第31話 見込み違い

「ねえ、かっちゃん私もう帰っても良いかなぁ」


 私のスマホから画像が圭介先輩に送られた後、私は送った相手にそう告げる。正直、先輩には申し訳ない事をしたと思っている。でもそうでもしないと目の前の幼馴染みは離してはくれず、何をするか分からない怖さもあった。昔はこんなんじゃ無かった。優しくて正義感の強い人だった。それが今では下衆と言われても仕方が無いくらい人の事を考えない人になっていた。


「はぁ、何言ってんだ、瑞穂?これからが楽しくなるんだろ?そいつのお陰で俺らのサークルは潰されたんだ。きっちりお礼をしてやる所を見ないでどーすんだ?」


 そしてかっちゃんの両脇にいる男子達も嬉しそうにそれに乗っかる。


「はは、さっすがかっちゃん、あくどい〜!」


「確かにアイツボコって、ついでに奈々もヒーヒー言わそうぜっ!」


 そんな彼らを見て私は何度目かのため息を吐く。


「私は別に楽しみじゃない。別に見たくもないし、興味もない。それに私を助けになんて圭介先輩が来るわけないじゃん、馬鹿じゃないの?」


「はは、奈々の時も颯爽と現れたんだろ?なら今回もくるだろう?カッコつけの偽善者野郎なんだろうからな」


 かっちゃんはそう言って、嫌らしい笑みを浮かべる。私はそんな彼を軽蔑した目で見る。これが自分の初恋の人だと思うと正直がっかりする。彼がこんな風に変わってしまったのは、たった一つの挫折からだ。


 大学受験失敗。


 彼は高校時代に綾先輩と付き合っていて、綾先輩はストレートで大学に合格し、彼は失敗。一浪して大学には合格したものの、浪人時代に彼の浮気により二人は破局した。その間に何が合ったのかは私には分からない。綾先輩もその事には触れようとしなかったからだ。ただその挫折が彼を狂わせた事は想像出来る。恐らく負い目も傷付けられた自尊心も全てが彼を狂わせた。ただそれが今の彼の行動を是とするものではない事も分かっている。理解する事は出来ても同情する気には慣れなかった。


「で、私の役目は終わりでしょ?もう帰りたいんだけど?」


 私は再びそう言って、その場を離れようとする。どうせ圭介先輩は来ない。少なくても奈々さんの様に付き合っている訳ではないのだから、何かあったとしても自己責任だ。それに私はここで何かされるとは思っていない。かっちゃんは幼馴染みだし、彼の両親も良く知っている。それは逆に相手も私の両親を知っており、だからこそ彼は私に対して不道徳な事をするとは思っていなかった。


「駄目だな。瑞穂は暫くここにいろ。お前綾と一緒に暮しているんだろ?なら綾経由でこのアホに情報が入る。そしたら慌ててやってくるさ」


「な、なあかっちゃん、もしアイツが来なかったら、この子俺らで頂いちゃても良いのかなぁ?」


「ええっ、マジで、この子めっちゃ可愛いじゃん!なら来なくても良くね?奈々と同等くらい可愛いぜ」


 私が帰ることを拒否したかっちゃんに周囲の男子がここぞとばかりに下衆な視線を送ってくる。しかしかっちゃんは流石にそれは容認しない。彼とて学生、私に何かあったら、自分の生活までもが脅かされるのはわかっているのだ。


「ちっ、こいつは駄目だ。後腐れがあり過ぎる。俺の身内をこいつは全員してるんだぞ?こいつに何かしてみろ、俺は学生の身分で遊べなくなる」


 彼はそう言って忌々しげに私を見てくる。最近、彼と彼の両親の間は冷え切っている。正直、次に何かしたら彼はその両親に見放されるだろう。まして彼が私に何かをしたら、それこそ身の破滅だ。私の両親と彼の両親は長年のご近所さんだ。関係も良好で、圧倒的に私の味方になる事は目に見えていた。ただ両脇の男子はそれでも嫌らしい目付きを隠そうともしない。私はそんな彼らを見下げる様に見ながら、何度目かのため息を吐く。


「おじさんとおばさんが怖いなら、こんな事しなきゃ良いのに。大体、ちゃんと相手を好きになって付き合う事もしないで、何かをしようなんて虫が良すぎるのよ。いつか痛い目にあっても知らないんだから」


「クソ親父とクソババアが怖い?はっ、アイツらはただの金づるだろ?親が子の面倒見るのは当然何だから、黙って遊ぶ金だけ渡してりゃ良いんだ。それに女もそうだ。おだてればすぐに股を開きやがる。悪いが、そんなもんにいちいち感情なんて持ってられねーんだよ」


「ヒュー、かっちゃん悪人〜、正に外道だねー」


「ははっ、まぁその外道っぷりがかっちゃんのカッコいい所だけどねー!」


「本当、貴方達最低ね、やっぱ私は付き合ってられないわ。私は帰る。貴方達はそうやって最低な事をし続けて、いつか報いを受ければ良いんだわ」


 私はそう言って席を立ってその場を離れようとする。するとかっちゃんは私のギュッと握り、ソファの上へと引きづり倒す。


「痛っ」


 倒された弾みで私のスカートがめくれ、太ももが露わになる。その姿を見た下衆な男子二人組が好奇の目を私に向ける。


「やっぱかっちゃん剥いちゃおうよー、大丈夫、いつもみたいにあられもない姿をスマホに残しとけば黙るっしょ」


「そうしよ、そうしよ、俺もう我慢出来ねーよ」


「ちょっ、貴方達何すんのよっ、大体ここカラオケボックスよっ、こんな所で婦女暴行したらアンタらだって捕まるわよっ」


 私は二人組の一人に後ろから歯がいじめされ、足はもう一人に抑えられ身動きが取れなくなる。


「ははっ、大丈夫、ここは俺らのアジトみたいなもんだから、店員もみんなダチだしな。悪い事しても後でアイツらにもお溢れ渡せば、まぁ、大丈夫っしょ」


 私はそこでかっちゃんを見る。彼は彼で楽しげな表情で私を見る。その目は少し常軌を逸している様で、最早初恋の優しい幼馴染みの姿など一ミリも感じられなかった。


「はぁ、お前ら本当にどうしようもねーな。まぁ仕様がないか、ああ瑞穂?俺の両親にチクってみろ、お前、ボロボロになるまで、犯しまくってから捨ててやるからな」


 私は甘かった。正直ここまでの事をしてくるとは思っていなかった。ただ彼がどんなに私を脅そうと、もし何かあったら、私はこの人を道連れにする。必ず、絶対にだ。私は心の中に迫り上がる恐怖を懸命に押さえ込み、それでもまだ諦め無い。ただ男子三人に女子一人は圧倒的に危機的な状況だった。


 コンコンッ


 その時私達のいる部屋のドアがノックされる。


「チッ、なんだよー、今いいとこなのに、お前ら後でお溢れやるからもー向こう行けよっ」


 私を歯がいじめしていた男子がそう叫ぶ。私はそれでも一縷の望みを抱いて叫ぼうとするが、口を塞がれ叫べない。


「んーっ、んーっ」


 そして再びドアがノックされる。


 コンコンッ


「チッ、なんだよウッセーなーっ」


 そして今度は私の足を取り押さえていた男子が立ち上がり、ドアを開けた所で、その男子が顔面を殴られて、後ろのソファーへ吹っ飛んだ。


「はっ!?てってめえわっ」


「お客様、当店はそういう如何わしい行為は禁止していますよ。ああ、瑞穂、中々いい御御足、御馳走様です」


 そこにいたのは圭介先輩だった。彼はいつもの調子で少し戯けた様に私のスカートが捲れた足を見て合掌する。そんな彼を見て私は心がグッと軽くなるのを感じる。そして彼は堂々と宣言する。


「ああ、君たち、君達のやってる事犯罪だから。もうすぐお巡りさんもくるから、大人しくここで待ってようね」


 圭介先輩はそこでニヤリとする。その表情には絶対に許さないという覚悟が含まれているように私は感じた。

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