短編 一つの正義と一握りの後悔

有間はある二人を自室に呼び出した。

「来てくれたね。」

有間の前には、いつも通り不機嫌そうなエクリールと笠と僧衣をまとったミロクがいた。

「まぁ、呼んでおいてアレだが珍しい組み合わせだな。それはさておき、2人には新しく創った銭湯に入ってみてほしい。」

「「はぁ?!」」

二人は驚いた。

「2人が驚くのは分かっている。2人とも自分の体にコンプレックスを抱えているのは分かっている。だからこそ、2人には通じ合うものがあると思う。2人ともあまり他のメンバーと仲良くしようなんてしないだろ?だから、俺が配慮してこの2人にした。」

「いくら兄さんが頼んだって私は断るから。」

エクリールが腕を組みながら言う。

「お、お前なぁ…。頼みだけで我が入るとでも?ごめんだ。」

ミロクが少し笑いながら言う。

有間はため息をつきながら言った。

「じゃ、しょうがないな。今すぐにエクステラとヨミを呼んで…」

二人は焦りだし、すぐに向かった。それも当然だ。ヨミを呼ぶとミロクは半強制的に連れて行かれる、エクステラを呼ぶとエクリールは恥ずかしい情報を漏らされるからだ。有間は自分の二人の弱点を突いた行動に少しにやりとした。机の下に隠れていた未離が顔を出して有間に聞いた。

「ねぇ、お兄ちゃん。なんであの2人なの?」

「未離は知らなかったな。エクリールはただのコンプレックスだが、問題はミロクの方なんだ。あいつには辛い過去や忘れたい後悔がたくさんある。お前に話してやってもいいが、ミロクには秘密だぞ。」

「うん。」

「そうだな…、まずあいつは産まれる前から…」



更衣場に来た二人は服を脱ぎ始めた。あまり人と話すことが得意ではない二人はしばらく黙っていたが、エクリールが緊張しつつ話した。

「あ、あのさぁ。なんであんなに風呂に入りたくなかったんだ?」

少し悩んでからミロクは話し始めた。

「そうか…。では、驚くのではないぞ。」

ふぅ、と深呼吸と同時に力を抜いたミロクは先ほどまでとは全然違う明るい表情や口調で話し始めた。

「どう?驚いたでしょ?そうだよね、僧は男がなるもの、でも私は女。だから、私はあまり体を見られたくないの。」

「私はそれでもいいと思う。男女差別する奴なんてロクなのがいないからな。」

エクリールは答えた。

自分の体を見て同情してくれたエクリールに戸惑った。

「ありがとう。私の体を見ても驚かなかったのはヨミとお前だけだ。」

そんな流れで二人は中へ入った。


二人は温泉に浸かっていた。エクリールはふとした疑問を投げかけた。

「そういえば、なんで女なのに僧をしているんだ?普通は女性の僧は尼だと思うが…。」

それは聞いたミロクは少し険しい表情になった。だが、すぐにため息をつき言った。

「お前になら話してもいいか。あまり口外するなよ。」

「ああ。」

「まずは私の産まれからだな…」



一昔前、ある地域でとても名の知れた僧がいた。その僧は優しい心と強い力を持ち、多くの妖を倒してきた。しかし、とある夜にその僧の妻が強い妖に襲われた。その夜は妖の力が増す珍しい夜だった。その妻は僧が留守の間に襲われた。そして、妻に女性の子供を産み、その後に命が尽きる呪いをかけた。僧は悲しんだ。呪いというものはメリットとデメリットのバランスやリスクやコストの大きさで強さが変わる。子供が産めるのなら死すらも釣り合ってしまう。そして、僧に恨みを持った妖は後継者が現れぬよう女性のみに限定した。そして呪いを受けた妻のお腹の中には自身の命が子供となって現れていた。こんな状況に陥っても妻はすべてを受け入れた。自分の死を恐れずに子を産むことにした。僧もそれを認め、産むなら今産むことがいいと助言した。僧は妻の死に怯えたくなかったのだ。そして、産まれたのが、ミロクだ。

当然その後、母は命を落とした、私の命と引き換えに。しかし、それでも父は私を恨むことも無く、優しく育ててくれた。私はそんな父の姿にいつしか憧れを抱いた。私が10歳になる時に母の話を聞いた。嘘一つなく話してくれた。私はその妖たちを憎んだ。より一層父のようになりたいと思った。そして父に頼み、性別を偽りながらも僧になることを決意した。修行の中で私の力は信じられないほどとても強大なものであることが分かった。私の家の血筋では、男性は強力な退魔の力を持ち、女性は祈りや魂を鎮める力に長けていた。私にはどちらの力も持っていて、そしてどちらも前例が無い程強力すぎる力だった。血筋の関係もあるが、おそらく呪いの副作用だ。力は活かせなければ意味がないも同じだ。だからこそ、僧になれない女性の子供の力を大きく増幅することによって、妖にとって強い力を持つ相手を作らせないかつ呪いを確実なものにして父の強い血筋を途絶えさせるつもりだったのだろう。しかし、私は性別を気にすることなく僧になった。これは妖たちにとって計算外だろう。そう思っていた。だが、それはただの理想だった。

私の12歳の誕生日、ついにあの夜が再びやって来た。そして、父が留守にしている間、留守番をしていた私は後ろから近づく気配に気づかなかった。私の意識が突然遠くなっていくのに気づいたときにはもう遅かった。

気がつくと、私は黒い影に捕らえられていた。前には妖たちにひざまずいていた父がいた。この状況を見て、私は理解した。私は人質として捕らえられていた。ぼろぼろになった父は、意識が戻った私を見て笑いかけてくれた。しかし、それを気に入らなかった妖は父を殺した。そして、私は父の死体へ放り出された。よく見ると血まみれの父の手には金の装飾がついた杖が握られていた。私がその杖を手にすると装飾が強く輝いた。私の心の中で何かうずくものが現れた。私は無意識に立ち上がり、杖を天にかざすと直径10mもある巨大な火の球が生まれ、周囲の妖を消し去った。そのまま私は気絶してしまった。

気がつくと夜が明けていた。昨晩のことは夢のようにも感じるが、私の手には杖が、近くには父の死体があった。杖をよく見てみるとカードが添えられていた。


“12歳の誕生日おめでとう

この杖には私には扱えないほど強力な力を結んでいる

お前にはきっといつかこの力を扱えるようになるだろう

その時はこの力を正しいことに使うと信じている

おまえもいつか母のような美しい女性になるだろう

だが見た目が全てじゃない お前の母は心も美しかった

母のような心を照らす優しさを持つことを願っている

                       父より”


これを見て、私は泣いた。私が捕まらなければ…、私が捕まっていても妖を倒せるほど成長していれば…、と後悔した。しかし、後悔しては父の跡を継げない。私は涙を堪え、父の死体を母の墓へ供養した。そして私は旅へ出た。父が望んだ存在になるために。だが、いつしか忘れてしまっていた。父の跡取りとしてのプライドだけが残ってしまった。そして旅の終着点だが…ま、この先は時が来たら話そう。とりあえず、私はとある少女とその姉妹に会ってから変わった。父が私に望んでいたことをあの子は私に教えてくれたんだ。



「まぁ、こんな感じかな。」

ミロクが話し終えてエクリールを見ると泣いていた。

「うぅ、まさかそんな重い過去があったなんて…。感動するのは私の本質じゃないけど…、泣けてくるよ。結局最後にはどうなったんだ。」

「とりあえずありがとう、省いた最後の話はまだ話すべきじゃないからね。運命は近いうち廻ってくる。その時に最後に起きた大事件についてみんなに話そう。ヤツも今みたいに大人しく我々の味方になるか分からないからね。」

「ヤツ?誰なんだ、そいつは?」

「今はまだ知らない方がいい。未来が狂ってしまうからね。」

「そういえば未来が視えるんだったな。」

「視えるのは未来じゃない、可能性だ。」

「ああ、そうだったな。」

「そういうお前はなぜ恥ずかしがってたんだ?」

「わ、私は別に…そっちの話と比べると小さいが、私たちの体の性質って知っているか?」

「ああ、個人的に気になって、有間とエクスバースに確認した。色々大変だそうだな。」

「うん、私たちの性質がいくつかあって、私が気にしているのは体の成長だ。いくら何をしようと私たちの心や体は成長しない。私は戦うことが好きだ。特にむかつくやつを殴り倒すとか。だけど、私たちの体はオリジナルの体が元になっていて、その…弱弱しいこの体をバカにされるのが嫌いだ。いくら鍛えたって変わらない。怒の感情補正で他のメンバーよりは力があるけどな。さらにな、私は例外でな、イライラが溜まってくると体が成長する。女々しくな。はぁ…」

「でも、エクステラって子は心が成長しているみたいだが…。」

「あれはあいつが特殊なだけだ。エクスバースに聞いたが、実験の失敗であいつは別人のようにがらりと変わった。でも、あいつはあいつで変わってない、変わったのはあいつの存在の性質らしい。だから、私たちの性質から外れているって…」

「ほう、興味深いね。」

「私のことはいい。それよりもさっきの話の終わりを聞かせてくれ。気になってイライラしてくる。」

「うーむ。それなら一つだけ教えてあげる。私を変えたあの子っていうのはな…」

その時、温泉に誰かが入ってきた。それはヨミだった。

「あれ?お師匠様、先に入っていたのですか?珍しいですね、他人には絶対に体を見られたくないあのお師匠様が…。」

ミロクはエクリールを見てささやいた。

「分かったか。これでいいだろ。」

エクリールは頷いた。

その時、ガタンッと扉を開ける音が響いた。また誰かが来たようだったがエクリールにはとても嫌な予感がした。

「~♪ふふっ、新しい温泉♪楽しみだなぁ~♪」

悪い予感が当たった。ルンルン気分で入ってきたのはエクステラだった。

気づかれないように出ようとした。エクリールはそっとその場から離れようとした。しかし、それは叶わなかった。いつの間にか後ろにいたエクステラに体を拘束されていた。

「…エクリールちゃん、逃げちゃだめだよ。ふふっ、今日も笑顔になるまで帰さないからね。」

エクリールが嫌がる顔を見ながらミロクは先ほどのエクリールの笑顔を思い出しながら言った。

「本当に面白いね。彼女たちは。」


更衣室には有間と未離が中の声を聴いていた。

「お兄ちゃん、どうしてあの2人を呼んだの?」

「ああ、これからまた何か起こりそうだからな。今のうちに仲良くなってもらわないといけないからな。」

未離が扉を少し開けて覗くと、楽しそうな四人がいた。未離はつぶやいた。

「本当に、楽しそうだね。私も空虚にならないでもっと仲良くしたいな。」

「あの中へ行きたいか?」

「うん。」

「行ってくるといいよ。たまには俺や未愛から離れて他のメンバーと本心でふれあうことも大切だぞ。」

未離はすぐに服を脱いで中へ入って行った。

その後、クリームが現れた。

「マスター、大事な用って…」

「ああ、とある家族について調べてほしい。」

「ミロクさんのことですか?」

「いや、あいつはその家族の被害者だ。私が調べてほしいのは神代(かみしろ)家だ。唐突に現れ、消えた。信仰されていた家系だ。ここのメンバーの一人が深く関係している。虚無の女神の代替わりが早い時期と活動期間が一致している。虚無の力について無関係ではないだろう。」

「そのメンバーって…。」

「気づいても言うな。気づかれないように行動しろ。」

「あっ、はい。分かりました。」

クリームは消えた。

有間は真剣に考えながらつぶやいた。

「今回は俺たちには関係ないが、未離を助けてもらった借りがあるからな。最大限手伝ってやるが、決め手はお前たちの過去だ。それを受け入れて償えば……あるいは………」

有間の手には最近の新聞が握られていた。そこにはとある事件が書かれていた。

“また変死体見つかる

………死体の状態から見て犯人は非常に恨みがあると思い、

また死体には数か所が損失しており、まだ見つかっていない………

また被害者は不法行為による大量の資金を手にいれていたという噂があり………”



「また…来てしまった…。」

ある廃れた教会に一人の人物が現れた。

「姉さん、聞こえているか?俺たちってどうすればよかったんだ。」

「やっぱり…」

物陰からクリームがつぶやく人物を見ていた。そしてすべてを理解し、逃げるように消えていった。

その教会にたたずんでいたのは………ミナだった。



     虚~ホロウ~Project2 終“末”の虚“無” と “未”知の虚“無” へ続く………

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