最初の予選はこれだぁ!”
コロシアムの奥の扉が開くと檻があり、その中にはたくさんの猛牛がいた。
“さぁ、この牛は人を襲う凶悪な牛です!この牛をどんな方法でもいいので大人しくさせて連れてきてください!”
そして檻が開くと同時に大会は始まった。
エクステラは始まると同時にその牛と仲良くなりたいと思った。
「牛さ~ん♪」
そのうちの一頭に飛びついた。そうするとその牛は唐突におとなしくなった、というよりは怯えていた。
“おぉっと!時間切れだ~!今回の合格者は、なんと!4人だけだ~!”
“まず初めに到着したのは、このコロシアムでは無敗の王者ラウドだ~!ラウドはなんと牛に致命傷ぎりぎりのダメージを与えて気絶させて持ってきました!なんてすばらしい技術なんでしょう!”
“その次に到着したのは、勇者エクステラだ~!驚くことにエクステラは凶悪な牛を従わせて連れてきました!”
“その次に到着したのは、ラウドの一人娘であり期待の新人ラウラだ~!ラウラはなんとか牛を瀕死状態に追い込み持ってきました!”
“そして終了時間ギリギリに滑り込んできた、勇者の付添人イルマだ~!イルマは得意の罠で牛を痺れさせて持ってきました。”
“さて、今回は異例!この4人でトーナメントを行うことが主催者によって決まりました!”
「テラさん…。」
エクステラのいるトーナメント出場者用の控室へイルマが入ってきた。
「イル君…。あのね、聞いてくれるかな…。」
イルマは黙り込んだ。
「私ね、何かの力のせいでおかしくなっちゃって…。本当にごめんね…。あんな怖いこと、私が言うなんて…。」
イルマはエクステラを抱きしめて耳元でささやいた。
「テラさんがどんなことを言おうと、テラさんはテラさんです。自分の行動が自分らしくなくても自信を持ってください。僕はどんなテラさんでも愛しますよ。」
「イル君…。ごめんなさい!いつもそんなこと言うのは私の方なのに…。ふふっ、イル君がこんなにかっこいいなんて、見直しちゃった♪」
そんな二人を見ている影があることに2人は気づかなかった。
“1回戦は、ラウラvsエクステラ だ~!”
エクステラの前にはあの女性がいた。
「あなたって勇者だったのね。でも、私は負けるわけにはいかないの。」
「ふふっ、あなたはやりたいこと考えてきた?」
「そうね…。私は父さんに勝つためにここにいる!」
「そっか…。」
“さぁ、試合開始だ~!”
「勇者さん、私から行かせてもらうわ!」
ラウラは距離を詰めて切りかかった。それを自分の短剣で受け止めた。
「ふふっ、あなた…ラウラちゃんは、お父さんに勝つことが目的じゃないよね。」
「違う!私は父さんの娘だから!期待されているから!父さんに…王者に勝たないといけないの!」
ラウラは勢い任せに何度も何度も切りかかった。エクステラはその剣を弾いた。ラウラの剣にはまっすぐな想いはなく、ただただ力任せなので弾くのは簡単だった。
「ラウラちゃん…笑ってよ。ラウラちゃんはお父さんに、皆に認められたいんじゃないの?だったらこの戦い…楽しもうよ♪」
ラウラは驚いた。いつからか認められることは父親に勝つことに限定していた。
「そう…ね…。」
ラウラは初めて心の底から戦いを楽しもうと思った。
「勇者さん、私は間違っていた。だけど、そんなことより…この試合楽しみたい!」
2人の戦いは長い間行われた。
「ふふっ、最初よりこの試合を楽しもうってまっすぐな想い、戦い方に表れてるよ。」
「勇者さん、ありがとう。でも…」
ラウラは剣を足元に置いた。
「私は勇者さんに大切なことを教わった。それに戦いにおいてこんな気持ちになったのは初めてだった。これは私の負けです。」
「本当にいいの?」
「はい、私は父さんに勝たなくてもいいです。ただ父さんの背中を負っているだけでも幸せです。」
“勝者が決まった!なんとラウラが試合を降りて、勝者はエクステラに決定だ!”
エクステラとラウラは握手をした。
「勇者さん、ありがとう!私は大切なことを忘れていた。使命なんかよりも自分のやりたいことを大事にすることが幸せだって。」
「ふふっ、私もラウラちゃんの本当の笑顔が見られてよかったよ。」
その後、イルマとラウドの試合が行われたが、結果は最悪だった。イルマの罠は微塵も効かず、イルマが試合を降りても戦いを続けた結果、イルマは重症の怪我を負ってしまった。その変わり果てた王者の姿に観客は驚いていた。ラウラも本当にソレが父親か疑ったくらいだった。エクステラは意識不明のイルマの心配だけをしていた。
遂に決勝戦が行われた。エクステラの前にはラウドがエクステラよりも大きな大剣を持っていた。
「あなたが…イル君を…!」
エクステラは今まで感じた事の無い程の怒りを覚えた。ラウドはその姿をあざ笑うかのように冷静に答えた。
「お前の怒りを引き出すためにあの小僧を叩きのめしただけだ。」
エクステラはそれを聞いてさらに怒りが込み上げてきた。
試合開始の合図が鳴った。それと同時にエクステラは素早い動きと剣幕で攻めた。しかし、ラウドは一切動じなかった。
「確かに素晴らしい速さだ。だが…」
ラウドは大剣を一振りした。その一振りは的確にエクステラを捉えていた。エクステラはコロシアムの壁まで飛ばされてしまった。
「ど、どうして…。」
ラウドはそれに答えた。
「確かに速い動きだ。だが、その一太刀一太刀は我に通じるものではない。その動きもとても規則的だ、当てるのは容易いことだ。」
エクステラはあることに気がついた。
「もしかして、私を勇者として消そうとしてるの?」
ラウドは少し動揺して答えた。
「…ああ、我は魔王軍にある交渉を持ちかけられた。勇者の命と引き換えにな。」
エクステラはすべてを理解した。
「その交渉はもしかしてラウラちゃんに関係しているでしょ?」
ラウドはさらに動揺した。
「…ああ、そうだ。ここで勇者を始末しなければ大切な一人娘を奪われてしまう。」
エクステラはそれを聞くと武器をしまって、覚悟を決めた。
「それなら、私を殺して。私が死ぬことであなたの幸せが守られるなら、私の命なんて…。」
それを聞いたラウドはその場に崩れた。
「我はお前のような自身の命までも他人の為に犠牲にできる者を初めて見た。我が今まで見た者は皆、命を護るために何かを犠牲にする者ばかりだった。お前のような自己犠牲をする者など…、我には殺めることなどできない。」
その直後、上空に悪魔のような魔物が現れた。その魔物の前にはボールのようなものがあり、その中にはラウラが囚われていた。
「ケッケッケ、ラウドよ。お前は契約を破った。代償として、この娘に闇の力を埋め込んでやる。どう暴走するか楽しみだなぁ。」
闇のオーラでラウラが染まっていく。それに絶望したラウド。それらを見ていたエクステラはふと思ってしまった。
“私のせいで…、みんな不幸に…!”
そしてエクステラの意識は白く染まっていった。
その頃、医療室で様々な治療魔法がイルマに施されていた。医療班はイルマが受けたあまりに大きすぎるダメージに諦めていた。そこへある影が訪れた。
エクステラは気がつくと真っ白な世界にいた。意識もぼんやりとしていて、はっきりとは分からない。ここでこのまま漂っていると自分が消えてしまうような気がする。だけど、身動きが取れない、いや取れるはずがなかった。彼女の体は真っ白な空間に溶けるように消えていっていた。
闇に染まったラウラはうなりながら意識を失っているエクステラに近づいていく。そして、エクステラに襲い掛かろうとした瞬間、ラウドがそれを食い止めた。
「すまない、ラウラ。我には守らねばならないものは他にもある。お前も…襲いたくはないはずだ!」
ラウドは闇に染まったラウラと戦う覚悟を決めた。
「ケケッ、勇者もこれでおしまいだなぁ。ケッ!?」
悪魔は見てしまった、立ち上がった勇者の姿を…。その瞳は真っ白に染まっていた。その瞳はまさに魂をも染めてしまうような白さだ。この瞳はかなりの上位の悪魔か生まれつき魔力を膨大に秘めた伝説の魔女でも無ければ使えない。
「ま、まさか…!」
その後、エクステラは右手を前に出して口を開き言った。
「すべテ…きエてしまエ…!」
エクステラの右手から目に見えない何かが放たれた。その直後、悪魔は消滅した。そして、連続してラウラは意識を失い倒れこんだ。
悪魔を倒したエクステラの次の狙いはラウドとラウラになった。エクステラは無表情でこちらを向き、先ほどのように右手をかざした。その直後、ラウドとラウラのいた場所は深くえぐられたが、ラウドとラウラはなぜか違う場所にテレポートしていた。
「…まったく、勇者は危なっかしい…。」
そこには大魔導士とイルマがいた。ラウドは突然のことで困惑していた。そして、真っ先にイルマはエクステラの方へ走って行った。
「危ない!」
大魔導士の声はイルマには届かず、イルマはエクステラに飛びついた。
真っ白な空間でエクステラは再び目覚めた。
(あれ…?私、消えたはずじゃ…。)
エクステラはこの感覚を知っていた。元の世界とは違う私たちが生まれた世界。私たちは決してこの力を扱えるはずがない、私たちはあくまで彼女の感情であり複製体だから。だけど、なぜかこの感覚が馴染んでいく。だけど、この力を手にすると後戻りはできない。下手に扱えば何かが消えてしまう。それは大切なものかもしれない。その時、誰かが手を差し伸べてくれたような気がした。
(これは…お兄ちゃん…、じゃない…)
その手は私たちが最も大切にすべき、愛するべき存在である兄ではなかった。
それはイルマだった。
(そっか…。私にはもうお兄ちゃんより大切な人がいたんだね。イル君…?ねぇ、私はこの力を扱えると思う?)
イルマは心配しているような気がした。
(そう…だね。私が不安になったらダメだよね。私にはこの力を扱える、だって私にはイル君やクロステラちゃんがいるから!絶対に何も失いたくない!そのためにこの力を…コントロールしてみせるから!)
エクステラは差し出してくれた手を掴んだ。
エクステラが目を覚ますとコロシアムで倒れていた。
「テラさん…!」
イルマはエクステラを抱きしめて泣いた。
「イル君…なの?」
そこにいたエクステラ、イルマ、大魔導士、ラウド、ラウラは全員で状況を整理した。大魔導士は2回目に魔導の森に入ってから後をつけていたらしく、重症のイルマを治したのも彼女らしい。
「魔導士ちゃんも仲間になってくれるの?」
エクステラは質問した。
「別にならないわよ。あくまで彼を護るために来ただけ。」
そう言った後、魔導士はどこかへ行ってしまった。そして誰かがそこへ近づいてくる音が聞こえた。
「ふぉっふぉっふぉ、おぬしらの戦いはとても素晴らしいモノじゃったぞ。」
そこにはあのお爺さんがいた。
「父さん!」
ラウドがそう言ったので二人は驚いた。そこでラウラが説明した。
「あれ?知らなかったのですか?私のおじいさまはこの町の英雄グラウなのです。」
「あんなのがここの英雄だったなんて…。」
イルマがつぶやいた。
「ふぉっふぉっふぉ、人は見た目で判断するではないぞ、イルマよ。こう見えても若いころは一騎当千の無双と言われたものじゃ。」
そして二人はラウドとラウラの家に泊まることになった。
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