外伝 忘却のエール
あるところにミランダ・エールという魔法使いがいた。彼女はまだ少女という若さでこの神代の地に家を持ち、そこで魔法の研究を行っている。周りの人からも相当気味悪がられたそうだ。唯一の彼女の友達は吸血鬼のミレーユだけだった。
ある日、ノックが聞こえた。出て見るとそこには二人の少女がいた。一方は会話ができるほどの年齢だが、もう一方は自分で歩けるようになった程度の年齢だった。
「何の用ですか?ここは子供が遊びに来るような場所ではありませんよ。」
「これ、見て。」と、差し出してきた紙切れには“研究等の材料としてお使いください”と書いてあった。あいにく彼女たちはまだ文字が読めないようで状況を把握していないようだった。私の評判が悪いせいでついに子供まで捨ててきたか、と内心思いつつ彼女たちをどうしようか悩んだ。もちろん研究材料なんかにはしない。しかし、追い返すとこの子たちはこれからどうなってしまうのか、想像するだけで申し訳ないと思う。そこで私はこの子たちを養うことに決めた。
「今日からあなたたちは私と一緒に暮らすのよ。」
「パパとママは?」
私は心が痛んだ。この子たちは捨てられていることを理解していないので、両親をまだ親だと思っている。私はとっさに嘘をついた。
「私は君たちのお姉ちゃんだよ。でも、君たちが産まれた時にはお母さんたちのところにはいなかったの。お母さんたちは忙しくなっちゃったから私のところで暮らしてって書いてあるの。私はミランダ・エール、ミランダでもミラでもいいわ。私はあなたたちの名前知らないから教えてくれる?」
「うん、わたしはミルーナ。この子はミイナ。よろしくね、ミラお姉ちゃん。」
そして、虚構の姉としてこの子たちを育てることとなった。
そして何年も経った後、ミランダが大人といえる年齢になり生活も安定していた。
ある日、三人で買い物に行ったときだった。ミルーナに食材を頼み、ミランダとミイナが日用品をそろえているとき、ミイナがウサギのぬいぐるみを持ってきた。
「ミラ姉ちゃん、これ欲しい!」
「ちゃんと大切にするの?ミイナはいつも途中で飽きて捨てちゃうじゃない!」
「ちゃんと大切にするから、お願い!」
「はぁ~、もうわかったから。買ってあげるから泣くのを止めなさい。」
「やったー!」
そしてその帰り。
「見て!ミルーナ姉ちゃん!」
「ミラ姉、また買ったの?!ミラ姉と私で稼いで生活ギリギリなのに。」
「いいじゃない、ミイナが嬉しそうだし。」
「もう、ミイナには優しいんだから!」
「決めた!この子の名前はミミだよ。」
「ふふっ、本当にかわいいわね。」
その数週間後、この平穏な日々は崩れ去った。ミイナが街を破壊したのだ。それは何の前触れもない唐突な事件だった。話によると、突然暴れだし、神父に抑えられ、太陽の僧によって封印されたそうだ。許せなかった、私はミイナを失ってしまった。
「ミラ…姉…?」
「ねぇ、ミルーナ。ミイナがいなくなって、あなたはどう思ってるの?」
「わ、私は悲しいよ!でも、それにも何か理由があるんだと思う。太陽の僧って人は封印したくてしたんじゃないと思うの。」
「前向きね。もし私がミルーナたちの姉って嘘をついていたって言ったらどうする?」
「えっ…。」
「もしあの時、あなたたちが預けられたんじゃなくて、本当は捨てられていたなんて言ったらどうするの?!」
「…私、は…。それでもいい!でも、それを教えてくれなかったお姉ちゃんなんて!お姉ちゃんなんて…!大嫌い!」
ミルーナは出て行った。私は彼女がどこへ行ってもどうでもよかった。私があの時、嘘をつかなければ何か変わっていたのかもしれない。それだけが後悔として心の中を塗りつぶしていった。
それから数年、ずっと外界との交流をしなかった私はついに太陽の僧からミイナを取り返す作戦を決行することにした。太陽の僧は実は女性らしい。なら私だって魔女だ。仮初の僧なんかには負けないし、負けても失うものはもうない。
………………………………。
「違う!ちがうちがうちがうチガウチガウチガウ!こんなはずではなかった。例の僧は罪を認めるとか言って私の攻撃を全部受ける。だから彼女にとどめを刺そうとした。そそれを彼女からかばったあの子は…!あれはミルーナ!違うんだ!私をそんな目で見ないでくれ。」
その時、彼女の声が聞こえた。
“ミラ姉、なんで泣いてるの?ミラ姉らしくないよ。”
「だって!あなたを!ミルーナを殺めてしまったのは私自身なのよ!」
“ふふっ、懐かしいね、その名前。あの頃、とても楽しかったね。”
「何を言ってるのよ…!あなた死んだのよ!」
“フフ、実はそろそろ死んじゃおうかなって思ってたんだ。その相手がお姉ちゃんなんて、私幸せだな。“
「な、なによ。慰めなんていらないし、何よりもうあなたの姉ではないはずよ。」
“う~ん、それは違うな。あの時大嫌いって言ったけどミラ姉は私たちのお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんも前向きに考えてほしいな。お姉ちゃん、私とミイナのこと好き?”
「…!」
“ふふっ、今の私にはね。想いが分かるの。お姉ちゃんが私とミイナのことを本当の妹のように想ってくれてたの、分かるんだからね。”
「それは…。」
“もう大丈夫みたいだね。最後に一つ、私とミイナからのプレゼントだよ。この力受け取ってね、これは大切な人にしか伝わらない虚無の力。私もミイナからもらったんだ。”
「ありがとう、本当に元気づけてくれてありがとうね。」
“うんうん、それでこそミラ姉だよ。私たちのこと忘れないでよ、いつでも見えなくてもそばで見てるからね。”
声は聞こえなくなった。私はもううつむくことなんてしないと誓った。
それからは太陽の僧のミロクさんも時々訪ねてくれる。どうやらミルーナのことを養っていてくれていたらしい。ミレーユとの関係も元通りになった。この力で鏡を扱えるようになった。鏡は自分を映し出すもの。もう見失わないように自分を見直していきたいと思う。心の中でミルーナとミイナにプレゼントをありがとうと伝えた。届かないはずなのに。でも、2人が笑った気がした。今日も生きて行こう。2人も見てくれているんだから。お姉ちゃんらしく、ね。
突然、扉を蹴破る音が聞こえた。私はそのまま意識を失った。
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