第21話 ファーストキス

 俺達はその後、お開きモードの新歓コンパを後にして、駅の方へと向かって歩いている。一応、場の雰囲気を壊した責任も感じているので、罪のない1年生達を何人か連れ立っている。


「でも奈々さんの彼氏さん、格好良かったです〜」


 その1年生の一人から賛辞の声が上がる。いやーそうかな?などと喜びの声は上げられない。残念ながら目の前には真子と並んで歩いている奈々がおり、素直な感情表現が憚れる。なので結果として簡単な謝意に留めた訳なのだが……。


「ははっ、別に大した事してないけど、そう言われると嬉しいよ。有難うございます」


「ううーっ、受け答えも余裕が有りますね。奈々さん羨ましいですーっ」


 心無しか奈々から鋭い視線を送られた気がしたが、ここはスルー、スルーだ。大体今俺は、普通にお礼を言っただけだ。別に好感度アップを狙った訳ではない。すると前を歩く真子から煽りが入る。


「確かに清水君、好感度上がったかもー、あのバカ達軽く捻ってたし、別に揉め事も起こさなかったしねー」


「いや普通に彼女迎えに行って、冷やかされるなら分かるけど、キレられるのは意味分かんないだろ?ありゃ、あいつらの頭が悪い」


「うん、そうなんだけどねー。でもうちのサークル、あの連中近辺だけがタチ悪いけど、他は普通の男子だよ?実際私の方にいたメンバーは健の事メッチャ弄ってたし」


 真子はそう言ってシシシッと健を見る。健は不満そうな表情で、物騒な事を言う。


「俺は圭介側が良かったな、そしたら気兼ね無くぶん殴れるだろう?いやむしろぶん殴りたい」


「健、お前そんなバイオレンスなキャラだっけ?まあ、弄られキャラではないのは間違いないが」


 俺は軽く健に突っ込みを入れつつ、呆れた顔を見せる。まあ俺も弄られ側だったら、ストレスも溜まるので分からなくもない。とはいえ店の中で大暴れとか、そういうキャラでもないので、まあ丸く収まって良かったとも言える。そんな会話を交わしつつ、一同が取り合えず駅まで到着し、一年生達はここでお別れ。それぞれに別れの挨拶を交わしつつ、さてと俺と健、奈々と真子の4人で向き合う。


「じゃ、じゃあ取り合えず飯でも食いに行くか?」


 俺は健に目配せをし、いよいよとばかりに本題を切り出す。そう、餃子を食べに行くというミッションだ。俺と健の共通目標で必ず果たさなければならないミッションだ。だからこそ最新の注意を払い事を進めないといけない。そして健も当然とばかりに同調する。


「ああ、俺も腹減ったぜ。何を食いに行く?」


「そうだなぁ、結構いい時間だし、空いている店あるかなぁ、ファミレスか、居酒屋か、ああでも簡単にラーメンっていう手もあるか」


 此処でのポイントは簡単というキーワードだ。今はもうすぐ次の日になろうかと言う時間帯だ。なので、この簡単というキーワードが、健へのキラーパスとなる。さあ健、このパスで豪快にシュート決めてくれっ!


「あーならラー「えーっ私お腹空いてない。もう遅いしコンビニで良くない?」……あ、あぁ」


 インターセプトだとっ?俺の渾身のキラーパスが呆気なく真子にカットインされる。すると真子からの奈々へのカウンターパスが炸裂する。


「奈々も今日は結構飲んでるから、もう眠いでしょ?」


「あっ、うん、コンビニで済むならそうしたいかも。圭介もそれで良い?」


「お、……おう」


 ゴッゴーーールッ


 俺の脳内でホイッスルが鳴り響く。真子にカットインされた健も茫然自失だ。まさかの高速カウンター。クリロナも真っ青な展開である。ただこの展開、起点はやはり真子だ。健の言葉の被せっぷり。うん、健の10年後、尻に敷かれているのが目に浮かぶ。


「なんか健と清水君元気ないね?そんなにラーメンが食べたかったの?」


 くっ、ラーメンではないっ、餃子が食べたかったのだ。贅沢を言えば、羽根つき、パリパリの羽根つき餃子が食べたかったのだっ。真子の質問に本音を語れない俺と健は思わず押し黙る。すると奈々が更なる追い討ちをかける。


「もう、仕様がないから、コンビニでちょっと高いカップラーメン買ってあげるわよ、今日はそれで我慢しなさい、ほら、いこっ」


 ゴッゴーーールッ


 まさかの駄目押しカウンター、俺と健は失意のうちにドナドナ宜しく奈々と真子の二人に手を引かれながら、コンビニへと連れて行かれるのだった。


 ◇


 コンビニから出た後、俺らはそれぞれの家へと別れる。真子は健の家、奈々は俺の家へと当然の様に向かう。因みに酔った奈々を家まで歩かせるのは可哀想なので、俺らは駅からタクシーだ。奈々は短い車の移動の中で俺の肩に寄りかかるながら、半ばうつらうつらしいた。まあ今日はさっさとと寝かせた方が良いかなと俺は奈々の様子を気遣いながら、そんな事を考える。


 そして家に着き取り敢えずコンビニで買ったものを冷蔵庫にしまいつつ、ヤカンに火を掛ける。奈々はというと来ていた上着を脱いだ後、ベットに腰をかけてボーッとしてる。


「おい奈々、寝るなら化粧くらい落とした方が良いんじゃないか?」


「あっうん、そーする」


 やはり少し酔っているのだろう。頬を赤らめながら、何時もよりのんびりとした口調で、のそのそと動き出す。俺は奈々が化粧を落としている間に、沸騰したヤカンのお湯をラーメンに注ぎ込み蓋の上にコンビニで買ったおにぎりを乗せる。ちなみラーメンとおにぎりは奈々に買ってもらった少し高い奴だ。餃子が食べたかったが、コンビニの餃子は出来立て感がないので、買わなかった。やはりパリッと感が欲しいのだ。そして出来上がったラーメンを食べ始めたところで、奈々が戻ってくる。奈々は化粧が濃いわけではないので、化粧を落とすと少しだけ幼さを感じさせるが、基本印象は変わらない。そして奈々はラーメンを食べている俺の隣に来て、ちょこんと座る。


「奈々もラーメン食べるか?」


 実際に食べるとは思ってないが、一応聞いてみる。実家にいる時は夜食でラーメン食べてると、妹から一口と良くねだられたからだ。うん、あのやろう、一口どころか、麺を全部食べ尽くす勢いですすりやがった。そんな過去の出来事にふつふつと怒りが込み上げる。


「うーん、じゃあ後でスープだけ頂戴。ちょっとだけしょっぱいのが飲みたいかも」


「ああ、飲んだ後はそうかもな。はいはい、姫様、スープをどうぞ」


 俺は麺を食べ切った後、奈々にその容器を渡し、おにぎりを頬張る。因みにこのおにぎりも具材の鮭が高級そうな奴だ。普通に上手い。奈々は渡された容器を両手で持って、少しだけ口に付けてホッとした表情を見せる。まさに無防備。俺は気の強いチャキチャキした奈々も好きだが、こういう風に無防備にしている奈々の表情も好きだった。


「美味しい。やっぱ高いラーメンだけの事はあるね」


「まあな、でも俺は王道のカップヌードルも普通に好きだけどな。因みにシーフードがお気に入りだ」


「あー私もシーフード好きかも。塩も良いけど」


 俺は奈々から再び容器を返して貰い、スープを飲み終えるとそのまま立ち上がり、ゴミを片付ける。そして戻ってきたところで、奈々から声が掛かる。


「圭介、此処座って」


 何やら奈々の改まった調子に俺は素直に指示された奈々の隣へと座る。


「ん?どうした?」


 すると奈々は俺に襲いかかる様に抱きついてくる。俺は突然の事にその勢いに押され、ベットの上に押し倒される。


「おっ、おい、奈々?」


 奈々は俺の胸に顔を押し付けているので、表情は見えない。押し退けようかとも思ったが、さして重いわけでもないので、少しだけしたい様にさせる。


「圭介、今日はどうしてきてくれたの?」


 すると奈々から少しだけか細い声で、質問される。俺は奈々に押し倒されながらもその背中に手を回し、優しく抱きとめながら返事をする。


「お持ち帰りされるかもって言われたら、迎えに行かないわけにはいかないだろ。なんてったって彼氏だからな」


「でも偽なんだから、放っておいたって良かったじゃない。私、そんな事で圭介責めないよ」


「ははっ、別に奈々に怒られるのが嫌で迎えに行ったわけじゃねーよ。奈々が好きでもない相手と酒のせいでどうこうなるのが嫌だっただけだ。俺のダチはそういうタイプの女子じゃねーからな」


 世間の皆さん、声高らかに言いたい、お酒は怖いですよ!世の中その過ちで後悔する人、一杯いますからっ、俺だって酔った勢いではだかガフンッガフンッ、失敗が有ります。ええ、あれは黒歴史なので封印です。


「うん、正直助かった。だから圭介、ありがとう」


「おう」


 奈々にしてはやけに素直だなとも思ったが、俺はそれを気安く受け止める。そうやって感謝されると迎えに行って良かったと素直に思える。これで話は終了かなと俺は奈々から離れようと体を起こそうとしたときに、顔を上げた奈々が顔を近づけてくる。


『えっ』


 ベットの上で唇が重なる。ただ重ね合わせるだけの優しいキスだ。奈々は目を瞑り、ほんの短い間だったが俺にキスをした後、少しテレたように笑みを見せる。


「それにね、どうせお酒の勢いで誤ちを侵すなら相手は選びたいじゃない。これはお酒の誤ち。でも私のファーストキスなんだから、大事にしなさいよっ」


「は?あ、いや、えーっ!?奈々お前、一体何してんの?」


 狼狽る俺を見て奈々は余裕が出たのか、揶揄う様に言ってくる。


「何ってチューしただけだけど。ほら私今回反省したの。あんな訳わかんない奴らにもしかしたら私の初めてを奪われるかもしれないって思ったら、もう嫌で嫌で仕方がなかったの。だからそれなら圭介に貰ってもらおうと思ってね」


「いや言ってる意味全然わかんないんだけど?」


「ほら圭介は偽の彼氏だけど圭介ならファーストキスの相手でも悪くないって事。それに酔ってるからその勢いって事もあるしね」


「ようは俺ならまだマシって事か?」


「違うわよ。圭介はお眼鏡にかなったって事。別に他の男子となんか、別に興味無いわ」


 やっぱわからん、と言ったら鈍感系男子なのだろう。少なくてもファーストキスをあげても良いくらいには思われているらしい。それって普通に惚れてるって事か?


「奈々、俺に惚れた?」


「さあ?どっちだと思う?」


 これは正直難題だ。今の俺にはこれ以上踏み込みべきか答えが出ない。へっヘタレなんかじゃ無いんだからねっ、と錯乱してツンデレ気分だ。なので俺は盛大に溜息をつく。


「分からん……」


 そんな俺を奈々は楽しいそうに笑いながら、再び俺に抱きついた。

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