第22話 少しづつ変わる関係
結局奈々はその先にシャワーを浴びて、俺がシャワーから上がった頃には、俺のベットでスヤスヤと寝息をたてていた。
「はあ、本当に無防備だなぁ」
俺は奈々のその無警戒な寝顔に思わず苦笑する。そして冷蔵庫に冷やしていた金色のシュワシュワをゴクゴクと飲む。やはり仕事終わりは上手い。飲んだ最初こそ苦くてなんでこんなものを好んで飲むのか分からなかったが、気づけばすっかり慣れてしまった。むしろこれから夏場に向けてますます恋しくなって来るのだろう。俺はぼんやりとシュワシュワを飲みながら、これからの事を考える。
「まあそういう事だよなぁ」
言葉がボソリと漏れ出る。別に奈々に不満がある訳では無い。むしろこんなに可愛い女子に好意を持ってもらえて、嬉しく無い訳が無いのだ。ただこれから奈々との関係に前向きかと言うと、まだそこまでの感情を持てている訳でも無い。少なくても元カノになんの未練も無い訳でもなく、振られたという事実が想像以上に重くのし掛かっている。一言で言えば、ヘタレなのだ。ただこれからの生活で奈々と向き合う機会が増えれば、その傷も癒えるかも知れない。そんな予感も少なからず感じるのだった。
「まあのんびり考えますか……」
俺は奈々の寝顔が見える所まで行き、その髪を優しく撫でる。寝ている奈々は何となくそうされているのが、幸せそうだ。俺は暫くの間、そうして優しく髪を撫でながら、シュワシュワを片手に晩酌を楽しむのであった。
◇
さてそれからの奈々との関係が、劇的に変わったかと言うと、決してそうはならなかった。勿論、俺と奈々との偽の恋人関係は継続され、周囲には恋人同士という関係が認知されたままだった。それ自体は別に良いのだが、少しだけ変わった事もある。
まず一つ、奈々は前にいたサークルをスパッと辞めた。そもそも酔わせてどうこうしようとする様な奴らがいるサークルになんかいたく無いと言うのが理由で、それは至極ごもっともな意見だ。当然、奈々と仲の良い真子も辞め、しかも新歓の悪評が広まり、新入生は勿論、他のメンバーも脱退者が後を立たないらしい。
そして二つ目は、奈々と真子が俺の入っているサークルに入った事である。因みにうちは男子比率が9割のサッカーサークルである。女子はマネージャーのみで、基本誰かの彼女だったりする。まあ2人ともその彼女枠での参加なのだが、お陰で俺の生活における奈々比率が大幅に上がる事になる。
「ねえ、圭介、今日バイト終わったら圭介ん家に寄っても良い」
「またか?流石に今週3日目だぞ?親御さんが心配するんじゃ無いのか?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。お母さんにはちゃんと本当の事言っているから、怒られる事無いわよ」
「えーと、因みにお母さんには何と説明しているのかね」
「ん?彼氏の家に泊まっているから、心配いらないよって。お母さんも避妊だけ気を付けなさいねって言うくらいかしら」
「おっふ、ず、随分と心の広いお母さんですね……」
「まあね、ああでも一度ちゃんと挨拶に来てねって彼氏君に伝えてねって言ってたけどね」
「で、でしょうね。って、それ割とガチで挨拶しないといけない奴じゃねーかっ。マジか、何故に俺がそんな面倒臭い事を……」
そうここ最近奈々の積極性は以前にも増して、攻撃的だった。因みに俺たちは未だ偽の恋人だ。確かに泊まるのは容認しているし、同じベットで寝ていたりもする。
「いつも同じベットで寝てるんだし、そのくらい責任を取ってくれても良いんじゃ無い?まあうちのお母さんなら問題ないわよ。お父さんだと大変だと思うけどね」
「くっ、その二択ならば、そうかもしれんが、何故か釈然としないのは、如何してなんだ。俺がおかしいのか?」
そう言われれば、その方が良いのではと薄ら思ってしまう自分がいるのが、不思議な所だ。まあこんだけ頻繁に外泊している以上、挨拶くらいはしないといけないのは事実なのだが、やはり俺は誘導されているのか?
「まあすぐでなくても良いけどね。前にお母さんに圭介の写真は見せているし、楽しみにもしてたけど、私の家に行くのも面倒だしね。で、今日行くのはOKかしら?」
「はぁ、好きにしろ。彼女の来訪を拒否る理由は無いからな。とは言え、俺も男子だっていう事忘れないで欲しいんですが」
「あら、私圭介に襲われちゃうの?きゃーっ、圭介のケ・ダ・モ・ノ、ああこの私の清い体が圭介によって蹂躙されちゃうのね、ひ、酷い……、圭介の変態っ」
奈々はそういうと、両手で自らの体を抱きしめながら、クネクネする。イラっとする。いやむしろムカつく。これは俺がそんな事する筈無いって思っているからこそ出来る戯けっぷりだ。
「おいコラッ、喧嘩売ってんのか?なんなら本気で蹂躙してやろうかっ」
「良いわよ別に。ただちゃーんと責任は取って貰うけどね。はてさて、圭介君にその度胸があるかなーっ、私は圭介ならどっちでも良いのよ?偽でも本物でものね」
「くっ」
いかん、これは良くない流れだ。劣勢、明らかな劣勢。別に奈々とそういう事をしたくないかと言えば、したい。むしろ是非したいのだが、奈々の言っている通りで、そこには責任がついて回る。なんなら付き合っちゃえば良いじゃんという悪魔君。ちゃんとお互いの気持ちを育むんだと訴える天使君。ふー、両者がっぷり四つで動かない。うん、なので俺は問題を先送りする事にする。
「よし、今日は美味いもんでも食うか、うん、そうしよう」
あからさまな話のはぐらかしに奈々は呆れ顔だ。
「圭介のヘタレ」
ぐふっ、俺の内心に奈々は鋭利な刃物を突き立てて、俺は暫く呆然とするのだった。
◇
「なあ圭介、お前らすっかりカップルとして認知されたよな」
ここはいつもの喫煙所。俺の隣にはあいも変わらず仏頂面の友人健がいる。因みに此処には他の男子の友人である鈴木達也と水上竜二の2人もいる。
「マジ羨ましい。あんな可愛い彼女がしょっちゅう家に入り浸っているんだろ?しかもエッチな事しまくりなんだろ?やべっ、想像しただけで下半身が反応してきた」
やはり竜二は残念だ。仮に俺が奈々と付き合ってたとしても、そうそうそんな事はしない。そう言うのはお互いのタイミングが大事なのだ。四六時中盛っていたら、猿と一緒だ。
「そんな訳あるか、大体健だって、同じ様な条件だろ?なら健もお猿さんだって言うのか?」
「くっ、このリア充コンビめっ、お前らは俺らの敵、いや彼女無しの男子の敵だっ。な、達也、お前もそう思うだろ?」
「えっ、いやあのその、僕はその……」
達也は急に竜二に話を振られて困惑した表情を見せる。ふふーん、竜二にはこの辺で引導を渡しておくべきか。
「そう言えば、達也、この間紹介した、琴子さんとは上手くいっているのか?」
因みに琴子!さんとは奈々の新歓コンパのお迎えに行った際に知り合った新入生だ。多少のオタク趣味の傾向があった為、達也を紹介したところ意気投合したらしい。サークルも達也の入っている漫研に入り直して、仲良くやっているという話を奈々からも達也自身からも聞いていた。
「うん、そこは圭介に感謝だね。趣味が合うから僕でも女子相手とはいえ、緊張しすぎる事もないし、上手くいってるんじゃないかなーと僕も思ってる」
「はは、それは良かったよ。まあ趣味が合ったのが良かったよ。俺も達也なら安心して紹介出来るしな」
達也は多少ムッツリだが、でもそれは一般の男子にしてみれば、普通のことでやはりそこは慣れもある。相手の嫌がる様な事をしない限りは、上手く出来るのでは無いかと思っている。ただその光景に愕然としているのが竜二だ。その口はワナワナと震え、信じられないものを見るような目でこっちを見ている。
「まて、達也、お前はこっち側だよな、こっち側だと言ってくれっ」
すると面倒臭そうに達也に変わり健が止めを刺す。
「達也は時期に卒業だ。竜二、魔法使いになれるのはお前だけだな」
「ひっ、お、お前ら、と、友達だよな、俺ら友達だよな?」
「おう、例え竜二が魔法使いでも俺らは友達だぞ」
俺も面白半分に止めを刺す。達也までもがうんうんと頷く。こら、お前はまだ油断出来ないんだぞ?まだ魔法使いの権利があるんだからな。すると竜二は駄々を捏ね始める。
「けっ圭介、お、俺にもチャンスをくれっ、達也だけずるいぞっ」
うーん、別に紹介するのは構わないんだが、その後成功するかどうかは、別問題だ。とは言え確かにチャンス位は与えても良いが、さてどうしよう。
「んー、まあちょっと考えてみるか」
俺はそう言って、ちょっとメンバーをどうするか考えるのだった。
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