第32話 三枝瑞穂はようやく気付く

 現れた圭介先輩は、いつも通り気負った所もなく、それでいて決定的な事を言ってのけた。中で私を襲おうとしていた三人は理解が出来ない。唖然呆然としている。当然だろう、いきなり現れ警察云々を言ってのけたのだ。すると今度は圭介先輩の後ろから綾さんが顔を出す。ああ、そういう事かと私は納得する。何故こんなに動きが早いのか、そもそもその前から話をしていたからなのだ。


「あ、綾さん」


「ちょっ瑞穂大丈夫!?ってあんたらいつまで瑞穂を捕まえているの?さっさと離しなさいよっ」


 綾さんは私の手を引っ張りあげ、男子の側から引き離す。そしてすっ圭介先輩が私達と男子の間に入り、さっきまで私を羽交い締めしていた男子に呆れたように言う。


「お前ら奈々にも似たような事してたけど、余罪あるだろう?ぶっちゃけ婦女暴行未遂で訴えられても不思議じゃねーな。やっぱアホだろう?」


「ああっ、ここでお前ブチのめしてここを逃げれば良いんだろ?警察なんか現行犯じゃなきゃ何にも出来ねーんだっ」


 するといきり立った男子が立ち上がろうとしたところを、圭介先輩が待っていたとばかりに立ち上がりざまを蹴り落とす。


「うおっ」


「おいおい、誰が立って良いっていった?大人しく座ってろ。俺は別に暴力が苦手ってわけじゃ無いからな。ああ、それとお前らのお仲間も今大人しくして貰っているからな」


 すると今度はドアが開き、健先輩が顔を出す。


「おう圭介、店の奴らは軽くお仕置きしておいたぞ。ああ、店の社員にも連絡済みだ。ったく、バイト任せにするから、悪いこと考える奴が出るんだ」


「おう、お疲れ。流石は体育会系サッカーサークルの面々。荒ごとに抵抗なくて助かるよ。ああ、お前ら、店にはサッカーサークルのガチムチメンバーが10人近くいるから、諦めろ。うちのサークル代表の彼女の妹分に手を出したんだ。自業自得だ」


 するとここまで唖然としていたかっちゃんが、突如としてナイフを持ち出し、怒鳴り出す。


「おいっ、てめえらなんなんだっ、どいつもこいつも邪魔ばかりしやがってっ、おい綾っ、全部お前のせいだ。お前なんかと付き合ったから、俺はこんなふうになっちまったんだ。ふざけるな、お前ら全員道連れにしてやるっ」


 私は思わず刃物を見て、綾さんにしがみつく。綾さんはっとはしたが、私を庇うように抱きしめる。しかし圭介先輩と健先輩は動じてない。共にアホなものを見るように呆れた表情で、泰然としている。


「なあ圭介、アレどう思う?」


「ん〜、あんま慣れてるとは思えないなぁ。余罪だけ無駄に増やしちゃう感じじゃね?面倒臭いからお前に任せるよ」


「いや流石に刺されたら痛くね?まぁいいけど」


 そうして健先輩はがかっちゃんの目の前に立つと、かっちゃんはナイフを前に出して威嚇してくる。


「てめえ、近づいてみろっ、さ、刺すぞ!」


 かっちゃんも背は低く無いが、健先輩はもっと体が大きい。そして徐に足を伸ばして、真っ正面から蹴り飛ばす。かっちゃんはその突然の動きに反応できず、思いっきりソファへと蹴り飛ばされる。


「ぐぁっ」


 私と綾さんはあまりの出来事に目をパチクリさせるが、圭介先輩は驚いた素振りも見せない。


「ナイス、クリア!流石は元インハイ出場者だな」


「まぁ、ボールに比べたら、的はでかいからな」


 そんな風に気安い会話をしつつ、健先輩はナイフを拾う。かっちゃんは蹲って、憎々しげな表情ながら、それ以上は動けない。そして外からサイレンの音が近づいてきたところで、私の長い夜が終わりに近付いたと、この時は思うのだった。


 ◇


 ちなみに長い夜は終わらなかった。私はそのまま警察に同行する形となり、夜な夜な事情聴取をされる。ちなみに綾さんは私を心配して警察まで付き添ってくれ、圭介先輩たちも警察に協力する形で同行してくれた。そして夜中に釈放された後、近くのファミレスで待っていた圭介先輩達と合流。長い夜は終わらず、朝まで待ってようやく家に着いたのだった。


 後々かっちゃんたちの顛末は彼の両親から話を聞いた。彼の両親は私に深く頭を下げてくれて、私自身は、彼の両親にわだかまりもない為、その謝罪を快く受け入れた。そして彼の両親から語られた彼らの息子の顛末。やはり大学受験失敗が当人に大きなしこりとなったようだった。何よりも彼の当時の彼女である綾さんだけ志望大学に合格。自分は惨めに浪人という現実が彼を大きく歪ませた。その後、綾さんとも別れた彼は、浪人自体につるむようになった、チンピラ達と仲良くなり、晴れて大学に合格した時には、女を喰いものにするようなチンピラに自身も成り果ててしまったようだ。両親は彼が大学に入り、一人暮らしを始めてから、疎遠となってしまった為現状を知らず、大学生なのだから、独り立ちさせたくらいの気分でいたらしい。人様に迷惑をかけるようなバカに成り下がったなんてと猛省しているらしい。彼には今回以外にも余罪があるようなので、出てきたら親の責任で更生させると私に申し訳なさそうに謝った。


「もし私にできる事があったら、言ってください。私はこう見えてかっちゃんの幼馴染みですから」


 私は二人にこう告げる。色々あったにせよ、彼は私の初恋の人だった。少なくてもその事実は変わらない。この先恋心が芽生える事は無いとはいえ、別に不幸せになって欲しいとも思わない。


「うう……、ありがとう、ありがとう」


 そして彼の両親は泣き崩れる。私はそんな二人をなんとも言えない心境で眺めるのであった。


 ◇


 そしてとある日の放課後、授業を終わって喫煙所の前、彼はそこでコーヒーを飲みながらまったりしていた。


「圭介先輩、バイトまでの暇つぶしですか?」


「ああ、瑞穂か。そうそう、まだバイトまで時間あるからな。家に戻るのも面倒臭いし、ここでのんびり日向ぼっこ」


「人が授業で目一杯頭を使っていたのに、羨ましいご身分ですね」


 私はニコニコと笑顔を振りまきつつも、憎まれ口を叩く。圭介先輩は全くそれを気にせず、むしろドヤ顔を返してくる。


「へへーん、良いだろう?俺は去年キチンと苦労したからな。だから単位には余裕があるのだ」


「そのドヤ顔、普通にイラつくんですけど?」


 と私はジト目を返しつつ、でもやっぱり笑顔になってしまう。やっぱり彼の側は心地良い。会話も気負うところがないし、それにエッチな視線はあるけど嫌らしい視線はない。これって意外に重要だと思う。エッチは男の子の性だが、嫌らしいのは個人の執着だ。


「まあな。軽い優越感だ。もっと讃えてくれても良いんだぞ!」


「お断りします。それとさっきからエッチな目を向けてきますので、奈々さんに報告します。先輩はいつも胸をチラ見してエッチな視線を送ってくるって」


「やめてっ、それ奈々がまじで拗ねる奴だから!それに高い山があったら眺めたくなるのが、登山家ってやつだから」


「あら、奈々さんに報告追加ですね。圭介先輩は私の山を登りたいって言ってきて困るんですって」


「はっ、眺めたいとは言ったけど、登りたいって言ってないよねっ、高い山を見るのは登山家の性だといってるだけだよねっ。マジ辞めて、奈々に殺されるからっ」


 圭介先輩は少し焦ったように言ってるが、奈々さんは怒ったりはしない。寧ろ私と圭介はあーだこーだとマウントをとりに来る。私は最初から勝ちにいっていないので正直どうでも良く、圭介先輩愛されてるなぁと思う位だ。


「どうしようかなぁ。あっ、私喉渇いたかも。ああ冷たいストレートティー飲みたいな〜」


「ちっ、マジでたかりにきやがった。はぁ、まぁ可愛い後輩の為に奢ってやろう、寧ろ奢らせて下さい」


 彼はそして立ち上がり、自動販売機にお金を入れる。


「あっ、熱いの買ったら殺しますよ、社会的に」


「社会的にって何するつもり!?……チッ、ほら御所望の冷たいストレートティー。はぁ、なんか無駄に疲れたよ」


「フフフッ、同じ過ちを繰り返さないのは、学習能力が高い証拠ですね。我ながら偉い!それに文句を言いつつも奢ってくれる圭介先輩は素敵です。視線はエッチいですけど」


 私は貰った紅茶をチビリと飲んで、隣に座った圭介先輩に笑顔を見せる。先輩はこっちに顔を向けようともせずに自分も手元のコーヒーをグビッと飲み干し、遠くのゴミ箱へポイっと投げる。


「イエスッ、ナイシューッ」


 そしてガッツポーズを決める圭介先輩。なんかいつもと変わらない圭介先輩。変わらないからこそ、私はつい聞いてしまう。


「圭介先輩は、この前の事聞いて来ないんですか?」


「ん?聞いて欲しいのか?まぁ正直、あんまり興味を持たないようにはしているが。実際、興味ないし」


「酷っ、そんな事言うの圭介先輩位ですよ?他の人はやれ大丈夫だの、相手最低ーだの色々言ってきますよ?しかも興味無いって、そんなに私に興味がないんですか?」


 別にそんな事を言うつもりはなかった。ただ一度言葉が漏れ出ると私は堰を切ったよう様に言葉が溢れてしまう。すると圭介先輩は、フワリと笑い、私の頭をポンポンと撫でる。私はドキっとして頬が熱くなるのを感じる。


「瑞穂に何かあったのなら心配もするが、未然に助けられたのは知ってるからな。別にそれ以上気にする事ないだろ。まぁ、見てる限り何か引きずっている雰囲気もなさそうだしな。違うか?」


圭介先輩から返ってきたのは、やはり気負いのない言葉。心配する必要が無いから心配していないという自然の言葉。ただそれが私には嬉しかった。ちゃんと私を見てくれて、考えてくれていた結果の判断で、それが正しい事を自分自身が誰よりわかっていたからだ。


「ふんっ、そう言うことにしておいてあげます。それに頭を撫でるのはセクハラ案件です。これも奈々さんへの報告事項ですから」


 私はやはり赤らむ顔を見られたくなくて、憎まれ口を叩きつつそっぽを向く。ちゃんと心配してくれて、ちゃんと私を見てくれて、そして優しくもしてくれる圭介先輩はずるいのだ。そして顔を背けながら、ボソッと本音が溢れてしまう。


「奈々さんいいなぁ。ズルイなぁ……」


 圭介先輩が彼氏なら楽しいし、幸せな気分になれる。彼に彼女が、奈々さんがいなければ、ずーと側にいて、彼女にして貰いたくなる。だから奈々さんが羨ましいし、妬ましくなる。もう少し早く圭介先輩を知っていたらと思わずにはいられないのだ。


「ああ?なんだって?」


「な、ん、で、も、ありませんっ、奈々さんへどう言おうか悩んでいただけです」


「いや、ならじっくり話し合おう、大事な事だからな、なっ」


 本当にムカつく。彼は私の好意は気にしてない。いや友人、先輩・後輩としての好意は疑っていないが、男女の好意は一切気にしてない。でもそれは彼を守護する難攻不落が立ちはだかっているからだ。なら攻めてその難攻不落に宣戦布告くらいしてもいいかも知れない。未来、彼らがどうなるかなんて、分からないのだから。


「嫌です!もう奈々さんへの報告は決めましたから、覚悟してくださいね、圭介先輩!」


 焦る圭介先輩を尻目に私は、気分良くストレートティーをグビリと飲むのであった。



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