虚構編

「私は…どうして…また…」

繰り返される兄の狂行、消された記憶。真っ白な記憶が蘇りつつある。

「ああ、そうだった…」

私には兄が狂ってもどうでもよかった。お兄ちゃんはいつでもどんなことがあっても信じているから。でも、一つだけ信じたくても信じられないことがあった。お兄ちゃんには私は見えていなかった。

「これは…私なんかじゃない。形もない、中身もない。なら…見てくれなくてもいい。私は感じたい。兄の、お兄ちゃんの愛を、直接…」

いつも私なんていないも同然、全部そうだ。お兄ちゃんと心が繋がったのもお兄ちゃん自身が私を認識するため、決して繋がれた訳では無い。全部言うことを聞いてもらえても、それは私がうるさいだけ。お兄ちゃんには私なんて………。

前にエクスバースが言った言葉を思い出した。

(私達はお前の心だ。空になった肉体が意志を持つとは興味深い。)

そうだ。私にはそもそも心がない。じゃあ、なんで私は在るの?今ここで存在してるの?もしこれが全部私の虚構ならこんな夢終わらせないと。また白の中でただ孤独に全てを白く染めあげるだけの自分に戻ろう。




気がつくと未離はいなかった。全員で探したが見つからなかった。

「ああ、どこを探しても見つからない。カメラにも写ってはいないぞ。」

エクスバースも珍しくやる気だった。そこでエクステラがテレパシーで話しかけてきた。

(お兄ちゃん…話したいことがあるの。未離ちゃんにも私にもみんなにも関係がある大事な話。)

そこで俺はエクスバースに言った。

「とりあえずカメラに写っていないということは虚無の力でどうにかしたと思う。それを見抜くことができるように改良できるか?」

エクスバースは笑って答えた。

「ハッハッハ、私を誰だと思ってる?そんなこと出来ればな…。だが、私としてはそういうこともできるようになればと思っていた。頑張ってみるよ。」

相変わらず無理やりな考えで行動するエクスバースを背にエクステラと地下2階へと向かった。



「あのね、お兄ちゃん。私達の前って知ってるよね。」

エクステラはいつものような明るい表情ではなく落ち着いた表情をしていた。

「あれ?この私を見せるの初めてだっけ?前に異世界に行ってからエクステラとしての私はこんな感じ。いつものは昔の私を失わないために無理に演じてるだけ。今の私には喜びは並程度。慶びに浸ってるだけのただの私。」

エクステラは未愛の運んできたココアを飲む。確かにいつもはミルクを入れているはずだが、何も入れずに飲んでいる。

「まぁね、そんなことはどうでもいいの。この私の元になったのはまだあるの。それこそ虚無の女神の初代…私達の原型。異世界に行って私はこの世界の虚無の力から隔離された。だけど、虚無っていう概念の存在はどんな世界にもある。私はね、あの世界で初代や未離ちゃんの背負っているものを味わった。私達がこの世界で虚無の力から受けている影響はほんの少し、それは初代や未離ちゃんがほとんどを受けているから。私はそれを知っている。その痛みや孤独も分かる。でもね…」

エクステラは立ち上がり有間の前に立った。

「私はそれを乗り越えて力を手に入れた。そのつもりだったけど、いつの間にか私は私じゃなくなっていった。ただでさえ2つの存在に分かれて特に不安定だった私は変わった。それはもはやただの人の心。今でも嬉しいことは別段嬉しいよ。私は変わってないって思えるからね。」

「何が…未離をそうさせたんだ…?」

エクステラに問いかけるとため息をついて話し始めた。

「それは…うん、そうだね、言わないといけないね。どうして私達とエクスバースちゃん、エクルちゃんとエクリールちゃんがそれぞれ行動していたと思う?『喜』と『楽』、『哀』と『怒』…」

「まさか…」

俺は1番考えたくもなかった結論に至った。先代のあいつの言葉、試練の時の未離とエクルの異常、そして今の現状…。

「初代はまだ存在しているのか…。」

「多分ね、未離ちゃんには影響が少なかったし、私にも少なかった。とすると誰かが肩代わりしていたとしか言えない。虚無に消えても記憶は消えない。彼女の望みはきっと…ね。」

有間は立ち上がり外へ向かう。

「ちょっと待って」

エクステラが止めた。

「私達に重要なもの。分かる?」

「重要なもの…か」

「そう。私達が自分を見失わない、言い換えるなら存在の核。なぜ心が空っぽの未離ちゃんが心を持っていると思う?あの子は本当に心が空っぽだった。それは私達が証明してる。じゃあ、未離ちゃんの存在の核ってなんでしょうか?」

未愛が心配そうに俺を見ている。それを見て、全てを察した。

「愛….か。」

「そう。だから、あの子が在り続けるためにはお兄ちゃんの愛が必要なの。私達は別にいいからあの子を愛してあげて。」

「いや、そんなことはしない。俺はしては行けない気がする。純愛は狂気を生み出す。俺は自分が間違えない正しい選択をするだけ。」

「選択…か。ふふ、絶対に私達を幸せにしてね。」

「ああ、約束する。ありがとな、エクステラともう1人の…いや、やめておくか。」

「誰にも言ってないのに…バレバレだったのかなぁ。私って嘘下手なのかな。」

「お前は嘘が下手な訳じゃない。相手を思いやって無理に嘘がつけないだけだ。でも、お前の想いは受け取った。」

有間は今度こそ外へ出ていった。

「人ならざる神…世界を無に染める。それは現実、彼女の夢物語。“楽しく”なってきた。」

「なんて、私が言うようなセリフじゃないからね。でも、私が喜びも慶びも核にないのは本当。これ以上考えると狂ってしまう。だから、また夢に堕ちる。私もそれを繰り返す。でもね、今の私には核があるんだよ。そう、『幸せ』の選択、希望、運命…。それだけで心温まる夢に堕ちちゃう。」




「未離!」

白い世界の果て、また来てしまった。確かにそこに未離はいた。

「…お兄ちゃん…教えて…私は…必要なの?」

「ああ、そうだ。」

「そんな訳ない…私は無なんだから。この世界だって、このお兄ちゃんだって…全部虚構なんだから…。全部夢…だから…」

そうか、誰から吹き込まれたか真実を知ってしまった。俺は創造神だ、現象や過去全部想定できる。一つだけ分からないものは心。

「誰も誰も信じない!何も無いから!無い無い無い!全部全部!」

未離の体が透明になっていった。彼女は虚ろな存在すらも全て無に変えてしまう。

「えっ…」

俺は反射的に未離を抱きしめた。

「お前の言う通り確かに俺は偽物かもしれない。でも、お前も偽物なんだろ?だったら、これがたとえ夢だとしても、幸せになればいいじゃないか。自分が本当にしたいこと、やりたいこと全部すればいい。だって、もう俺たちはなんだってできる。夢だからって悪いことばかりじゃないんだ!」

その言葉で色を失っていた未離の右目が色を取り戻していった。

「本当にそれでいいの?私わがままだし、体も人形だし、それに意地悪でも…」

「ああ、どんなお前だって俺は愛してやる。あいつとは違うんだ。お前だけを愛するんじゃない。お前だってエクステラ達だって皆俺の大切な妹だ。全部愛してやる。」

「ふふ、欲張りだね。」

「ああ、欲張りだからこそ人として正しい心だ。お前だって本当にやりたいこと沢山あるんだろ。」

「うん、いっぱい…いっぱいやりたいことある。」

「ああ、でもその前に終わらせないとな。」

未離から離れた虚無は白いモヤの様なものを形になっていく。

「うん、私に任せて。もう1人でも大丈夫。だって、お兄ちゃんが私を信じてくれるから。」

私は足の鎖をモヤに向かって伸ばし、人型のモヤに指を指した。

『虚無なる人形劇(ホロアクト)・幽閉(プリズン)』

私の指から放たれた糸がモヤを貫く。そのモヤは透明になっていき消えていった。

「全部全部…愛してね。嘘ついちゃダメだよ。」

「ああ、そうだな。」

「お兄ちゃんはいつも1つ返事なんだから!まったくもう、しょうがないなぁ。」

いつも通りの日常が戻っていく。それは希望の選択、幸福な運命への第1歩だった。

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